39.エクムント様と王宮を歩く
国王陛下の生誕の式典には、わたくしとクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんと両親と前日から王都に行って王宮に泊まっていた。エクムント様も王宮に泊まっているはずだ。
わたくしはエクムント様の部屋の場所を知っているが、未婚の女性が婚約者とはいえ未婚の男性を訪ねていくのはよくないので我慢している。クリスタちゃんもハインリヒ殿下に会いたい気持ちを我慢しているようだ。
リリエンタール家もやってきて、レーニちゃんがわたくしとクリスタちゃんと同じ部屋に入る。いつものことなのでレーニちゃんも慣れた様子で入ってきたが、わたくしとクリスタちゃんはレーニちゃんを歓迎した。
「遂に社交界デビューしますね」
「おめでとうございます、レーニちゃん」
「ありがとうございます、エリザベートお姉様、クリスタちゃん。わたくし、楽しみにしてきましたの」
お祝いを言えばレーニちゃんは緑色の目を輝かせて手を組んでその場で一周して見せた。それだけ心も体も弾んでいるということだろう。
社交界デビューは明日のお茶会で正式に行われるが、昼食会からレーニちゃんは参加できるのだ。
「ふーちゃんがレーニちゃんと一緒に昼食会に出たかったというでしょうね」
「ふーちゃんからは、お祝いの詩をいただきました」
「ふーちゃんが詩を! さすが、ふーちゃんは気配りができますね」
どんな詩を贈られたのかわたくしは怖くて聞けなかったが、クリスタちゃんはふーちゃんが詩を贈ったことに関して評価していて、詩の内容も聞きたそうにしていた。話題が詩の内容にならないようにわたくしは素早く話題を変える。
「デニスくんとゲオルグくんは来ているのですか?」
「はい。デニスはお茶会に出るつもりのようです」
わたくしとクリスタちゃんが小さかったころはディッペル家に留守番させられてお茶会にも参加させてもらえなかったが、王宮のしきたりも年月によって変わったのかもしれない。ふーちゃんもまーちゃんもお茶会には参加する。
年下の子どもたちにとってよりよい方向に変わっていくのならば、それは何よりだとわたくしは思っていた。
部屋で夕飯までの時間を過ごしていると、ドアがノックされる。
「どなたですか?」
「エクムント・ヒンケルです。エリザベート嬢、少し王宮内を歩きませんか?」
エクムント様の来訪にわたくしは慌てて身支度を整えた。クリスタちゃんとレーニちゃんが「楽しんできてください」と送り出してくれる。
廊下に出るとエクムント様がシャツとセーターとスラックス姿で待っていた。正式な姿ではないエクムント様を見るのもあまりないので、わたくしはドキドキしながら隣りを歩く。
エクムント様はわたくしと話をしたいようだった。
「ハインリヒ殿下が私の部屋に来られたのですよ」
「ハインリヒ殿下が?」
「そうなのです。クリスタ嬢が何か求めているのは分かるのだけれど、自分はどうすればいいのか分からないと相談されました」
「クリスタが……。なんとなく分かります。クリスタは、わたくしとエクムント様のことに興味津々なのです」
「そうなのですか」
「その……口付けとかプロポーズに興味を持っているようで」
淑女としてどういう風に言えばいいのか迷ったが、わたくしはエクムント様には包み隠さず話してしまおうと思っていた。ハインリヒ殿下にそれで伝わってクリスタちゃんの願いがかなえられるのならば、それが一番いいではないか。
「プロポーズですか? ハインリヒ殿下とクリスタ嬢はもう婚約していて、結婚することは確定していると思いましたが」
その通りなのだ。
わたくしとエクムント様の婚約も一大事業なので絶対に覆らないが、皇太子殿下と公爵家の娘の婚約など、事業として大きすぎて覆すことは決してできない。クリスタちゃんが今後気が変わったとしても、ハインリヒ殿下との婚約を破棄できる方法などないのだ。
ハインリヒ殿下にしても同じで、結婚を拒むすべはない。
それが分かっているから、プロポーズの必要はないはずなのだ。
「婚約していても、それは国王陛下がお決めになったことなので、自分の意志でプロポーズしてほしいと思っているのですわ」
「なるほど。それは全く思い付きませんでした。クリスタ嬢の発想に驚かされました」
「ハインリヒ殿下も察してほしいと言っても無理ですよね」
「そういうことなら、私の方からハインリヒ殿下に伝えましょう」
「お願いいたします」
エクムント様が伝えてくれるならば安心だ。そう思っていると、エクムント様は歩きながら声を低く潜める。
「ハインリヒ殿下は自分が上手にクリスタ嬢に『愛している』と言えないことを悩んでいました」
「それもなのです。クリスタはハインリヒ殿下に『愛している』と言ってほしいようなのです」
「そうでしたか。ダンスの後で言おうとして、何度もダンスに誘っても上手くいかなかったと話していました」
「そうだったのですね」
クリスタちゃんがハインリヒ殿下に何度もダンスに誘われて疲れてしまったことがあった。そのときにハインリヒ殿下は一生懸命「愛している」と言おうとしていたのだろう。でもうまく言えなくて、そのままになってしまった。
「わたくしとエクムント様のこともものすごく興味を持っていて……」
「それは大事なお姉様だからではないですか?」
「それだけなのでしょうか。口付けのこととか、聞かれるのではないかとハラハラしています」
口付けと口にするとわたくしは頬が熱くなって、頭まで熱くなる気がする。熱くなった頬を押さえていると、エクムント様が王宮の書庫に案内してくれた。
書庫で本を読みながら話は続く。
「エリザベート嬢が言っていた香辛料のことを少し調べてみました。南東の方の国で手に入りそうです」
「本当ですか! 早くわたくしカレーライスを食べたいですわ」
「エリザベート嬢はそれを食べたことがあるように言うのですね」
「えぇっと……ほら、エクムント様、この異国の書に書いてありますわ。主な食べ物はカレーだと」
「本当ですね。この書を見たことがあったのですか?」
「小さなころ……エクムント様と婚約をして、白い薔薇をもらったときに、王宮の書庫で薔薇の種類を調べました。そのときに見た記憶があるのです。それを覚えていて、今再現したいと思ったのかもしれませんわ」
小さいころだから記憶は定かではありませんが。
異国の書を広げながらそう付け加えるとエクムント様も納得してくださった。
「そのころからエリザベート嬢はカレーに興味を持っていたのですね」
「はい。辺境伯領でならば材料が揃うのではないかと最近気が付いたのです」
エクムント様と話していると楽しい。
わたくしはエクムント様になら何でも話せるような気がする。前世のことはさすがに話せないが、他に作りたい料理や、やりたいことがたくさんあった。
「エクムント様は小さいころからわたくしが何を話しても真剣に聞いてくださいました。今もわたくしの話を真剣に聞いてくださいます。そういうところがわたくしは大好きなのです」
告げるとエクムント様がわたくしの手を取って口元に持っていく。
「小さいころから一生懸命話すエリザベート嬢は可愛らしいと思っていました。まさか、エリザベート嬢と婚約して、こんな関係になるとは思っていませんでしたが、今になってみれば、エリザベート嬢が私の婚約者で本当に良かったと思っています」
「エクムント様……」
「何度でも言います。エリザベート嬢だけが私にとって好きになる女性なのです」
わたくしだけがエクムント様にとって女性扱いしてもらえる女性。
そう思っただけで顔が赤くなるのに、エクムント様が指先にキスをして、ますます真っ赤になってしまう。
「こんなところで、いけませんわ」
「そうでした。エリザベート嬢があまりに可愛いので」
しかも可愛いと言われている。
愛されているのかもしれない。
考えるともっと顔が熱くなってきそうで、わたくしは身を翻して書庫から出た。
書庫から出るとエクムント様がわたくしを部屋まで送ってくれる。
エクムント様に送られて部屋に戻ったわたくしに、クリスタちゃんとレーニちゃんは興味津々で近寄ってくる。
「お姉様、顔が赤いですわ。何かありましたか?」
「な、なにもありません」
「エリザベートお姉様、エクムント様と何を話していたのですか?」
「書庫に行って異国の料理について再現できないか話していました」
「それだけですか?」
「それだけです」
わたくしがエクムント様に翻弄されていることなど、クリスタちゃんにもレーニちゃんにも知られたくない。
内緒だとわたくしは心に決めたのだった。
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