13.エクムント様の甘い言葉
ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下は小さくて可愛くて、いつまでも抱っこしておきたかった。甘いミルクの匂いのするディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下を順番に抱っこさせてもらって、ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下は乳母に抱かれて子ども部屋に行ってしまった。
「本当に可愛かったですわ。エリザベートやフランツやマリアの赤ちゃんの頃を思い出しました」
「わたくしもフランツやマリアの赤ちゃんの頃を思い出しましたわ」
「わたくしもです」
「わたくしはデニスやゲオルグの赤ちゃんの頃を思い出しました」
赤ちゃんというものは存在するだけでわたくしたちを幸せな気分にしてくれるものである。順番に混ざってディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下を抱っこしていたノエル殿下はうっとりとしていた。
「わたくしもノルベルト殿下と結婚したら、赤ちゃんが生まれるのでしょうか」
「僕は生まれてほしいと思っていますよ」
「わたくし、男の子も女の子もほしいですわ。結婚したらノルベルト殿下に『僕のノエル』と呼んでいただくのです」
「僕のことは『わたくしのノルベルト』と呼んでいただかないと」
「あぁ、結婚が待ちきれません」
王家の一員の結婚式であるし、ノルベルト殿下が大公となる日でもあるので、準備は事前から整えられるのだろうが、ノルベルト殿下の成人と同時にノエル殿下は待ちきれない様子で話している。きっとノルベルト殿下が学園に通いながら、ノエル殿下との結婚式の準備がされて、学園卒業と同時にノエル殿下との結婚式が挙げられるのだ。
「『僕のノエル』……」
愛情を込めた呼び方が羨ましくて小さく呟いていると、エクムント様がすぐにそれに気付いてくださる。
「私も結婚したらエリザベート嬢のことを『私のエリザベート』と呼んでよろしいのですか?」
「呼んでくださるのでしたら」
「エリザベート嬢も私のことを『わたくしのエクムント』と呼んでくださらないといけませんよ」
「それは、少し恥ずかしいです」
「私の方が年上だというのは結婚したら忘れてください。夫婦は平等です」
「『わたくしのエクムント……様』だったら……」
「『様』は外してほしいものですね」
照れながら話しているとクリスタちゃんが水色のお目目を輝かせている。
「エクムント様は本当にお姉様が大好きなのですね」
その問いかけにエクムント様がにっこりと微笑んだ。
「私は心の底からエリザベート嬢を美しいと思っていますが、それは外見のことではありません。エリザベート嬢の振る舞い、姿勢、存在自体が美しいと思っているのです。私はエリザベート嬢が幼い日にエリザベート嬢を抱っこして庭を散歩したり、一緒に遊んだり、関わらせていただきました。そのエリザベート嬢と奇跡のように婚約することができて、エリザベート嬢のことがますます愛しく存在自体が尊く感じられるようになったのです」
ものすごいことを言われてしまった気がする。
わたくしがこの顔でなくても、この体形でなくても、エクムント様は愛してくださるとずっと言われている気がするのだが、それだけではなくて、わたくしがわたくしであるだけで愛する対象になっているというようなことを言われた気がするのだ。
さすがにそんなことを言われてしまうと照れてしまう。
両手で頬を押さえたわたくしに、エクムント様は優しくわたくしの顔を覗き込んでくる。
「エリザベート嬢が私以外の相手と婚約していたら複雑な気持ちになっていたと以前に話しましたが、今思うと私がエリザベート嬢を心から可愛がって関わって、その気持ちがいつしか愛しさに変っていたからですね」
「え、エクムント様、そんなにはっきりと仰ると恥ずかしいです」
「恥ずかしいことはありません。私の気持ちは真実なのですから」
例えわたくしが美しくなくても、こんなにほっそりと痩せていなくても、美しいドレスで着飾っていなくても、エクムント様はわたくしの存在が愛しく尊いと言ってくださる。妹に対するような気持ちはもう、婚約者に対するものに変わったようだった。
この日を心待ちにしていたのだが、実際に来てみるとエクムント様の手放しの称賛に恥ずかしさが募って仕方がない。頬から手を外せないわたくしに、エクムント様は穏やかに微笑んでいらした。
エクムント様とわたくしの話を聞いて、ハインリヒ殿下が口を開く。
「私は小さいころからクリスタ嬢を想っていました。クリスタ嬢は誰よりも可愛く、育つにつれて美しくなって、私の心を大きく占めていきました。クリスタ嬢がいない人生など私には考えられません。クリスタ嬢のことを私も、結婚したら『私のクリスタ』と呼びたく思います」
「嬉しいです、ハインリヒ殿下。わたくしもハインリヒ殿下のことを『わたくしのハインリヒ殿下』と呼びたいです」
「『殿下』は外せませんか?」
「それは二人きりのときにだけ」
悪戯っぽく片目を閉じるクリスタちゃんにハインリヒ殿下が骨抜きになっているのが分かる。クリスタちゃんは我が妹ながら、こういう甘いやり取りに慣れているようでハインリヒ殿下の方が翻弄されていた。
「レーニ嬢、私はまだ小さくて結婚の後のことまで約束できませんが、レーニ嬢を生涯愛することだけは誓います」
「嬉しいです、フランツ殿。わたくしもフランツ殿をずっと大事に思えるように努力します」
「レーニ嬢、大好きです」
「わたくしもです」
レーニちゃんとふーちゃんは年相応に言い合っているのも可愛い。
これだけ甘い雰囲気になっていると、まーちゃんがじっとオリヴァー殿を見ているのが気になる。オリヴァー殿はまーちゃんに何を言っていいか分かっていないようだ。
「マリア様はこれから成長されて、他の男性を愛するようになるかもしれません」
「それはありえません」
「そうなったときには、シュタール家はマリア様のお心のままに致しますので」
「わたくしは、オリヴァー殿を選んだのです。わたくしのお誕生日にそんなことは話さないでください。もっと違うお話が聞きたいです」
銀色の光沢のある黒い目を潤ませてしまったまーちゃんにオリヴァー殿が慌てて言い直す。
「マリア様のためにお誕生日プレゼントを用意しました」
「本当ですか?」
「ナターリエがマリア様のためにシュタール家の庭に白とピンクの二色が合わさった薔薇を植えるように助言してくれたのです」
「わたくしの薔薇ですか?」
「そうです。マリア様が大きくなられて、シュタール家に嫁いで来られる日には満開の薔薇を見られるように整えておきます」
「嬉しいです。最高のお誕生日プレゼントです」
一時は泣きそうになってしまったまーちゃんだったが、オリヴァー殿が話題を変えてくれたので満面の笑顔になっていた。シュタール家の庭にまーちゃんの薔薇が植えられる。それはシュタール家がまーちゃんの存在をどれだけ歓迎しているか分かるのではないだろうか。
「わたくし、婚約者がいません」
その中でどこか不満そうな顔をしているのはユリアーナ殿下だ。ユリアーナ殿下にはまだ婚約者はいない。それもそのはず、ユリアーナ殿下はまだ六歳なのだ。
まーちゃんが六歳で婚約したのには辺境伯家を支えるシュタール家が危機に陥っていたという理由があった。そういう理由がないと幼くして婚約などできないのだ。
それを分かっているのだろうが、ユリアーナ殿下には思い人がいるだけにつまらなそうだ。
「ユリアーナ、そなたはまだ六歳なのだ。婚約など早い」
「マリア嬢は五歳で婚約したではないですか」
「ユリアーナ、それには理由があってのことでしょう? ユリアーナは婚約を急ぐ理由がありません」
「わたくしも婚約者をお茶会に呼んで、一緒にお話がしたいのです。婚約者との時間を持ちたいのです」
こればかりは国王陛下も王妃殿下もユリアーナ殿下の我が儘を叶えることはなかった。
ユリアーナ殿下だけが婚約者がいない状況は可哀そうだと思っているのかもしれないが、可愛がっているユリアーナ殿下がそんなに早く婚約してしまうのは国王陛下も王妃殿下もショックだろう。
「ハインリヒも婚約は十三歳でしました」
「ユリアーナもそのころにいい相手がいたら婚約を考えようね」
「わたくしは! 今! 婚約したいのです!」
「ユリアーナ、焦ってはいけないよ。王族の婚約はとても大事なもので、一度結べば破棄することは難しいのだからね」
「ユリアーナ、わたくしは幼いころに国王陛下と婚約しましたが、あなたは隣国と関係性を結ぶために婚約する必要もないのです。もっとゆっくりと構えていてください」
「わたくしは! 婚約したいのです!」
どれだけユリアーナ殿下が我が儘を言っても、国王陛下と王妃殿下の気持ちは変わらないようだった。
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