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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
十一章 ネイルアートとフィンガーブレスレット
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23.エクムント様という男性

 翌日の朝食を食べるとハインリヒ殿下とノルベルト殿下とユリアーナ殿下、それにレーニちゃんは帰って行ってしまった。

 クリスタちゃんはハインリヒ殿下との別れを惜しんでいたが、すぐ後に国王陛下の別荘で会えると分かっていたから、寂しい気持ちを抑えていたようだ。


「レーニ嬢、またお会いしましょうね」

「はい、次は国王陛下の別荘で」


 ふーちゃんはレーニちゃんの手を握って必死に言っていた。


「デニスどの、ちちうえのべっそうにはこられるのですか?」

「わたしはこくおうへいかのべっそうにはしょうたいされていません」

「ハインリヒおにいさま、どうしてデニスどのはダメなのですか?」

「ユリアーナ、デニス殿はまだ小さいからね」

「デニスどの……」

「ユリアーナでんか、わたしはユリアーナでんかとおさんぽができてとてもうれしかったです。またつぎのきかいにもおさんぽをしましょう」

「はい……」


 デニスくんにどうしても国王陛下の別荘に来て欲しそうなユリアーナ殿下だったが、ハインリヒ殿下にも言われ、デニスくん自身にも言われて悲しそうな顔で諦めていた。

 ユリアーナ殿下もデニスくんとお散歩をするようになってデニスくんがどんな男の子なのか分かってきたようで、少しは聞き分けもよくなったようだった。


 ディッペル家だけになるとふーちゃんとまーちゃんがわたくしとクリスタちゃんに甘えて来る。

 ふーちゃんとまーちゃんは今年も期待していることがあるようだ。


「エクムント様は今年も湖に行かれるでしょうか?」

「写真を撮られるでしょうか?」


 写真は気軽に撮れるものではないので、ふーちゃんとまーちゃんはエクムント様が撮って下さることを期待しているのだ。


「今年も湖に行きますか。今年はディッペル公爵夫妻もご一緒に、写真を撮りましょう」

「私たちもいいのですか?」

「わたくしも写真に映れるのですか」


 写真は初体験の両親も誘われて、湖に馬車で行った。

 湖でわたくしとクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんと両親とエクムント様、人数分の写真を撮って、現像して額装してもらっている間に湖の周辺を歩き回る。

 林に入ると今年もリスを見ることができた。リスは空から狙って来る鷲や隼やフクロウを警戒している。


「リスはとても可愛いですね。うちでも飼いたいです」

「フランツ、ディッペル家にはシリルとコレットがいるから無理ですよ」

「そうでした」

「ほっぺたが丸くなっています。口に何を入れているのでしょう」


 話しながらリスを見て、湖の周りを歩いて帰るころには額装も終わっていて、写真を一枚ずつわたくしたちに渡された。白黒で鏡写しになっている写真をわたくしとクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんは大事に抱いて持って帰った。

 これで毎年の記録になる。

 特にふーちゃんやまーちゃんは去年のものと見比べると全然違うようになっているだろう。


「エクムント様、写真をありがとうございます」

「ディッペル家の皆様に私が混じっていいのか分かりませんでしたが」

「もちろん、混じっていいに決まっていますわ。エクムント様はわたくしの大事な未来のだ、だ、だ……か、家族です!」


 未来の旦那様と言おうとしたのだが、恥ずかしくてうまく言えなくて、不自然な感じになってしまった。わたくしが顔を赤くしていると、エクムント様がわたくしの肩を抱いて囁きかける。


「エリザベート嬢は私の将来の妻でしたね」


 さらりと言えてしまうところがすごい。耳まで真っ赤になったわたくしはエクムント様の腕から逃げてしまった。


 孔雀の羽根をイメージして鮮やかな緑色と灰色で塗り分けた爪を見てわたくしはため息を吐く。図案を考えたのはわたくしだが、こんなにも見事に再現してもらえるとは思わなかった。

 クリスタちゃんはピンク色に青のギンガムチェック柄に塗ってある。

 まーちゃんは水面のゆらめきをイメージしたラグーンネイルで、ユリアーナ殿下とお揃いだ。

 マニキュアは一度塗れば一週間くらいはもつので、国王陛下の別荘に行くときもこのままでいいだろう。


「エクムント様は有言実行なさいましたね」


 お茶の時間にエクムント様の隣りに座って呟けば、エクムント様が唇の両端を持ち上げて弧の形にする。

 笑い方すら格好よすぎる。


「もう各地に店舗となる店は確保してあります。技術者たちも少しずつ移動しています。秋からネイルアートの店が本格的に出せるでしょう」

「もうそこまで計画は進んでいるのですね」


 フィンガーブレスレットのときもだが、エクムント様はとにかく初動が早いのだ。これが売れると見極めれば、それをどうやって広めていくかを即座に考えて実行に移す。

 コスチュームジュエリーも、フィンガーブレスレットも大当たりだったのだから、ネイルアートも繁盛する予感しかしない。


「エクムント様のそういうところを尊敬します」

「エリザベート嬢にそう言っていただけると嬉しいです」

「エクムント様……っ!?」


 ハーフアップにしている髪の一筋を指で摘まんで、エクムント様がそこに口付けた。

 エクムント様がわたくしの髪に口付けた。

 あまりのことに真っ赤になってしまうわたくしに、エクムント様は穏やかに微笑んでいる。

 一瞬の出来事だったので、両親もふーちゃんもまーちゃんもサンドイッチやケーキやフルーツティーに意識を向けていて、わたくしとエクムント様の間に起きたことに気付かなかったようだ。

 ただ一人、気付いたのはクリスタちゃんのみ。


「エクムント様、そういうところですよ!」

「私が何か?」

「お姉様は憎らしいお方に捕まったような気がしていますわ!」


 憎らしいお方ではなくて普段は紳士でとても格好よくて、身分的にもわたくしとつり合いが取れて、最高の男性なのだが、時々こういうことをなさるのでわたくしは心臓が苦しくなってしまう。

 まさか家族のいる場で髪に口付けられるとは思わなかったので、心臓をばくばくとさせているわたくしに、エクムント様が優しく囁く。


「エリザベート嬢があまりにも可愛かったので」


 その上口説き文句まで添えて来るのだ。

 エクムント様は最高の男性に違いなかったが、やはりちょっと悪い男なのではないだろうかとクリスタちゃんの意見に賛同しそうになるわたくしだった。


 お茶会の後で部屋に戻ったわたくしは、エクムント様が口付けたあたりの髪を手にしてぼんやりと立っていた。クリスタちゃんが椅子を持って来てわたくしを座らせる。


「エクムント様はお姉様のことが大好きなんですわ」

「そうでなければ困ります」

「それはそうなのですが、何というか、政略結婚以前に、お姉様のことを小さい頃から可愛がっていた分、今も可愛くて可愛くて堪らないというか」

「そうなのだと思います」


 それでずっと子ども扱いされて困っているのに、急に髪に口付けるなど大人扱いされてしまうとわたくしも心臓がもたない。

 髪の毛に触れていると、クリスタちゃんがため息を吐く。


「この分だと、お姉様、結婚するころには大変なことになっているんじゃないでしょうか」

「わたくし、大変でしょうか!?」

「エクムント様が遠慮なくお姉様のことを愛し始めたらと思うと、わたくしは少し怖いような気がします」

「そ、そうでしょうか?」


 クリスタちゃんの言う怖さというのがわたくしにはよく分からないが、クリスタちゃんはエクムント様に対して思うところがあるのだろう。


「エクムント様は結婚する相手が自分の好きになる相手だと仰っていました」

「そうなのでしょうね。それまで恋をしたことがなかったエクムント様が全力でお姉様を愛するようになったらお姉様は平気なのでしょうか」


 真剣に心配するクリスタちゃんに、エクムント様は絶対に手荒なことはしないし、大丈夫だろうと告げると、そういう問題ではないと返って来て、それならばどういう問題なのか、わたくしには分からないのだった。


読んでいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 寒く外に出れない時期が長いだろう辺境では、家内制手工業とかが盛んになると地域が潤いますね。 ネイルやブレスレットなどにも使えるピンセットなどがまだ無いのなら、早めに作ったほうがいいかも知れな…
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