3.国王陛下の後悔
ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下の話になると、羨ましそうにしているのはまーちゃんである。まーちゃんは我が家の末っ子で、下に弟妹がいない。
「お母様、わたくしには弟か妹は生まれないのですか?」
「わたくしはマリアが最後の子どもと思って産みました。年齢的にも、もう子どもを産むには年を取りすぎています」
母の年齢は父より一つ年下で三十五歳で、王妃殿下と同じである。王妃殿下が産めるのだから母も産めないわけではないだろうが、この時代では三十五歳で子どもを産むのは高齢と認識されているのかもしれない。
それに、母はわたくしを産んだ時に死にかけている。ふーちゃんとまーちゃんのときにはパウリーネ先生の力もあって安産だったが、三十五歳になってまた子どもを産むとなると、危険が伴うのはどうしようもなかった。
妊娠と出産はいつも命がけである。それはどんな時代、どんな世界にも言えることだった。
「わたくしもお姉様になりたかったです」
「マリア、あなたの弟妹を産んであげられなくてごめんなさい。わたくしは、エリザベートとクリスタとフランツとマリアがいるだけで十分なのです」
「お母様……」
残念そうにしているまーちゃんだったが、それ以上母を困らせるようなことはなかった。
お茶会は国王陛下の別荘の食堂で行われて、わたくしは椅子に座る。ハインリヒ殿下の隣りに座ることができてクリスタちゃんはとても嬉しそうである。
「クリスタ嬢、お誕生日にはお祝いに行けずすみませんでした」
「いいのです、ハインリヒ殿下。ハインリヒ殿下はお生まれになったディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下に一番にお会いするという大事な使命がありました」
「この年になって弟妹が増えるとは思ってもいなかったのでとても嬉しいです。しかも、弟と妹同時に二人も」
「本当におめでとうございます」
十六歳年の離れたディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下は、ハインリヒ殿下にはとても可愛い存在だろう。それはユリアーナ殿下にとっても同じのようだった。
「わたくし、ディーデリヒとディートリンデが可愛くてたまりません。これから育つにつれて我が儘も言うようになるのでしょうが、わたくしが姉としてしっかり見本を見せていきたいと思います」
ユリアーナ殿下は四歳のころにお茶会にどうしても出たいと国王陛下と王妃殿下にお願いして、レーニちゃんのお誕生日のお茶会に参加して、熱い紅茶をこぼしてしまった失敗をしたことがある。そういうことも踏まえて、ユリアーナ殿下は成長していくのだろう。
お茶会のテーブルにはポテトチップスもコロッケも並んでいた。ユリアーナ殿下はポテトチップスとコロッケを取り分けてもらって、美味しそうに食べている。わたくしもコロッケとサンドイッチとケーキを取り分ける。
食べ過ぎないように気を付けてはいるのだが、わたくしはまだ成長中なのか、妙にお腹が空いてしまう。食べているとふーちゃんとまーちゃんも取り分けてもらってミルクティーと一緒にいただいていた。
「女性は出産の後は体が傷付いている状態なのだとパウリーネ先生に教えてもらった。王妃にはゆっくりと休んでほしいので、住み慣れた別荘に移ってもらっている」
「ベルノルト陛下は王妃殿下のことを大事に思われているのですね」
「もちろんだ。私はハインリヒが生まれたときに、王妃を傷付けてしまった。それで、王妃は私を避けるようになった」
その話はわたくしは聞いたことのないものだった。
ハインリヒ殿下が産まれたときとなると、わたくしは母のお腹の中にいてまだ生まれていない。
「ノルベルトの母と別れさせられたこともあって、ハインリヒが健康で生まれてきてくれたのに、王妃に労いの一つもかけられなかった。あのときのことを私は後悔している」
「父上、そうだったのですか」
「僕の母とのことで……」
「ノルベルトのせいではない。それは王妃も分かっている。生まれてきた子どもに罪はないと、王妃はノルベルトを自分で引き取って育てる決意をしてくれたくらいだからな」
「そうならばよいのですが」
「私の態度がよくなかったのだ。それで王妃を傷付けた」
それが王妃殿下と国王陛下の不仲の始まりだったのだろう。
それからユリアーナ殿下が王妃殿下のお腹に宿る六年前まで、国王陛下と王妃殿下は和解できていなかった。
時間が二人の間のわだかまりを解いて、お互いに国を支えるパートナーとして過ごしていけるように二人が和解した話はわたくしも知っていた。
「父上は、私が生まれたとき、嬉しくなかったのですか?」
「嬉しかったが、ノルベルトの母と別れさせられて、ノルベルトを今後どうやって育てて行けばいいのか分からず、混乱していた。私も若かったのだ。今でははっきりと分かる。ハインリヒのこともノルベルトのことも、父親として愛している」
「父上……」
「僕は正式には庶子に当たるのに、こうして父上の息子として育てていただいてありがたく思っています」
ハインリヒ殿下とノルベルト殿下と話す国王陛下に、ユリアーナ殿下が目を丸くして聞いている。ユリアーナ殿下は生まれる前のできごとなので、全く知らなかったことだろう。
「ノルベルトお兄様は、お母様の子どもではなかったのですか?」
「私は若気の至りで、王妃と婚約していたのに、他の女性に恋をしてノルベルトが生まれた」
「お母様がノルベルトお兄様も息子のように接しているので、わたくし、ノルベルトお兄様がお母様の子どもじゃないなんて思いもしなかった……。ノルベルトお兄様はわたくしのお兄様ですよね?」
「それは間違いない。ノルベルトはユリアーナの兄だ」
「これからもノルベルトお兄様のこと、お兄様として接していいのですよね」
「そうしてくれ。ノルベルトは王妃にも認められた私の息子だ」
王妃殿下のお心が広かったからノルベルト殿下はハインリヒ殿下と一緒に兄弟として育てられたが、そうでなければ庶子として違う扱いを受けていたのかもしれない。王妃殿下のお心の広さを改めて感じた瞬間だった。
話をしたので納得した様子のユリアーナ殿下は、わたくしたちに自分の爪を見せてきた。
「お父様がネイルアートの技術者を雇ってくださったのです。わたくし、爪を塗ってもらえることになりました」
小さなユリアーナ殿下の爪は綺麗に塗られている。金色でフレンチに塗られているのがとても美しい。
「ネイルアートの技術者は、色んな色のマニキュアを持っているのです。わたくし、金色が気に入って塗ってもらいました」
「とてもお似合いです」
「美しいですね」
「ユリアーナ殿下はフレンチに塗り分けてもらったのですね」
わたくしとクリスタちゃんとまーちゃんで褒めるとユリアーナ殿下は嬉しそうに頷いている。
「お母様は、お茶会がある特別なときにしか塗ってはいけないと仰るのですが、わたくしはいつも爪を塗っておきたいと思っているのです」
「ユリアーナ、それはお母様の言うことを聞いた方がいいよ」
「ハインリヒお兄様もそういうのですか?」
「ユリアーナはまだ小さいのだから、常に爪を塗っていなくてもいいと思うよ」
「ノルベルトお兄様まで」
不満そうなユリアーナ殿下にわたくしとクリスタちゃんが言葉を添える。
「わたくしたちも特別なときにしか爪は塗りません。学園では爪は塗らないことになっておりますし」
「学園に行くときにはマニキュアを取っていくのです」
「エリザベート嬢とクリスタ嬢もそうなのですね。それならば、わたくしも我慢します」
ネイルアートはそれだけ強くユリアーナ殿下の心を掴んだようだ。常に塗っておきたいという気持ちも分かるが、特別な日にだけ塗るのもネイルアートのよさなのかもしれない。
ユリアーナ殿下と話して和やかに国王陛下一家とのお茶会を過ごしたのだった。
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