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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
十二章 両親の事故とわたくしが主役の物語
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7.事故の後で

 事故の後でディッペル家に帰ってわたくしとクリスタちゃんと両親とふーちゃんとまーちゃんは子ども部屋に集まった。リリエンタール家でも医者に診てもらったが、ディッペル家のかかりつけの医者にも診てもらう。

 見立ては同じで、両親が軽い打ち身程度で、ふーちゃんとまーちゃんは奇跡的に無傷だった。


 これが両親を失うはずだったできごとではないだろうか。

 わたくしはぞっとして自分の体を抱き締める。

 わたくしの両親のことについては『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では詳しく書かれていなかったが、いつの間にか退場していた。

 わたくしは今十六歳で、クリスタちゃんが十五歳。両親から公爵位を継承した年としてはおかしくはない。


 気分が悪いと言って、前の馬車に御者が合図を送って両親とふーちゃんとまーちゃんの乗っていた馬車が速度を落としていなければ、両親が亡くなっていたかもしれないと思うと震えが止まらない。

 こんな風にして原作ではエリザベート・ディッペルは両親を失ったのだろう。


 幸いにして運命は変わったようなので、安心するが、力が抜けてわたくしはドレス姿のまま座り込んでしばらく動けなかった。


「エクムント殿にはお礼をしなければいけないね」

「本当に、エクムント殿があそこで通りかかってくれてよかったですね」


 両親はエクムント様に感謝しているが、本当にエクムント様がいなければすぐに両親とふーちゃんとまーちゃんを助けられなかった。


「エリザベートお姉様、泣いているのですか?」

「エリザベートお姉様、わたくしは無事です。泣かないで」


 座り込んで動けないわたくしにふーちゃんとまーちゃんが頬を撫でてくる。わたくしは涙を流していることに気付いていた。


 それにしてもあの暴走馬車はなんだったのだろう。

 なんで馬車が暴走したのか、どうしてディッペル家の馬車に突っ込んできたのか、乗っていたのは誰なのか聞きたい気もしたが、あの馬車をわざと暴走させたわけではなさそうな気配はしていた。

 馬車は酷く破損していたし、馬も御者も怪我をしていたようだ。

 相手の馬車は御者が何とかしていたようだが、それも大変そうだった。


 あれが偶然で運命だったのならば、『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』でわたくしが見落としていることはないかもう一度考え直すときが来ているのかもしれない。

 とはいえ、『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』は何度も呼んだが、前世の記憶は薄く、わたくしははっきりと思い出すことができなかった。

 大事なことを忘れていないか。

 わたくしは今回の難を逃れることができたが、今後もそうできるか分からない。今回もほとんど偶然のような形で難を逃れたのだ。


 考えているわたくしにクリスタちゃんが手を差し伸べる。


「お姉様、今日はレーニ嬢のお誕生日のお茶会に参加できなくて残念でしたね。もう着替えて楽な格好になりましょう?」

「クリスタ……」


 いつまでもドレス姿で動けないわたくしに手を貸してクリスタちゃんは部屋まで連れて行ってくれた。

 クリスタちゃんもショックを受けているはずなのに、わたくしは助けられてしまった。

 着替えて子ども部屋に戻ると、お茶の用意がされていた。ミルクティーを飲んで軽食を食べると少し心が落ち着いてくる。


「大変な一日でしたね。エリザベートもクリスタも心配をかけました」

「お母様、とても怖かったです」

「お父様とお母さまとフランツとマリアが無事か心配でした」

「エクムント殿がすぐに助けてくれたので無事だったね。エクムント殿には感謝しないといけないね」


 両親と話していると、来客が告げられる。

 誰かと思っていると、エクムント様だった。


「大変な事故に遭われたので、動揺されているだろうと思ってリリエンタール家のお茶会を早くに辞してお見舞いに参りました」

「エクムント殿、本当にありがとうございました」

「エクムント殿のおかげで助かったようなものです」

「私はそんな大層なことはしていません。あの場でできることをしたまでです」

「それでわたくしたちは助かったのです」

「エクムント殿には何度感謝しても足りません」


 両親はエクムント様に何度もお礼を言って感謝を述べていた。

 両親と話し終わるとエクムント様はふーちゃんとまーちゃんの顔を覗き込む。


「フランツ殿、レーニ嬢が心配していました。平気ですか?」

「はい、おかげさまで怪我もしていません」

「マリア嬢、ユリアーナ殿下が非常に心配していました」

「わたくしも平気です。エクムント様のおかげです」


 ふーちゃんとまーちゃんの様子も聞いてから、エクムント様はわたくしに向き直った。リリエンタール家の子ども部屋ではわたくしはエクムント様に抱き締められて泣いてしまった。エクムント様の顔を見ていると安堵が勝ってまたじわじわと涙が出てきそうになる。


「エリザベート嬢、大変でしたね。クリスタ嬢も」

「エクムント様、お姉様はとてもショックを受けていらっしゃいます。二人きりになって元気づけてあげてください」


 クリスタちゃんに促されて、エクムント様がわたくしを連れて子ども部屋のテラスに出る。テラスで二人きりになると、わたくしの涙腺は崩壊してしまった。


「え、えく、むんと、さま……」

「エリザベート嬢、あれだけの事故を目撃されたのです、動揺して当然です」


 エクムント様は広い胸にわたくしを抱き締めてくださる。エクムント様の胸に顔を埋めてわたくしは涙を零した。


「エクムント様、わたくし、両親が死んでしまうのではないかと、怖かったのです」

「エリザベート嬢、それも当然だと思います」

「母の両親も母が幼いころに馬車の事故で亡くなっています。わたくしもそんなことが起きたら怖いとずっと思ってきたのです」


 『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』の話はできないので、わたくしは自分の母の両親のことを持ち出す。母の両親は母が小さいころに亡くなっていて、それが馬車の事故だったというのも知っていた。

 同じように馬車の事故が今回起きるだなんて、皮肉な結果だったけれど、エクムント様の助けもあって大惨事にはならなかった。

 わたくしは両親を失う運命を回避できたのだ。


 安心するとまた涙が出てくる。


「そんなことを考えていたのだったら、今回の事故はショックだったでしょう」

「わたくし、とても怖かったです。エクムント様が駆け付けてくれて助けてくれなければどうなっていたでしょう」

「前を走る馬車がディッペル家のものではないかとは思っていたのです。速度を落としたようなので、こちらの馬車にも速度を落とすように言った矢先の出来事でした」

「エクムント様は気付かれていて、ディッペル家の馬車の後ろを走っていたのですね」

「偶然ですが、辺境伯領から列車が着いたのと、ディッペル公爵領から列車が着いたのとが同じくらいの時間だったようで、駅ですでにディッペル家の馬車をお見掛けしていたのです。私の方が馬車の準備に時間がかかって、ディッペル家の方々よりも遅く駅を出発したのですが」


 運命が変わったのはわたくしが馬車の速度を下げるように御者に命じたことだけではなかったようだ。エクムント様が後ろから来ていたというのも運命を変えるきっかけになったのかもしれない。

 それも、わたくしが八歳のときにエクムント様と婚約したことからそれが始まっていたのかもしれない。


 考えると、エクムント様の存在は本当に尊くてありがたくてわたくしは感謝で胸がいっぱいになる。

 涙も止まったので恥ずかしくエクムント様の腕を逃れると、エクムント様が名残惜しそうにわたくしの手を握ってくる。

 エクムント様と指を絡めて恋人繋ぎをしているわたくしは、目も赤かっただろうが、顔も赤かっただろう。


「恥ずかしい泣き顔をお見せしてしまいました」

「私になら構いませんよ。エリザベート嬢とは生涯を一緒にするのです。泣き顔も、困った顔も、笑顔も、全て見せてくださって構いません」

「ありがとうございます、エクムント様」


 力強く歪んだ馬車の扉を外してしまったエクムント様の姿が思い出される。逞しいエクムント様がいたからこそ、あの場は何とかなった。軍人でもあるエクムント様は事故の現場であってもとても冷静だった。


「エクムント様が冷静に対処してくださったから、大事にはなりませんでした」

「あれくらいのことだったらいつでも致します。エリザベート様、約束をしましょうか?」

「約束ですか?」

「今後、お茶会に行くときにはディッペル家とヒンケル家は列車の時間を合わせて、馬車が連なるように行くのです」

「いいのですか、そのようなことを約束して」

「構いません。列車の到着時間を合わせるだけのことです。そうすれば、ディッペル家には私という護衛がついて安心なのではないですか?」


 そうしてくれるならどれだけありがたいことだろう。

 今回はエクムント様のおかげで助かったが、運命が完全に変わったとは限らないのだ。またこういうことが起きるかもしれない。そんなときにエクムント様がそばにいてくださるだけでどれだけ心強いことか。


「よろしくお願いします、エクムント様」

「ディッペル公爵夫妻に話を通しておきます」


 約束してくれたエクムント様のおかげでわたくしは少し落ち着くことができた。

 エクムント様はやはり、わたくしの人生にはなくてはならない人物だった。


読んでいただきありがとうございました。

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