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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
十二章 両親の事故とわたくしが主役の物語
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11.ファーストダンスからラストダンスまで

 わたくしも十六歳になったのだから、晩餐会でもう少し長く会場にいられるようにしなければいけない。

 晩餐会では料理を食べた後に大広間に移って、大広間で大人たちはお酒を飲んだり、お喋りをしたり、ダンスを踊ったりする。

 わたくしはエクムント様とダンスがしたかった。

 料理を食べ終えて大広間に移ると、わたくしにエクムント様が手を差し伸べる。

 ファーストダンスは婚約者か結婚している相手としか踊らないものだと貴族の中では決まっている。

 エクムント様に導かれて、エクムント様の手に手を乗せて、がっしりとした肩に手を添えて踊っているとふわふわとしてくる。眠気も若干あるが、それよりも幸福感が強かった。

 踊ってから休憩していると、褐色の肌の男性がエクムント様とわたくしのところに近付いてくる。エクムント様は構わずにわたくしに冷たい飲み物を渡してくれていた。グラスに入った葡萄ジュース。わたくしは喉が渇いていたので一息で半分ほど飲んでしまった。

 飲んでから何か変だと思った。

 葡萄ジュースが甘くなくて、酸っぱくて少し渋いのだ。


「エクムント様、これは……」

「どうされました?」

「葡萄ジュースではなかったかもしれません」


 わたくしの言葉にエクムント様が慌ててわたくしの手からグラスを取って中のものを嗅いで確かめている。わたくしも踊った後で喉が渇いていなければ、こんな風に一気に飲んだりせずに警戒するのだが、今回はエクムント様が渡してくださったものだし、大丈夫だろうという甘い考えがあった。

 酔いが回ってくるわたくしをエクムント様が端に連れて行って休ませようとする。わたくしの顔は真っ赤だっただろう。頬が熱くなっている。


 それに構わず男性が声をかけてくる。


「エクムント様、とても美しい婚約者ですね。私に紹介していただけませんか? どうか、一曲踊る名誉を私にください」


 声をかけてきているのはエクムント様とそれほど年の変わらない貴族のようだった。

 エクムント様以外と踊るなんて考えられないし、わたくしは今、ステップが踏めるような状況ではない。


「私以外の男性が私の婚約者について言及するのは面白くありませんね」

「何を仰っているのですか? 美しいと褒めただけではないですか」

「褒めるのも下心あってのことでしょう。私の婚約者は私にだけ褒められていればいいのです」


 酔っているせいかエクムント様の言葉が苛烈に聞こえるのは気のせいだろうか。ソファに腰かけて水のグラスをエクムント様から手渡されてわたくしは水をちびちびと飲んでいた。レモンの浮かんだ水は冷やされていて、飲むと少しすっきりとする。


「私は士官学校の同期ではないですか。美しい婚約者様と一曲踊らせてください」

「そんなことを言っているから、その年になっても結婚できていないし、婚約者もいないのではないですか?」

「な、なにを!?」

「ひとの婚約者に声をかけるよりも、自分の唯一無二を探される方が人生のためだと思いますよ。エリザベート嬢は美しい。それは真実です。ただ、エリザベート嬢は残念ながらファーストダンスからラストダンスまで全てのダンスを私と踊ることが決まっているのです」


 ものすごいことを言われている気がする。エクムント様はわたくしのファーストダンスからラストダンスまで全てを独り占めするのだと言っている。

 それは同時にわたくしがエクムント様のファーストダンスからラストダンスまでを独り占めするということだった。


「エクムント様……わたくしとずっと踊ってくださるのですか?」

「特別に、エリザベート嬢のお父上と弟君にはダンスを譲りましょう。それ以外の相手には皇太子殿下でも国王陛下でもお断りするつもりですよ」

「皇太子殿下でも、国王陛下でも!?」

「それが婚約者として許されると思っています」


 普段から品行方正で辺境伯として立派に勤めていらっしゃるエクムント様ならば、元々皇太子殿下であるハインリヒ殿下も国王陛下も手を出してこないだろうし、わたくしと踊るのを断られてもお叱りは受けないであろう。エクムント様の考えに頭がどんどん熱くなってくる。

 エクムント様が独占欲を見せてくださっている。

 それが嬉しいやら、恥ずかしいやら。


「私の婚約者について、二度と声をかけてこないでください。白手袋を投げて差し上げましょうか?」

「ダンス一回くらいいいではないですか」

「粘りますね。もしかして、私の婚約者に懸想しているのではないでしょうね?」


 すっとエクムント様の周囲の温度が下がった気がした。今は初夏で夜は涼しい風が入るが、もう暑いくらいなのに、さぁっと汗が引いていくのが分かる。


「ま、まさか、そんなことはありません」

「私は エリザベート嬢の婚約者。あなたに決闘を挑んでもおかしくはないのですが」

「え、エクムント様、落ち着かれてください」

「私は落ち着いていますよ。そういえばあなたは同期ですが、一度も手合わせで私に勝ったことがなかったですね?」

「大変失礼いたしました、エクムント様。私は下がらせていただきます」


 敬礼をして下がっていく男性を見て、わたくしはエクムント様の顔を見た。エクムント様は凍り付いたような笑顔ではなくて、すっかりと元の優しい笑顔に戻っていた。


「エリザベート嬢に私の不手際で葡萄酒を飲ませてしまいましたね。歩けますか?」

「あるけま……きゃっ!」


 立ち上がろうとしてわたくしはくらくらとしてエクムント様の手に縋ってしまう。エクムント様は素早く動いてわたくしを抱き上げた。


「お部屋までお送りいたします。本日は本当に申し訳ありませんでした」

「わたくしも気付かずに飲んでしまったのですもの、エクムント様のせいではありませんわ」

「いえ、このまま抱き上げて運ばせていただくことに対して、先に謝っておこうと思いまして」

「え……!? きゃあ」


 姫抱きのままでエクムント様は歩き出す。不安定さとかは全くなくて、しっかりと抱きかかえられている安心感があるのだが、周囲の目がある中で抱きかかえられているというのも恥ずかしくて仕方がない。

 両手で顔を覆っていると、エクムント様は気にせずにそのまま歩いてわたくしの部屋まで向かっていた。

 エクムント様の両手がわたくしで埋まっているので、わたくしが部屋のドアをノックする。ノックするとレーニちゃんとクリスタちゃんも部屋に戻っていた。

 エクムント様はわたくしを部屋の入り口で降ろして、クリスタちゃんとレーニちゃんに預けた。


「私のミスで葡萄ジュースと間違って葡萄酒を飲ませてしまったのです」

「お姉様、大丈夫ですか?」

「足元がおぼつかなくなっているようなので、手を貸して差し上げてください」

「分かりました。エクムント様、お休みなさいませ」


 クリスタちゃんもレーニちゃんもわたくしを心配してくれて、わたくしに手を貸して部屋に連れ戻ってくれた。


「お姉様、お風呂は明日の朝にした方がいいかもしれません」

「エリザベートお姉様、今日は洗面と歯磨きと着替えをして、休まれた方がいいでしょう」


 世界がくるくるふわふわとしているので、クリスタちゃんとレーニちゃんに支えてもらって、洗面と歯磨きと着替えをして、わたくしはベッドに運んでもらって休んだのだった。


――エリザベート嬢は残念ながらファーストダンスからラストダンスまで全てのダンスを私を踊ることが決まっているのです


 エクムント様の声が頭の中で聞こえる。

 わたくしはエクムント様に独り占めされるのだと同時に、エクムント様を独り占めできるのだ。

 わたくしとダンスを踊るのはエクムント様だけ。

 そう思うと嬉しさのような、恥ずかしさのような、複雑な思いが浮かんでくる。


「クリスタちゃんとレーニちゃんは早く部屋に戻ったのですか?」


 ふわふわとした頭で問いかけると答えが返ってくる。


「そうです。わたくしは一緒に踊る殿方もいなかったので先に帰りました」

「わたくしは、ハインリヒ殿下がお腹を空かせているだろうと気を利かせてくださって、先に部屋に戻りました。部屋には軽食が用意されていたので食べて寛いでいました」


 レーニちゃんはふーちゃんがいないから踊る相手もいないので先に戻っていた。クリスタちゃんはハインリヒ殿下が料理に手を付けられなくてお腹を空かせていただろうと気を遣ってくださって先に戻っていた。

 二人がいてくれたからこそ、わたくしは葡萄酒を間違えて飲んでしまって酔っ払っても、部屋に戻って助けてくれるひとがいた。


「クリスタちゃん、レーニちゃん、ありがとうございました」


 お礼を言うと二人とも「どういたしまして」「お姉様のためなら」と快く返事をしてくれた。


読んでいただきありがとうございました。

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