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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
十一章 ネイルアートとフィンガーブレスレット
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24.わたくしの熱

 辺境伯領での楽しい一週間も終わり、帰りの馬車から列車に乗り換えたところで、窓の外を見ながらわたくしは考えていた。

 父は母のことを「テレーゼ」と呼ぶ。

 結婚する前は「テレーゼ嬢」だったのだろう。

 エクムント様のお兄様たちも、奥方様のことは呼び捨てで呼んでいた気がする。


 今、エクムント様はわたくしのことを「エリザベート嬢」と呼んでいる。わたくしはエクムント様を「エクムント様」と呼び返している。

 結婚した後にはわたくしはエクムント様から、「エリザベート」と呼び捨てで呼ばれるのだろうか。わたくしはエクムント様のことを何と呼べばいいのだろう。「旦那様」、「エクムント様」、「わたくしのエクムント様」……考えているだけで頬が熱くなってくる気がする。


「お姉様、顔が真っ赤ですわ。暑さに当てられたのではないですか?」

「そうかもしれません」

「水筒に紅茶が入っています。お飲みになってください」


 クリスタちゃんに言われてわたくしは水筒の中の紅茶を飲んだ。

 辺境伯領ではフルーツティーかミントティーがよく飲まれているのだが、わたくしはミントティーがあまり得意ではない。なので、フルーツティーをいつも選ぶのだが、エクムント様はミントティーを飲んでいることが多い気がした。

 ミントの清涼感が体を冷やすのだと教えられても、紅茶にミントの香りが付いているのが苦手なのだ。

 ミントティーは牛乳とも合わないのが困りものだ。

 辺境伯領ではあまり牛乳が手に入らないのか、ミルクティーを飲む機会はほとんどない。わたくしが辺境伯領に嫁いで行ったら、牛乳を手に入れてもらう方法を考えてもらわなければいけないなどと思ってから、今から辺境伯領に嫁ぐ日を指折り数えている気がしてますます顔が熱くなってくる。


 顔だけでなくて全身が熱い気がするし、頭も痛い気がする。

 国王陛下の別荘に行くまでにはまだ二日時間があるので、わたくしが部屋で休んでいると、母が医者を呼んでくれていた。

 熱を測るとわたくしはかなりの高熱が出ているようだ。


「辺境伯領で暑くて体に熱がこもったのかもしれませんね」

「どうすればいいでしょう?」

「しばらく安静にしておいた方がいいでしょう」


 というわけで、わたくしは国王陛下の別荘に行く日には回復するように、部屋で休んでいることになった。

 食事もマルレーンが部屋に持って来てくれて、ベッドで食べる。食欲があまりなくて、ミルクティーだけ飲んだわたくしをマルレーンはとても心配していた。

 普段わたくしはよく食べる方なのだ。

 母の教育方針で、レディは小鳥のように小食だというのを実行することなく、出されたものはきっちりと美味しくいただくというのを叩き込まれているので、わたくしもクリスタちゃんもまーちゃんもお腹を空かせていた経験はない。

 それでも熱のせいで食べられないので、困っていると、マルレーンは食事を別なものに変えて来てくれた。

 ミルク粥とスープと果物だ。それならばなんとか食べられてわたくしはマルレーンに感謝する。


「わたくしが食べられるものがよく分かりましたね」

「病人にはお粥とスープと果物と決まっています」

「マルレーン、ありがとう」

「とんでもないことでございます」


 お礼を言えばマルレーンは恐縮してしまった。お皿を下げてもらって、その日はお風呂には入らずに休んだ。

 次の日は髪がべたべたしていて気持ち悪かったので、熱を測って、熱が微熱の範囲まで下がっていることを確認してから、シャワーを浴びて髪を洗った。

 さっぱりして休んでいると、部屋のドアが叩かれる。


「エリザベートお姉様、早くよくなってくださいね」

「エリザベートお姉様、苦しくないですか?」


 うつってはいけないので部屋には入らないように言われているふーちゃんとまーちゃんはドアの外から話しかけて来る。


「もうほとんどよくなりましたよ。明日は国王陛下の別荘に行けそうです」

「よかったです、エリザベートお姉様」

「お大事にされてください、エリザベートお姉様」


 ドアの前に何か置かれた気配がしたのでマルレーンに確認してもらうと、ふーちゃんとまーちゃんの折った折り紙の花が置かれていた。折り紙の花を大事に飾ってもらって、わたくしはもう一度眠りについた。

 眠っている間に、クリスタちゃんの歌声が聞こえた気がする。

 優しい心地よい子守歌。

 まーちゃんが小さい頃に歌を強請っていたたびにクリスタちゃんが歌っていた歌だ。

 目を開けてみるとまだ歌が聞こえている。


 部屋を繋ぐ窓に近寄ってみると、クリスタちゃんが歌っていた。


「クリスタちゃん、歌っているのですか?」

「お姉様、うるさかったですか?」

「いいえ、心地よく眠れました」

「それならよかったです。お姉様が安らげるように歌ってみたのです」


 クリスタちゃんはわたくしのために歌ってくれていた。


 夜には熱はすっかりと下がって、普段と同じものが食べられるようになっていた。

 熱を出したのも、体が熱かったのも、わたくしは熱中症の一種ではないのかと考えていた。

 しかし、医者はそのようなことは言わなかった。

 この世界では熱中症というものが知られていないのだろうか。

 対処法としては体を冷やすことなのだが、それも医者の指示がなかったので特にすることはなく、安静にしていただけだった。


 辺境伯領では暑さで毎年ひとが倒れていそうな気がする。

 熱中症というものが認知されていないのならば、それも認知されて、治療法が広まるようにしなければいけないのではないだろうか。


 辺境伯領では熱中症はどうなのか、わたくしは国王陛下の別荘でエクムント様に会ったら聞こうと考えていた。


 なんとか国王陛下の別荘に行く荷物も整って、わたくしは翌日には馬車に乗っていた。

 国王陛下の別荘は王都でも外れにあるので、列車を使うことなく、馬車で行ける範囲なのだ。

 わたくしとクリスタちゃんを乗せた馬車、両親とふーちゃんとまーちゃんを乗せた馬車の二台に分かれて、荷物もしっかりと乗せて国王陛下の別荘に行く。


 国王陛下の別荘ではハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下とユリアーナ殿下が待っていてくれた。国王陛下と王妃殿下は両親が来たことを喜んで歓迎している。


「ユストゥス、テレーゼ夫人、よく来てくれた」

「今年も一緒に過ごしましょう」

「お招きくださりありがとうございます」

「国王陛下も王妃殿下もお元気なようでなによりです」


 頭を下げる両親に国王陛下と王妃殿下はにこにことして食堂に招いている。

 食堂に行くと、レーニちゃんとエクムント様も揃っていた。


「エリザベート嬢、熱を出されたと聞きました。お加減はいかがですか?」

「もう平気です。軽い熱中症になっていたのだと思います」

「熱中症になられましたか」


 熱中症という言葉を使えば、エクムント様はそれを理解している様子だった。


「辺境伯領では熱中症は多いのですか?」

「多いですね。なった場合には、バスタブに水を張って、そこに浸かっているように言われます」


 中央では熱中症が認知されていなかっただけで、辺境伯領では熱中症はしっかりと認知されていた。


「ミントティーを飲むのも、体の熱を冷やすためです。水風呂に体を浸けて、ミントティーを飲んで一晩過ごすように医者に言われますよ」

「そうなのですね。中央の医者は熱中症を知らなかったようで、そのような処置方法は言われませんでした」

「それは困りますね。辺境伯領と中央で行き来が多くなると、中央に戻ってから熱中症を発症するものもいるでしょう」


 熱中症に関してもっと中央でも認知して行ってもらわなければ困るという結論でわたくしとエクムント様は意気投合した。

 熱中症の認知度を高めるためにできることは何なのか、これから考えていかなければいけない。


「そう言えば、彼の国の国王陛下は体調がよくなってきているとのことだ。ハインリヒが治療法を教えてくれたことに礼をしたいと言っているようだが」

「それは私ではなくエリザベート嬢が気付いたことなのです」

「わたくしは、平民の方に聞いただけですわ。ハインリヒ殿下がお礼を受け取ってくださいませ」


 わたくしは彼の国が自国だけで後継者争いを起こさずに後継者を決められればそれで満足で、それ以上のことは考えていない。

 ハインリヒ殿下にそう告げてもハインリヒ殿下は納得していない様子だった。


読んでいただきありがとうございました。

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