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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
十二章 両親の事故とわたくしが主役の物語
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8.原作に囚われていたのはわたくし?

 わたくしのことを存分に慰めてくださって、エクムント様は両親とディッペル家とヒンケル家で列車の時間を合わせる約束をして、辺境伯領に帰って行った。

 エクムント様がいなくなってしまうとわたくしはまた事故のことを考えてしまう。

 わたくしの目の前で両親とふーちゃんとまーちゃんが乗った馬車が横転し、扉は歪んで出られなくなってしまったのだ。あの光景が鮮明に脳裏に浮かんでしまって、それだけで震えてしまう。


 エクムント様が帰られてからしばらくして別の来客があった。

 その来客はわたくしも名前くらいしか知らない親しくない貴族だった。


「わたくしたちの乗っていた馬車が暴走してしまって、ディッペル家の馬車にぶつかってしまいました」

「馬の様子がおかしくて、馬車が暴走してしまったのです。お許しください」


 両親に向かって平謝りしているその貴族はガーゼで傷口を押さえているが、顔にも酷い擦り傷や打ち身があるし、女性の方は腕の骨が折れているようで、男性の方は脚の骨が折れているようで、治療がしてある。


「あの場ですぐに謝りに行くのが道理ですが、わたくしたちは怪我をして動けませんでした」

「謝罪が遅くなって申し訳ありません」


 それに対して両親は跪かないでいいように二人を座らせてあげる。


「お二人は怪我をしているではないですか。そんな状態で謝罪に来てくださったのですね」

「あれが不幸な事故だということはお二人の様子を見ても分かります。無理をなさらないでください」


 両親に言われて貴族の女性も男性も涙を流して感激していた。


「ディッペル公爵夫妻とご家族を傷付けてしまったこと、どんな罪を負うか分からないと思ってきました」

「そんな優しい言葉をかけていただけるだなんて」


 許されていると分かって貴族の男性と女性は安心したのだろう。ずっと涙を流していた。

 その姿を見てわたくしも今回の事故が仕組まれたものではなくて、単なる偶然だったと気付く。


 原作の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』に囚われすぎていたが、両親が危険に陥れられたわけではなくて、これは偶然の事故だった。誰かが仕組んだものではない。本当に不幸な事故だったのだ。

 あまりにも原作のことを考えすぎていたのでわたくしは囚われすぎてしまっていたようだ。


 両親は無事で、事故は誰が仕組んだものでもなかった。ディッペル家を狙う敵などいなかったのだと、少し安心する。

 事故はあってはならないことだが、起きてしまったものは仕方がない。

 両親も許す姿勢を見せているのでわたくしもそれに従うことにした。


 クリスタちゃんもふーちゃんもまーちゃんも、不安で胸が張り裂けそうだったわたくしのことを心配してぴったりと寄り添ってくれていた。


「クリスタちゃんは覚えていないかもしれませんが、お母様のご両親が幼いときに馬車の事故で亡くなったというのをわたくしは聞きました。それで、思っていた以上にショックを受けてしまったようです」

「お姉様、そうだったのですね」

「エクムント様にお話を聞いていただいたら心も落ち着きました。心配をかけましたね、クリスタちゃん、ふーちゃん、まーちゃん」

「エリザベートお姉様が平気ならばいいのです」

「エリザベートお姉様が笑顔になってくださったら、わたくしは嬉しいのです」


 理由をそれらしく話せばクリスタちゃんもふーちゃんもまーちゃんも納得してくれた。

 その日はディッペル家に泊まって、次の日の朝一番で学園に戻った。

 学園に戻るとわたくしたちの噂で持ちきりだった。


「エリザベート様、馬車がぶつかったのですか? お怪我はありませんでしたか?」

「わたくしの乗っている馬車ではなく、両親とフランツとマリアの乗っている馬車が他の馬車とぶつかりました」

「ご両親とフランツ様とマリア様は?」

「軽い打ち身はあるものの、それだけで平気でした。エクムント様が偶然通りかかってくださって、助けてくださいました」


 教室に入ると心配して聞いてくるミリヤム嬢とオリヴァー殿に説明をする。

 わたくしの話を聞いてミリヤム嬢とオリヴァー殿は安堵していたようだった。

 授業が終わってお茶会の時間になっても、質問は止まなかった。


「エリザベート嬢、昨日は平気でしたか?」

「クリスタ嬢、お怪我はありませんか?」

「ご心配ありがとうございます、ハインリヒ殿下、ノルベルト殿下。馬車がぶつかったのは両親とフランツとマリアの乗っていた馬車で、わたくしたちの馬車はその後ろを走っていました」

「ハインリヒ殿下、ノルベルト殿下、とても怖かったですが、エクムント様が駆け付けてくださって迅速に助けてくださったので、両親もフランツもマリアも無事でした」


 昨日のレーニちゃんのお茶会ではその話ばかりだったようだ。

 情報が若干間違って伝わっているようだが、それはわたくしとクリスタちゃんで正しておく。


「わたくしのお誕生日に来ていただく途中で事故に遭われるなど、怖かったでしょう」

「昨日はレーニ嬢のお誕生日に参加できなくて申し訳ありませんでした」

「レーニ嬢のお茶会は盛り上がりましたか?」

「わたくし、フランツ殿がいらっしゃらないので、少し寂しかったです。お茶会はつつがなく終わりましたが、ディッペル家の事故の話は広まっていました」

「そうだったのですね。せっかくのレーニ嬢のお誕生日を台無しにしてしまったようで申し訳ないです」

「事故に遭われたのはとても不幸なことです。そんな風にご自分たちを責めないでください。ディッペル家の方々は悪くありません」


 お茶会を台無しにされたはずのレーニちゃんは、そんなことよりもわたくしたちの心配をしてくださっていた。


「何かつらいことがあったら、なんでも話してくださいね。わたくし、聞くだけしかできませんが」

「そのお気持ちが嬉しいです、レーニ嬢」

「お姉様はとてもショックを受けていらしたのです。レーニ嬢、お話を聞いて差し上げてください」


 気持ちだけで充分だと言おうとしたのに、クリスタちゃんがレーニちゃんに言ってしまう。取り乱して泣いたことなどを考えると恥ずかしくなるが、真実なのだから仕方がない。

 できればそのことは内緒にしてほしかった。


「クリスタ嬢は平気でしたか?」

「わたくしもショックは受けましたが、目の前ですぐに両親とフランツとマリアが救い出されて、大きな怪我をしていないことも分かったので、安心しました。それよりもお姉様の取り乱しようが心配で」


 わたくしが取り乱してしまったから、クリスタちゃんは取り乱すことができなくなって、わたくしを安心させる方に落ち着いたのかもしれない。

 両親が死んでしまうかもしれないという思いは、わたくしの胸の中にずっとあって、恐れていたものだった。


「わたくし、小さなころに母の両親が馬車の事故で亡くなっていると聞いたことがあるのです。それ以来、馬車の事故が怖くてならなかったのです」

「そうだったのですね。それは恐ろしかったでしょう」

「エクムント様がおそばにいてくださらなければもっと取り乱していたと思います」

「エクムント様はディッペル家の方々が心配なので、お茶会を早くに切り上げてディッペル家にお見舞いに行くと仰っていました」

「お見舞いに来てくださいました」


 テラスにわたくしを連れ出してくれて、二人きりで話をしてわたくしを落ち着かせてくれた。抱き締めてくださって、わたくしが泣いても動揺せずに受け止めてくださって、エクムント様はいつもの通りとても優しく包容力に溢れていた。


「馬車がぶつかって横転して、扉が歪んで開かない場面で、冷静にナイフを取り出して、蝶番のネジを外して扉を外して開けてくださるなど、エクムント様しかできませんわ」

「エクムント殿はそのようなことをしたのですか!?」

「私だったら、事故の現場に護衛を呼んで助けさせることくらいしかできなかったでしょう」


 クリスタちゃんが誇らしげに説明すると、ノルベルト殿下もハインリヒ殿下もエクムント様の手際の良さに感心していた。

 事故を目撃したというのに、クリスタちゃんはわたくしと違って動揺が少ない気がする。わたくしはそれが気になっていた。


「クリスタはショックではなかったのですか?」

「驚きましたし、とても怖かったです。でも、わたくしはお姉様を守らなければとあのときに覚醒したのです! お姉様がどれだけショックを受けているかを見て、わたくしがお守りせねばならないと心に決めたのです」


 クリスタちゃんはわたくしを守るために心を強く持っていたようだ。

 出会ったときには小さくて虐待されていて、わたくしが守らないとどうしようもないと思っていたクリスタちゃんが、今やわたくしを守る決意をするまでに成長している。その成長ぶりがわたくしには少し嬉しかった。

 クリスタちゃんの手を取ってわたくしはお礼を言う。


「クリスタがそばにいてくれたからあの場で泣き崩れたりせずにいられました」

「お姉様は強いお方です。わたくしがいなくても、あの場で泣き崩れたりはしなかったと思います。でも、お姉様の心を少しでも支えられたならよかったと思います」


 手を握り合うわたくしとクリスタちゃんに、ハインリヒ殿下もノルベルト殿下もミリヤムちゃんもオリヴァー殿もリーゼロッテ嬢も穏やかに見守ってくれている。

 わたくしはこの手の暖かさを忘れないようにしたいと思っていた。


読んでいただきありがとうございました。

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