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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
十一章 ネイルアートとフィンガーブレスレット
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30.エクムント様からのキス

 ユリアーナ殿下のお誕生日が終わるとわたくしのお誕生日が来る。

 わたくしもこれで十六歳になるのだ。

 エクムント様と結婚できる年になるまでに残り二年になる。

 十六歳のわたくしはエクムント様の目にどのように映るだろう。


 紫色のドレスを新調して、赤い薔薇の髪飾りも作ってもらって、わたくしは万全の体制でお誕生日を迎えた。

 お誕生日は雨だったので朝はお散歩に行けなくてふーちゃんとまーちゃんはつまらなそうだったが、わたくしはお茶会のことを考えて胸をときめかせていた。

 ドレスを纏って、髪も纏めて、準備が終わった頃に前日からディッペル家に泊まっていたエクムント様が迎えに来てくださる。

 エクムント様は今日までディッペル家に泊まって、明日、朝食を食べてすぐに帰る予定になっている。

 迎えに来てくださったエクムント様に手を取られて、わたくしは大広間までエスコートされる。


 お誕生日のお茶会にはハインリヒ殿下もノルベルト殿下もユリアーナ殿下もレーニちゃんもデニスくんもオリヴァー殿もヒューゲル伯爵も来てくださっていて、わたくしはご挨拶に大忙しだった。

 ご挨拶をしている間も、エクムント様はずっとわたくしの隣りにいてくださった。


 お茶会ではユリアーナ殿下のお茶会の反省を込めて、お皿にあまりたくさん取り分けないように気を付けたのだが、それでも、サンドイッチは食べたいし、キッシュも食べたいし、ケーキもポテトチップスも食べたくて減らせたのはスコーンくらいだった。

 ミルクティーを頼んでエクムント様とお茶をご一緒する。


「エリザベート嬢の髪飾りもドレスも新しいもののようですね」

「わたくしの誕生日に合わせて新調しました」

「とてもお似合いですよ。美しいです」


 心からの賛美を受けてわたくしは頬に手をやる。頬が熱くなるのも仕方がない。

 エクムント様はそんなわたくしを見て微笑んでいる。


「エクムント様、わたくし、十六歳になれてとても嬉しいのです」

「エリザベート嬢はまだ年を取るのが嬉しい年齢ですよね。私くらいになると、年を取るのは憂鬱になってきますよ」

「そうですか? エクムント様はまだ二十七歳ですよね」

「もう二十七歳です」

「まだまだお若いですわ」

「もうおじさんですよ」


 エクムント様が自分を「おじさん」などと言うとは思わなくてわたくしは驚いてしまった。節制もしていて、体も鍛えているエクムント様は今が一番格好よく見えるし、これから年齢を経てもますます格好よくなる予感しかしない。

 前世の記憶で考えても、二十七歳というのは決して「おじさん」というべき年齢ではないのは感じていた。


 それでも、この世界では二十七歳というのが大人になってからかなり経つというのは分からないわけではない。

 わたくしが前世を思い出したのが六歳のときで、そのときにエクムント様は十七歳だったから、あれから十年も経ったのだと思うとしみじみとしてしまう。


「エクムント様がディッペル家に仕えるようになったのが十七歳の頃で、それから十年も経ったのですね」

「そうなりますね。エリザベート嬢も大きくなられました」

「わたくしは、エクムント様の中で、恋愛対象となれるようになったのでしょうか?」


 エクムント様に聞いてみたが、謎めいた笑みを浮かべるだけでエクムント様は答えてはくれなかった。


 誕生日のお茶会が終わってから、エクムント様はわたくしと一緒にお客様の見送りをしてくださった。今日は雨が降っているので、馬車までは見送りには出ずに、玄関でお見送りをする。

 馬車は身分の順に用意されるので、最初はハインリヒ殿下とノルベルト殿下とユリアーナ殿下だった。


「エリザベート嬢、今日は楽しいお茶会でした」

「ありがとうございました」

「次はディッペル公爵夫妻のお誕生日のお茶会でお会いしましょう」


 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とユリアーナ殿下に言われてわたくしはお辞儀をして三人を送り出した。

 続いて馬車はリリエンタール公爵家のものが準備される。


「今日はお招きいただきありがとうございました」

「きょうもユリアーナでんかとおちゃをごいっしょしました。ユリアーナでんかはわたしとゆうじんになりたいのでしょうか?」

「デニス殿と仲良くしたいのだと思いますよ」

「そうおもってくださっていると、わたしもうれしいです」


 六歳になったデニスくんにはユリアーナ殿下の恋心は分からないかもしれないが、友人になりたいのだと思ってとても嬉しそうにしている。ユリアーナ殿下の気持ちが通じるのかどうかはまだ分からない。

 続いてキルヒマン侯爵家の馬車が用意された。

 ガブリエラちゃんとキルヒマン侯爵夫妻が挨拶をしていく。


「エクムント叔父様とエリザベート様がとてもお似合いで素敵でした」

「これからもエクムントをよろしくお願いします」

「エクムント様、しっかりとエリザベート様を大事になさるのですよ」


 ガブリエラちゃんにもキルヒマン侯爵夫妻にも言われてエクムント様が困ったように微笑んでいる。

 エクムント様とお似合いに見えていたならば嬉しいとわたくしは純粋に思った。


「エリザベート様、次は学園でお会いしましょう。エクムント様、これからもシュタール家をよろしくお願いします」

「オリヴァー殿、お越しいただきありがとうございました」

「シュタール家は辺境伯家には欠かせない大事な家。これからもよろしくお願いします」


 オリヴァー殿の馬車も見送って、その他のお客様の馬車も見送って、わたくしはようやく部屋に戻れるようになった。

 エクムント様が部屋まで送ってくださる。

 真っすぐ部屋に行くのかと思ったら、エクムント様は部屋の前で立ち止まってわたくしに問いかけた。


「エリザベート嬢ももう十六歳。キスをしても、よろしいですか?」


 いつも目を光らせているクリスタちゃんも、一階でふーちゃんとまーちゃんと両親と一緒にいて、廊下にはわたくしとエクムント様だけ。

 エクムント様はいつものように穏やかな金色の目でわたくしを見詰めて、静かに問いかけた。


 キス。


 キスをしていいか聞かれている。

 わたくしも十六歳になったのだから、キスくらいしてもいいはずだ。

 雰囲気で流すようなことをしないで、真正面から聞いてくださったのは、エクムント様の紳士な心があるからだ。

 ものすごく慌てていたがわたくしは、返事をした。


「ひゃい!」


 噛んでしまった。

 それでも後戻りなどできない。

 キスをされるのだ。

 目を瞑ってわたくしはエクムント様にキスをされるのを待つ。

 こういうとき、唇はどのようにすればいいのだろうか。キスを待つときには唇を若干尖らせた方がいいのだろうか。

 悩んだが変顔にしかならない気がして、自然のままで待つことにする。

 エクムント様の手がわたくしの顔を撫でる。

 大きな武骨で皮の厚い手。

 何度もわたくしの手を握って、手を取って、一緒に歩いた手。

 その手がわたくしの顔を撫でて。


 前髪を掻き分けて。


 おでこに柔らかな感触が落ちた。


「ふぇ?」

「エリザベート嬢、とても可愛かったです」


 わたくし、今、自分が変な顔をしている自信しかない。

 淑女とは言えない声も出てしまった気がする。

 エクムント様が「キスをしても、よろしいですか?」と聞いて来たので、それは当然唇にキスをするものだと思っていた。

 それなのに、エクムント様がキスをしたのは額だった。


 額でも嬉しくないわけではないのだが、唇かと期待しただけに拍子抜けしてしまった。


 それと同時に、わたくしは唇にキスを待つ顔をじっくりとエクムント様に見られていたかと思うと恥ずかしくて堪らなくなってくる。


「え、エクムント様……」

「エリザベート嬢、明日、天気がよければ、朝に散歩に行きましょうね」

「は、はい」


 ぎこちなく返事をしてわたくしは自分の部屋に入って、ドアを閉めて、ベッドの上に倒れ込んでのたうち回ったのだった。

 恥ずかしすぎる。

 エクムント様に唇にキスをしてもらえると思ってキスを待っている顔を見られておきながら、キスをされた場所が額だったなんて恥ずかしすぎる。

 そもそも、エクムント様があんなにもったいぶって「キスをしても、よろしいですか?」なんて言うから期待してしまったのだ。


「憎らしいお方……」


 クリスタちゃんがエクムント様をそう評したように、わたくしの口からもその言葉が出ていた。


読んでいただきありがとうございました。

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