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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
十一章 ネイルアートとフィンガーブレスレット
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26.わたくしの熱の真相

 髪に口付けた日から、エクムント様の態度が甘い気がする。

 いや、もっと前から甘かったのかもしれない。

 観劇に行った日にはわたくしは、エクムント様とずっと手を繋いでいた。手を繋いでいたので劇の内容が全く頭に入って来なくて、もう一度劇を見直しに行ったくらいなのだ。その前にもレーニちゃんのお誕生日のお茶会でエクムント様はミルクポットを手渡してくださったが、そのときにわたくしが牛乳を盛大にこぼした後で、レーニちゃんに借りたレモンイエローのドレスが自分の目と同じ色だと言っていた気がする。もっと前からエクムント様はずっとわたくしに甘かったのかもしれない。

 気付いてしまうと、あれもそうだったのかとか、それもそうだったのかとか思い始めて恥ずかしくなる。

 エクムント様に「愛している」とか「好きだ」とか言われたいと考えていたが、エクムント様はずっと前から態度でわたくしに好意を示していてくれたのではないだろうか。

 それがまだ恋愛感情ではないかもしれないにせよ、わたくしのことが好きだというのは確かなわけで、それが嬉しくないわけがない。

 嬉しくないわけがないのに、それに今まで気付いていなかったのが悔しくもある。


 わたくしが唸っていると、クリスタちゃんもレーニちゃんもエクムント様との夕方のお散歩で何かあったのだろうとわたくしを見守っている。


「わたくし、エクムント様に好かれているかもしれないと思い始めました」

「お姉様、今更ですか!?」

「今更とは、どういうことですか!?」

「観劇のときにはずっと手を繋いでいたのでしょう? エクムント様はお姉様に夢中に決まっています」

「わたくしはまだ十五歳なので、恋愛感情はまだないかもしれないと思っていました」

「恋愛感情とは違っていても、エクムント様はお姉様のことが可愛くて可愛くて堪らないのはいつも感じていましたわ」

「いつも!?」


 クリスタちゃんの言葉にわたくしは驚いてしまった。そんなにエクムント様はわたくしに好意を示していたのだろうか。


「お姉様はエクムント様の特別に間違いありませんでした。赤ん坊のころから可愛がっていらっしゃったのですからね」

「それは、恋愛感情とは違うでしょう」

「でも、特別な相手という感情が、いつか恋愛感情に変わるかもしれないでしょう? それが今かもしれないのですよ」

「今!?」


 これ以上エクムント様の態度が甘くなったらわたくしはどうなってしまうのだろう。頭が痛くなるくらい顔が熱くなって、わたくしは焦ってしまった。


「熱が出そう……」

「わたくし、思っていましたの。お姉様が辺境伯領から帰って熱が出たのは、エクムント様がお姉様の髪に口付けたせいではないのかと」

「え!? そんなはずは……」

「そうに決まっています」


 クリスタちゃんに言われてわたくしはあれは熱中症ではなかったのかと思い返していた。エクムント様に甘く触れられたせいでわたくしは知恵熱を出してしまっていたのか。

 考えると真剣に熱中症のことでエクムント様に相談したのが恥ずかしくなってくる。


「わたくし、知恵熱を出したのですか」

「知恵熱とは違うかもしれませんが、恋の熱だったのですよ」

「そうだったのですね……」


 クリスタちゃんとわたくしの話を聞いているレーニちゃんが羨ましそうにしている。


「わたくしはふーちゃんが婚約者でよかったと思いますが、そんな話に混ざれるのは何年先になるか」

「ふーちゃんはまだ七歳ですからね」

「ハインリヒ殿下もまだエクムント様のような甘い仕草はありませんね」

「それはハインリヒ殿下が十六歳だから仕方がないのではないですか?」

「ハインリヒ殿下もエクムント様のようにわたくしに甘くしてくださればいいのに」


 クリスタちゃんはクリスタちゃんで無茶なことを考えているようだ。

 ハインリヒ殿下は十六歳なのでまだまだ恥ずかしくて気持ちを正直に口にできないところがあるだろうし、口付けなんてまだ早いのかもしれない。わたくしも手の甲や髪の毛、指先に口付けてもらっただけで、唇や頬にはまだ口付けてもらえていない。

 自分から口付けを求めるのはレディとして何か違う気がするが、口付けに興味がないわけではないのだ。

 クリスタちゃんも十四歳だが口付けに興味があるのだろう。

 ハインリヒ殿下は年相応に、クリスタちゃんの手の甲にも口付けることをしていない気がする。


「ハインリヒ殿下に手の甲に口付けられたり、髪に口付けられたりしたいものですわ」

「クリスタちゃん、はしたないですよ」

「はしたないかもしれないですが、わたくしもハインリヒ殿下にもっと愛されたいのです」


 自分の気持ちをはっきりと口にしてしまうクリスタちゃんははしたなく感じられたが、わたくしも胸の内はおなじようなものなのでそれ以上強くは言えなかった。


 三日間の国王陛下の別荘の滞在期間に、わたくしはハインリヒ殿下とクリスタちゃんの様子を観察してみた。ハインリヒ殿下はクリスタちゃんと目が合うとにっこりと微笑む。それだけでもハインリヒ殿下がクリスタちゃんのことがものすごく好きなのだと伝わってくる。

 手の甲にも口付けないというのは、やはりハインリヒ殿下がまだ十六歳ということもあるのだろうが、クリスタちゃんが十四歳で社交界デビューを正式に果たす年にもなっていないということもあるだろう。

 ハインリヒ殿下とクリスタちゃんは二人の速度で親しくなっていけばいいのだとわたくしは思ったが、クリスタちゃんはハインリヒ殿下にもっと愛してもらうように夢を持っているようだった。


 エクムント様に庭に散歩に誘われた翌日の朝は、ふーちゃんとまーちゃんが起こしに来て、ユリアーナ殿下もやってきて、わたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんは急いで支度をして王宮の庭に散歩に行った。

 王宮の庭ではエクムント様が待っていたのだが、それだけではなかった。


「おはようございまふ、クリスタ嬢」


 ものすごく眠そうにしながら、ハインリヒ殿下も王宮の庭で待っていたのだ。


「ハインリヒ殿下、起きられたのですか?」

「なんとか……」


 半分目が開いていないような状態だがハインリヒ殿下はクリスタちゃんと目が合うとにっこりと微笑む。クリスタちゃんもハインリヒ殿下とお散歩ができて楽しそうである。


「辺境伯領では、ブーゲンビリアやハイビスカス、アラマンダやプルメリアが咲いていたのですが、こちらではトルコキキョウやヒメジョオンやダリアやスカビオサが咲いていますね」

「クリスタ嬢は花の名前に詳しいのですね。私は花の名前がよく分からなくて」

「ハインリヒ殿下のお誕生日の式典のときには、エクムント様が皇帝ダリアを見せてくださったのです。一緒に見に行きませんか?」

「喜んで行かせていただきます」


 話しているうちにハインリヒ殿下も目が覚めて来たようで、クリスタちゃんの手を取って歩き出している。

 ふーちゃんとまーちゃんはレーニちゃんと手を繋いでいるし、わたくしがエクムント様を見上げると手を差し伸べられる。エクムント様の手に手を重ねて歩いていると、ユリアーナ殿下が走って行って、まーちゃんと手を繋いでいた。


「マリアじょうは、わたくしのがくゆうになるのです。ずっとゆうじんです」

「光栄です、ユリアーナ殿下。わたくしもユリアーナ殿下とずっと親しくさせていただきたいです」


 まーちゃんとユリアーナ殿下の会話にほっこりとしていると、エクムント様がわたくしに囁く。


「あれくらいの頃のエリザベート嬢も可愛かったです」

「今はどうなのですか?」

「お美しく成長されました」


 美しいと言われて嬉しくなってしまうが、今でもエクムント様の中ではわたくしはユリアーナ殿下やまーちゃんのような存在のままではないかと心配にもなる。

 エクムント様の手をぎゅっと握ると、エクムント様がわたくしを見下ろして首を傾げる。


「どうされましたか?」

「わたくし、いつまでも子どもではありませんよ」

「分かっていますよ」


 完全に軽くあしらわれてしまっている気がする。

 間違いなくエクムント様は最高の男性であるのには間違いないが、クリスタちゃんの言う「憎らしいお方」という表現も理解できないわけではない。

 いつになったらエクムント様の中でわたくしは恋愛対象になるのだろう。

 そのことばかりを考えてしまう三日間だった。


 国王陛下の別荘で過ごした三日間が終わってから、わたくしはディッペル家で厨房に行って、肉じゃがの作り方を考えてみた。

 醤油がないので、何かで代用しなければいけない。

 この国で出汁と言えば、牛の骨を煮込んだものか、野菜を煮込んだものになる。

 そうでなくて、魚介の出汁が欲しくなると、鰹節は難しいので、いりこを干すところから始めなければいけない。

 とりあえず折衷案として牛の骨を煮込んだ出汁に塩を入れて醤油の代わりにして、ジャガイモと人参と玉ねぎと牛肉を煮込んで味付けてもらったのだが、肉じゃがとは何か違うが美味しいものが出来上がった。

 これを肉じゃがと呼んでしまうのはわたくしが敗北を認めるようなものだったが、とりあえずのものとして、試作品の肉じゃがはディッペル家で振舞われた。


「食べたことのない味がしますね」

「これはこれで美味しいな。何から発想を得たのかな?」

「シチューをもっと素材を生かした形で作れないかと思ったのです」


 肉じゃがを始めて作ったひとは、シチューを作ろうとして肉じゃがになったという噂があるから、そういうことにしておくと、両親も納得してくれた。


「新しいお料理を食べるのは楽しいですわ」

「エリザベートお姉様、コロッケもでしたが、これも美味しいですね」

「これはなんというのですか?」


 クリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんにわたくしは答える。


「肉じゃがという名前にしましょうか」


 こうしてわたくしは少しずつこの国の食文化を改革していこうとするのだった。


読んでいただきありがとうございました。

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