21.ユリアーナ殿下の初めての辺境伯領
翌日にはハインリヒ殿下とノルベルト殿下とユリアーナ殿下のご兄弟が辺境伯領に来た。朝の散歩を終えて朝食も食べ終えて、昼食の前くらいに一行は到着した。
「エクムントさま、はじめてのへんきょうはくりょうです。わたくし、とてもたのしみにしてきました」
「ようこそいらっしゃいました。辺境伯領の素晴らしい場所にお連れしましょう」
「わたくし、コスチュームジュエリーのこうぼうや、フィンガーブレスレットのこうぼうや、ネイルアートのぎじゅつしゃをそだてるこうぼうにいきたいのです」
「ご案内いたしますよ」
今、ユリアーナ殿下が興味を持っているのはコスチュームジュエリーやフィンガーブレスレットやネイルアートのようだった。青い目を煌めかせてエクムント様を見上げるユリアーナ殿下の姿に、ハインリヒ殿下もノルベルト殿下も「よろしくお願いします」と頭を下げている。
昼食を食べてから最初のお出かけになった。昼食にはガスパチョとパスタが出て来たが、冷たいガスパチョは喉に心地よく、リボン型のパスタはムール貝のトマトソースでとても美味しかった。
この時期は辺境伯領はトマトがよく取れるのだろう。
デニスくんとゲオルグくんも美味しそうに食べていたし、ユリアーナ殿下もハインリヒ殿下もノルベルト殿下も上品に食べていた。
食べ終わると馬車でコスチュームジュエリーの工房に行く。
コスチュームジュエリーの工房は、ガラス細工がたくさん作られていて、高温の中で作業をしているので見ているだけで汗が出て来る。
真っ赤に燃えたガラスの形を切ったり伸ばしたりして整えて、コスチュームジュエリーが出来上がるのを観察する。
背の高さ的に見にくいユリアーナ殿下はノルベルト殿下に抱っこされていた。
デニスくんはお父様に、ゲオルグくんはレーニちゃんに抱っこされている。ふーちゃんは背伸びをして見ていたが、まーちゃんは父に抱っこされていた。
「とても綺麗です。オリヴァー殿と一緒に見たかったです」
「オリヴァー殿と一緒に見に来れる日も来るよ」
「お父様、薔薇の花びらの一枚一枚を作っていって組み合わせるのの見事なこと」
感動しているまーちゃんとわたくしも同じ気持ちだった。
クリスタちゃんはハインリヒ殿下と手を繋いで見ていた。
コスチュームジュエリーの工房を見終わると、一度辺境伯家に帰るのだが、その途中でエクムント様は馬車を停めた。海が見下ろせる丘の上に停まった馬車から降りると、玉砂利の道に一本石畳の道が真っすぐに伸びている。
石畳の道の上を歩いていくと、石で作られた祠があった。
エクムント様が紹介してくださる。
「ここが我が辺境伯領が独自に信仰している、海神の社です」
「わだつみ? わだつみとはなんですか?」
「海の神様のことです。辺境伯領では昔から海神を信仰してきました」
船に乗って交易に出かけたり、海軍が海に出たりする辺境伯領である。海の安全を願うのは昔からの大事な風習なのだろう。
「オルヒデー帝国には神がおられますが、辺境伯領の海神はそれとは別に信仰していいことになっています」
土着の信仰を廃止させるのは、地元民の反感を買うし、辺境伯領で長く信仰されてきたものならば、それを止めようというのは無理な話だろう。それこそ辺境伯領の領民の心がオルヒデー帝国から離れてしまう。
それくらいならば海神信仰を認めると判断した国王陛下は正しかったのだと思う。
海神の祠に手を合わせてわたくしはご挨拶をした。
「どうか長く長く辺境伯領を守ってくださいませ。わたくしも近々辺境伯領に嫁いで参ります。どうぞよろしくお願いいたします」
小声に出して祈っていると、エクムント様がわたくしを見て驚いたような顔をしている。
「よく祈り方を知っていましたね」
「わたくし、何か間違いましたか?」
「いいえ。オルヒデー帝国では神に祈るときに指を曲げて指を組むのですが、辺境伯領では海神に祈るときには指を伸ばして、手を合わせます」
「あ、そうなのですね」
お社だったので、つい前世の癖が出てしまったようだ。神社や仏閣では手を合わせて祈る。前世ではそうだったので、わたくしはついその通りにしてしまった。
「エクムント様が海神のお社に連れて行ってくださると聞いていたので、調べておいたのですが、こうだったかなと思いまして」
「エリザベート嬢は本当に勉強熱心で頭が下がります」
何とか誤魔化したのだがわたくしの心臓はドキドキと脈打っていた。
エクムント様が手を合わせてお祈りをすると、クリスタちゃんもハインリヒ殿下も、ノルベルト殿下もユリアーナ殿下も、レーニちゃんもデニスくんもゲオルグくんもお父様も、ふーちゃんもまーちゃんも両親も倣って順番にお祈りしていた。
「漁村や港町にも社はあるのですが、この社が一番大きくて広いのですよ。エリザベート嬢と結婚式を挙げるときにはこちらにも報告に来ます」
エクムント様の口から出た「結婚式」の三文字にわたくしは胸がざわついてしまう。わたくしも今年には十六歳になって、再来年には学園を卒業するのだ。その暁にはエクムント様と結婚することになる。
結婚式までにはエクムント様に「好き」と言ってもらいたいし、できれば「愛している」と言って欲しいとわたくしは夢見ていた。
辺境伯家に戻ると少し遅いお茶の時間を過ごす。
お茶の時間にはオリヴァー殿も妹のナターリエ嬢を連れてやってきていた。
「とても美しい薔薇の花を作っていました。オリヴァー殿と一緒に見たかったですわ」
「あの工房には私も何度も行きました。何度見ても素晴らしい技術ですよね。マリア様ともいつかご一緒しましょう」
「ご一緒できる日を楽しみにしています」
まーちゃんは無事にオリヴァー殿に一緒に行きたいと告げられた様子である。
ユリアーナ殿下はデニスくんが気になる様子で近付いて行っているが、デニスくんは気付かないでお皿の上にサンドイッチとキッシュとスコーンとケーキを盛っている。
「おねえさま、あのケーキにてがとどきません」
「これですか?」
「はい。とってください」
レーニちゃんにお願いして、届かない場所に置いてあるケーキを取ってもらっている。
「おとうさま、おにいさまがとっているケーキ、わたしもほしいです」
「ゲオルグにも取ってあげようね」
「サンドイッチももっとほしいです」
「これ以上食べると夕食が入らなくなってしまうよ」
ゲオルグくんもお皿の上に山盛りにサンドイッチやキッシュやスコーンやケーキを盛っていた。
それほど山盛りにするのはよくないとレディとして習っているのか、ユリアーナ殿下は控えめにお皿の上に盛っている。
わたくしもお皿に取り分けようとすると、エクムント様が自然に隣りに並ぶ。エクムント様は背が高いので頭の位置がかなり高い。見上げると、エクムント様がにこりと微笑む。
「今日は用意できませんでしたが、明日はポテトチップスを用意しましょうね」
「それはユリアーナ殿下も喜ぶでしょうね」
ご自分は食べないのにポテトチップスの魔力はよく知っているようで、準備してくださるというエクムント様にわたくしは微笑み返す。
ユリアーナ殿下はポテトチップスを食べるのは初めてではないだろうか。ポテトチップスは辺境伯領かわたくしの家であるディッペル家でしか食べられていない。
ポテトチップスをもっと広めてもいいのだが、ジャガイモというこの国では主食として食べられる野菜をおやつにするのがどれだけこの国で定着するかは分からない。
明日のユリアーナ殿下の反応も見て、ポテトチップスを王宮にも広める提案をしてもいいのかもしれない。
ユリアーナ殿下とハインリヒ殿下とノルベルト殿下の滞在期間は三日間。明日も慌ただしくなりそうだった。
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