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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
十二章 両親の事故とわたくしが主役の物語
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1.クリスタちゃん、十五歳

 誕生日でクリスタちゃんは十五歳になる。

 十五歳のお誕生日というのは、社交界に正式にデビューできる年齢になる特別な日だった。

 クリスタちゃんと子ども部屋に行って、クリスタちゃんの爪にマニキュアを塗ってもらっている。クリスタちゃんの次はまーちゃんが順番を待っていた。


 辺境伯領が事業としてネイルアートの技術者を育てているので、その技術者を呼んでもらったのだ。褐色の肌に小奇麗な格好をした女性は、髪を上げて作業しやすいスタイルにしてクリスタちゃんの爪を塗っている。まーちゃんが終われば、次はわたくしの番で、わたくしが終われば母の番だった。


「とても綺麗な波模様ですね。気に入りました」

「お気に召したならばよかったです」

「次はわたくしです。わたくし、ラグーンネイルが気になっているのです」

「それではラグーンネイルに致しましょう。色はいかがなさいますか?」

「ピンク色がいいです」


 塗り終わった爪を見てうっとりとしているクリスタちゃんと、椅子を代わってもらってさっそく注文をするまーちゃん。まーちゃんの小さな爪も見事に塗られていく。

 水面の揺らめきを映すラグーンネイルが出来上がると、まーちゃんは大喜びでソファに座って爪が乾くまで待っていた。

 ネイルアートの技術者の女性はマニキュアの色もたくさん持ってきている。わたくしが気になったのはピンクに近い薄紫だった。


「この色で花の模様ができますか?」

「やってみましょう」


 ごく淡い透明に近いピンク色をベースに、ピンクに近い薄紫で花が描かれる。注文にないものでも技術者は挑戦してくれていた。


「これは藤の花ですね。わたくし、大好きです」

「お気に召したなら幸いです」

「お母様が来られるまで、お茶でもいかがですか?」

「よろしいのですか?」

「こんなに素敵に爪を塗ってくださったんですもの。お茶くらい飲んで休んでいってください」


 ネイルアートの技術者の女性に、給仕にお茶を出してもらって、わたくしもまーちゃんの隣りに座った。マニキュアが完全に乾くまでは大人しくしておかなければいけない。


「夏場にはサンダルを履くことがありますか?」

「わたくしたちもサンダルは履きますね」

「そのときには足の爪にも塗ることができます」

「足の爪も塗ってくださるのですか? そのときにはお願いしましょうか」

「わたくし、お手手の爪は小さいから、足の爪ならもっと細かい模様がお願いできるのではないでしょうか」

「その通りだと思いますよ、マリア」


 足の爪に塗ってもらうことができると聞いてまーちゃんは喜んでいた。

 母がやってきて、母もネイルアートの技術者の女性に爪を塗ってもらう。母はフレンチに塗り分けてもらっていた。


「こんな時間が取れるのもいいですね。爪を誰かに塗ってもらうなんて、少し贅沢な気がします」

「お母様、とても綺麗に塗ってくださったのです」

「わたくしの爪、綺麗でしょう?」

「夏には足の爪にも塗ってくださると聞いています」

「それは、夏にもお招きして塗ってもらわねばなりませんね」


 クリスタちゃんのお誕生日はお茶会を開くわけではないが、リリエンタール家からはレーニちゃん、シュタール家からはオリヴァー殿とナターリエ嬢、辺境伯家からはエクムント様がいらして一緒に祝ってくださる。

 王妃殿下の出産の時期の問題でハインリヒ殿下は来られないのでクリスタちゃんは少し寂しそうだが、それでも親しいひとたちとのお誕生日は楽しいものになるだろう。


 爪を塗り終わって父がネイルアートの技術者の女性に代金を支払っていた。横に母も付き添っている。


「こんなに!? よろしいのですか?」

「テレーゼ、彼女はどうだったかな?」

「とても素晴らしかったですわ。マリアの小さな手も綺麗に塗っていました」

「分かった。これからあなたにはディッペル家には頻繁に来てもらうことになると思う。ディッペル家の専属のネイルアートの技術者として雇いたい」

「光栄です。喜んで」


 ネイルアートの技術者の女性は認められて、ディッペル家の専属になれたようだ。専属のネイルアートの技術者がいるとなると、これから塗ってもらえる爪のデザインの幅も広がるだろう。

 わたくしもクリスタちゃんもまーちゃんも話を聞いて顔を見合わせて微笑み合っていた。


 クリスタちゃんのお誕生日のお茶会は大広間ではなく食堂で行われたが、食堂のテーブルの上には花が飾られて、たくさんの軽食やケーキが並べられている。ポテトチップスも、一口大の丸いコロッケもその中にあった。

 レーニちゃんとオリヴァー殿とナターリエ嬢とエクムント様が揃うと、わたくしたちは全員で席に着く。大広間でのお茶会のように立食形式ではないので、落ち着いてお茶をすることができる。


 わたくしはエクムント様の隣りに座って、まーちゃんがオリヴァー殿の隣りに座って、オリヴァー殿の隣りにはナターリエ嬢が座って、ふーちゃんの隣りにレーニちゃんが座った。


「わたくし、マリア様がお兄様の婚約者になってよかったと思っております」

「ナターリエ嬢、そんなことを思ってくれているのですか?」

「わたくしが生まれたときに母は亡くなりました。父と兄はとても悲しかったけれど、母の遺したわたくしを大事に育ててくれました。それでも、父は兄の婚約者を決めることもできないくらいに意気消沈していたのです。マリア様はわたくしと同じ年。わたくし、マリア様ともっと親しくなりたいと思って、今日は兄についてきました」


 ナターリエ嬢はまーちゃんと同じ年なのだ。まーちゃんはナターリエ嬢と仲良くできるに違いない。ナターリエ嬢もまーちゃんと仲良くしたいと思っているのだ。


「ナターリエ嬢、わたくしと仲良くしてくださいね」

「マリア様、こちらこそ」


 オリヴァー殿を間に挟んで笑顔を見せあうまーちゃんとナターリエ嬢に、場は和んでいた。エクムント様は紅茶と軽食を少しだけ召し上がっている。わたくしは迷ったが誘惑に勝てずに、ケーキとポテトチップスとコロッケを取り分けた。

 わたくしのお皿がいっぱいになっているのを見て、エクムント様が言う。


「エリザベート嬢は育ちざかりなのですからしっかり食べてくださいね」

「わたくし、もう十六歳です。身長も成長が止まるころのはずです」

「エリザベート嬢は女性にしては背が高いですからね。でも、私はとても体が大きいので、エリザベート嬢の背がまだ伸びたとしても全く問題はありませんよ」


 その通りなのだが、あまりに背が高すぎるのもどうかと思ってしまう。わたくしはクリスタちゃんよりも頭半分くらい背が高くなっていたし、母よりも背が高くなっている。エクムント様が非常に背が高いので何とか見られる格好になっているが、そうでなかったら、踵のある靴も履けなかったかもしれない。


「エクムント様は背が高い女性についてどう思いますか?」

「エリザベート嬢ならそのままで好きですよ」


 参考にならないことを言われて、わたくしは赤くなる頬を押さえるのだった。


 お茶を飲んでいるときに、クリスタちゃんはハインリヒ殿下がいないせいか、口数が少なかった。

 クリスタちゃんにわたくしは話しかける。


「国王陛下の次のお子様は男の子でしょうか、女の子でしょうか?」

「女の子の方がユリアーナ殿下はお喜びになるのではないでしょうか」

「けれどお子様は生まれてみなければ性別が分からないものです。我が家はフランツ以外女性ですが、ユリアーナ殿下がその逆で、ユリアーナ殿下以外男性になる可能性もありますよね」

「どちらにせよ、無事に生まれてほしいです」


 祈るように手を組んだクリスタちゃんは、ハインリヒ殿下と王妃殿下のことを考えているのだろう。お皿の上にもあまり軽食やケーキを取り分けていないし、ミルクティーもほとんど飲まれずに冷えてしまっている。


「クリスタ、楽しいことを考えましょう。わたくしたちに一曲歌ってくれませんか?」

「歌、ですか?」

「クリスタは歌がとても上手です。わたくしが伴奏を弾くので、歌ってください」


 歌が好きなクリスタちゃんは、まーちゃんが小さいころに何度も歌を歌ってほしいと強請られていた。わたくしは小さいころからピアノを弾いていて、学園でも音楽の時間にはピアノを弾くので伴奏には慣れている。


 場所を大広間に移してわたくしの提案通りにクリスタちゃんがわたくしの伴奏で歌うことになった。

 クリスタちゃんと息を合わせてピアノを弾き始めると、クリスタちゃんが大きく息を吸って歌う。

 高く美しいクリスタちゃんの歌声が大広間に響いていた。

 歌い終わるとクリスタちゃんは拍手に包まれた。


「さすがです、クリスタお姉様」

「素晴らしかったですわ、クリスタ嬢」


 まーちゃんとレーニちゃんに褒められてクリスタちゃんは頬っぺたを赤くしている。

 歌ったことで心が切り替わったのか、その後は食堂に戻ってクリスタちゃんの笑顔が見られたのでわたくしは本当によかったと思っていた。


読んでいただきありがとうございました。

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