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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
十二章 両親の事故とわたくしが主役の物語
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6.暴走馬車

 レーニちゃんのお誕生日にはデニスくんだけでなくゲオルグくんも参加できるようになったようだ。わたくしとクリスタちゃんは一度ディッペル家に帰って準備をする。ネイルアートの技術者の女性に爪を塗ってもらって、薄くだがお化粧もして、ドレスを着て爪を塗ってもらった子ども部屋の鏡の前に立つと、『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』で悪役だったエリザベート・ディッペルが映っている。

 挿絵では吊り上がった目で意地悪そうな顔に書かれていたが、わたくしは多少吊り目ではあるもののそんなに意地悪な印象はない。むしろ、客観的に見れば紫色の光沢のある黒髪を結い上げて、銀色の光沢のある目に辺境伯領特産の紫色の布のドレスで、わたくしはそこそこ見られるのではないかと思ってしまう。

 自分で自分をそんな風に思うのは自惚れかもしれないが、客観的に見てわたくしの顔は整っていて、残念ながら胸の大きさはないが体付きはほっそりとしていて、手足は長く整っている。

 これならばエクムント様のお隣に立っても何も恥ずかしいことはないのではないだろうかと思ってしまう。


「お姉様、今日もとても綺麗ですわ」

「エリザベートお姉様、美しいです」


 称賛の声を浴びせかけてくるクリスタちゃんとまーちゃんにわたくしは目を伏せる。


「クリスタもとても美しいですよ。マリアもとても可愛らしいこと」


 実際にクリスタちゃんはわたくしでも目を奪われそうなほど美しかった。豊かな金髪を結い上げて、水色の目は少し目じりが垂れているがそこがまた魅力的だ。細すぎない胸もそこそこある体に辺境伯領特産の薄紫の布のドレスを纏って、靴もよく磨かれたものを履いている。

 まーちゃんはわたくしとクリスタちゃんが小さかったころに着ていたドレスを着るのが好きで、今日はわたくしのお譲りのドレスを着ている。黒髪はハーフアップにして、銀色の光沢のある黒い目は少し吊り上がっているが、それもわたくしの小さいころとそっくりで、血は争えないと思ってしまう。まーちゃんはとても可愛らしかった。


 褒め合っていると、用意を済ませたふーちゃんも子ども部屋にやってくる。


「エリザベートお姉様、クリスタお姉様、私、変なところはないですか?」

「フランツはとても格好いいですよ」

「凛々しくなりましたね」

「お兄様、素敵!」


 タイもきちんと結んだふーちゃんはとても凛々しくスーツを纏っていた。金色の髪も水色の目もどこかクリスタちゃんに似ている。ふーちゃんとクリスタちゃんは従姉弟同士なのだから似ていてもおかしくはない。


「準備はできましたか、可愛いわたくしの子どもたち」

「はい、お母様!」

「参りましょう、お母様!」


 声をかけられてまーちゃんとふーちゃんが返事をしている。

 馬車が用意されてわたくしとクリスタちゃんは二台目の馬車に、ふーちゃんとまーちゃんと両親は一台目の馬車に乗ってリリエンタール公爵家まで向かうことになった。


 そのときにわたくしはなぜか胸がざわついていた。


 『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では公爵家の娘として学園に入学したわたくし、エリザベート・ディッペルは、卒業してクリスタ・ノメンゼンことクリスタちゃんに断罪されて辺境に追放されるときには、公爵になっていた。

 そこのどこかで両親が亡くなっているのか、高爵位を譲ったのだと感じさせるが、そこの具体的な描写はない。エリザベート・ディッペルが『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では主人公ではないからだ。

 いつの間にか継承していた公爵位。

 それがわたくしにはずっと気にかかっていた。


 列車を経由して馬車に乗り換えて進んでいるうちに胸騒ぎはますます激しくなる。


「お姉様、顔色が悪いですわ? 馬車に酔いましたか?」

「そうかもしれません。気分がすぐれなくて」

「御者さん、前の馬車に合図を送ってください。止まって少しお姉様が休みたがっていると伝えてください」


 その瞬間だった。

 正面からものすごい勢いで暴走した馬車が両親とふーちゃんとまーちゃんの乗っている馬車に突っ込んできたのだ。

 御者が合図をして速度を落としていたので、暴走した馬車は両親とふーちゃんとまーちゃんの乗っている馬車の側面に引きずるようにぶつかって、馬が転倒して止まった。

 両親とふーちゃんとまーちゃんの乗っている馬車も止まっている。


「お父様、お母様、フランツ、マリア!」


 取り乱さないようにしても、それは難しかった。馬車は入り口がへしゃげてしまって、乗り降りができないようになってしまっている。中にいる両親とふーちゃんとまーちゃんの無事がわたくしには心配でならなかった。


「お姉様、どうしましょう……」

「どなたか助けてくださる方を……」


 わたくしとクリスタちゃんが呆然としていると、声をかけられた。


「エリザベート嬢ではないですか。この事故はディッペル家に馬車が突っ込んできたのですか?」

「エクムント様!」


 エクムント様もリリエンタール家に行く途中だったのだろう。馬車から降りてわたくしの元に駆け寄ってくださる。


「暴走した馬車が父と母とフランツとマリアの乗った馬車にぶつかったのです。馬車は入り口が歪んで、開かなくなって父と母とフランツとマリアは閉じ込められています」

「少し見せてください」


 エクムント様は馬車に近付くと、歪んで開かなくなった馬車の扉に手をかけて開けようとした。エクムント様の力でも馬車の扉は開かなかったが、すぐに切り替えて、エクムント様は馬車の扉の蝶番に触れて、そこのネジにナイフを差し込んで外してしまう。

 蝶番が外れると馬車の扉はエクムント様の力で開けることができた。

 馬車は横倒しになっており、中から順番にまーちゃん、ふーちゃん、父、母が救い出される。


「一瞬意識を失っていたようです」

「大変でしたね、大丈夫ですか?」

「少し気分が悪いですね」

「医者に診せましょう。私が馬でリリエンタール家に先に行ってこのことを伝えておきます。リリエンタール家までは私の馬車で行かれてください」


 後のことは御者に任せて、両親とふーちゃんとまーちゃんを医者に診せるためにエクムント様が動き出す。エクムント様は扉が歪んでしまった馬車の馬を一頭外してその馬に乗って手綱を取っていた。馬上からわたくしとクリスタちゃんを勇気づけるように声をかけてくださる。


「エリザベート嬢もクリスタ嬢も馬車に戻って、リリエンタール家で会いましょう」

「ありがとうございます、エクムント様」


 エクムント様がこの場に駆け付けてくれなければどうなっていたか分からない。わたくしはエクムント様に助けられて涙がこぼれそうだった。

 それでも、両親の無事もふーちゃんとまーちゃんの無事も確認されたわけではない。まだ涙を流している場合ではないとわたくしは奥歯を噛む。

 馬車に乗って、両親とふーちゃんとまーちゃんはエクムント様が乗ってきたヒンケル家の馬車に乗って、リリエンタール公爵家まで向かった。

 リリエンタール公爵家には先に着いたエクムント様の手はずで医者が準備されていて、両親とふーちゃんとまーちゃんは何事もなかったか診てもらっていた。


「少し体を打っているようですね。後から痛んでくるかもしれません」

「フランツやマリアは無事なのですか?」

「奥様と旦那様がしっかりと抱きかかえておられたのでしょう。お二人は無事です」

「マリア、フランツ、痛いところはないかな?」

「平気です、お父様」

「怖かったけど、痛いところはないです」


 ふーちゃんとまーちゃんも無事だった。

 全員が無事だということで安心していると、リリエンタール公爵は子ども部屋をわたくしたちディッペル家に貸し出してくれる。


「事故に遭われて、心が落ち着かないと思います。とてもお茶会に出る気分ではないでしょう。子ども部屋で休んでいられてください」

「ありがとうございます、リリエンタール公爵」


 お礼を言ってわたくしたちは子ども部屋で休ませてもらうことにした。

 あのとき、わたくしが少し休みたいと言って、御者が合図を送っていなければ、両親とふーちゃんとまーちゃんの乗った馬車は速度を落としていなかった。そうなったら、暴走していた馬車と正面衝突していたかもしれない。

 それを考えるとぞっとしてしまう。

 馬車の入り口が壊れて両親とふーちゃんとまーちゃんが閉じ込められただけでもわたくしはものすごく心配してしまった。


 子ども部屋にはソファセットがあるので、ソファで休んでいると、エクムント様が子ども部屋にお見舞いに来てくださった。


「今回は大変でしたね。私は帰りも馬で駅まで行きますので、ディッペル家の方々はヒンケル家の馬車を使ってください」

「よろしいのですか?」

「大事な婚約者の家をお助けするのも、私の役割です」


 お茶会には参加できなかったが、わたくしたちは大事を取って、少し子ども部屋で休んでからディッペル家に帰ることになった。

 帰るときにはエクムント様の乗ってきたヒンケル家の馬車を両親とふーちゃんとまーちゃんはお借りすることになった。


「エクムント様、助けていただいてありがとうございました。本当に助かりました」

「エリザベート嬢、ディッペル家の方が困っていれば私が手を貸すのは自然なことです」

「わたくし、怖かった……両親が死んでしまうのではないかと……フランツとマリアに万が一のことがあるのではないかと……」


 エクムント様の前に立つと我慢していた涙が零れてしまう。そんなわたくしをエクムント様は広い胸に抱きしめてくださっていた。


読んでいただきありがとうございました。

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