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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
二章 ノメンゼン子爵の断罪
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6.バーデン公爵家令嬢ブリギッテ様

 部屋のテーブルの上に用意されているケーキを取り分けて、わたくしとクリスタ嬢は座れる場所を探していた。こういうお茶会ではクリスタ嬢のような小さな子どもも参加するので、立って食べられない子どものためにソファや椅子が用意されている。

 会場の端にあるソファを見付けてそちらに行こうとすると、クリスタ嬢の前に急に人影が過った。


「きゃあ!?」


 ぶつかられてクリスタ嬢は尻もちをついてしまう。ケーキやサンドイッチやスコーンもお皿から落ちて床に転がった。


「これは、クリスタ・ノメンゼン子爵令嬢ではないですか。わたくしにぶつかっておいて、お詫びもないのですか?」


 ぶつかって来たのはそっちなのにと言いたかったが、相手の顔を見てわたくしはすぐには言葉が出なかった。バーデン公爵令嬢のブリギッテ様だ。わたくしとは公爵家の娘と言うことで地位は同じだが、クリスタ嬢は子爵家の令嬢なのでかなり地位が低くなる。

 ブリギッテ様は十歳くらいでクリスタ嬢よりもずっと年上なのに、クリスタ嬢に意地悪をするようなことをして恥ずかしくないのだろうか。

 泣くかと思っていたがクリスタ嬢は立ち上がって優雅にお辞儀をした。


「しつれいをいたしました。わたくし、おさらをもっていたのでまえがみえませんでしたわ。もうしわけありませんでした」


 どちらが悪いかなど周囲の大人たちも見ていれば分かっているに違いないのに、ブリギッテ様の地位に怯えて何も言えないでいる。


「ブリギッテじょうのほうが、クリスタじょうにぶつかったんじゃないですか? せがたかいから、クリスタじょうのことがみえていなかったのですか?」


 声をかけてきたのはハインリヒ殿下だった。ハインリヒ殿下に味方に付かれて、クリスタ嬢は何とか泣かずにお辞儀をしたままの姿勢で保っている。


「皇太子殿下はクリスタ嬢に髪飾りを贈るほどのお気に入りなのですね。お二人の仲が裂かれないようにバーデン公爵家で取り持ってもいいのですが……」

「え!? わたしとクリスタじょうのなかが!?」


 ハインリヒ殿下もまだ六歳である。急にそんなことを言われれば動揺するのも仕方がなかった。

 わたくしは素早くクリスタ嬢の前に出た。


「国王陛下はまだ、ハインリヒ殿下を皇太子殿下と決めたわけではありません。それに、クリスタ嬢のことはディッペル公爵家で引き取っておりますので、お気遣いなく」

「ディッペル公爵家は王家の血が入った、国王陛下の覚えもめでたい家柄。ノメンゼン子爵令嬢などを引き取っていていいのですか?」

「クリスタ嬢は母の妹の娘です。わたくしにとっては従妹にあたります。わたくしの従妹をディッペル家で引き取ることに何の問題がありましょう?」


 理路整然と答えると、ブリギッテ様は足を踏み出した。その先にクリスタ嬢が落としたケーキがある。

 ケーキを踏み付けてブリギッテ様は大袈裟に声を上げた。


「あぁ、クリスタ嬢がわたくしの靴を汚しましたわ」

「それはクリスタ嬢に非があるわけではなくて、ブリギッテ様が勝手に踏んだだけのことでしょう?」

「クリスタ嬢にはわたくしの靴を磨いてもらわないと。一緒に来てくださいますわね?」


 どうしてもクリスタ嬢を連れて行きたいブリギッテ様の言い分を聞かないようにわたくしがクリスタ嬢の手を握ると、クリスタ嬢は震えているようだった。


「ブリギッテじょう、クリスタじょうはなにもしていないではないですか! ブリギッテじょうのほうがクリスタじょうにぶさほうをはたらいていますよ!」

「皇太子殿下はクリスタ嬢を庇うのですね?」

「わたしはこうたいしときまったわけではありません。そのよびかたはやめてください! クリスタじょうにもしつれいをわびてください!」


 ハインリヒ殿下とブリギッテ様が言い争っていると、クリスタ嬢が動く。ハンカチを取り出して、クリスタ嬢はブリギッテ嬢の前に膝を突いた。

 素早くハンカチでクリスタ嬢はブリギッテ様の靴を拭いてしまった。


「わたくしがケーキをおとしたせいでしつれいいたしました。これできれいになりましたよ?」


 立ち上がって膝を叩いて言うクリスタ嬢に、ブリギッテ様はこれ以上何もできなくなる。悔し気に立ち去るブリギッテ様を見送って、クリスタ嬢は握っていたハンカチをぽとりと落とした。


「お、おねえさま、わたくし、なきませんでした」

「とても立派でしたよ」

「バーデンけにはいきません」

「えぇ、このことはお父様とお母様によく言っておきましょうね」


 バーデン家の令嬢、ブリギッテ様が接触してきたということは、クリスタ嬢を利用しようとする勢力の中にバーデン家があるということだ。

 それを認識して、わたくしは気を付けねばならないと考えていた。


「わたしもブリギッテじょうのことをちちうえにいっておきます」


 ハインリヒ殿下も国王陛下に言ってくださる様子だった。


 クリスタ嬢の落としたケーキやサンドイッチやスコーンは給仕が片付けてくれた。


 両親のところに行くと、堪えていたクリスタ嬢が泣き出してしまう。泣いているクリスタ嬢を母が優しく抱き締めてくれる。


「クリスタ嬢はどうしたのですか?」

「バーデン家のブリギット様が、ケーキを取り分けたお皿を持ったクリスタ嬢にぶつかって来たのです。クリスタ嬢がぶつかって来たように言って、クリスタ嬢に謝らせたのです」

「わたくし、よそみもしていなかったし、ぶつかったりしていないわ。あちらがぶつかってきたのよ」

「そうだったのですね」

「その上、クリスタ嬢の落としたケーキをわざと踏んで、靴が汚れたと言って、クリスタ嬢を連れて行こうとしたのです」

「わたくし、つれていかれるのはこわかったから、そのばでハンカチでふいたの」


 泣きながら言うクリスタ嬢に母が涙と洟を拭いてあげている。


「バーデン公爵家のブリギッテ嬢はクリスタ嬢を連れ去ろうとしたのか」

「こんなことがあってはなりませんわ。ディッペル公爵家から抗議を入れましょう」

「国王陛下にもこの話はしておかなければいけないな」


 父も母も事態を重く見てくれたようですぐに動き出してくれた。残されたわたくしとクリスタ嬢にはエクムント様が付いていてくれる。


「クリスタお嬢様は泣かずに立派に振舞いましたね」

「ありがとうございます、エクムントさま」

「エクムントがいてくれれば、ブリギッテ様も近寄れないですね。エクムント、わたくしとクリスタ嬢がお茶を飲む間、そばにいてくれますか?」

「もちろん、護衛いたします」


 大広間の端のソファに座ってアイスティーを頼むと、給仕が持って来てくれる。アイスティーで喉を潤しながら、わたくしはクリスタ嬢に向き直った。クリスタ嬢は泣いた後の赤い目をしていたが、もう涙は出ていなかった。


「クリスタじょう、エリザベートじょう、だいじょうぶでしたか?」


 ハインリヒ殿下がわたくしとクリスタ嬢のところに来てくれる。ハインリヒ殿下もクリスタ嬢を庇おうとしてくれたのだが、途中からブリギッテ様に気圧されてどうすればいいか分からなくなっていた。


「わたくしはだいじょうぶです。ハインリヒでんか、ありがとうございます」

「そのばにいたのに、うまくたいおうできなくてすみません」


 謝るハインリヒ殿下にクリスタ嬢がにっこりと微笑む。


「おねえさまがいたから、へいきです!」


 あれ?

 ここはハインリヒ殿下と友好を深めるところなのではないだろうか。それがクリスタ嬢はわたくしのことを話している。


 何かおかしいと思いつつも、わたくしはかたわらにエクムント様が立っているのを見て安心する。エクムント様も十七歳と若いが、わたくしとクリスタ嬢を守ってくれる騎士であることには変わりない。


「エクムント、そばにいてください」

「ここにおりますよ、エリザベートお嬢様」


 エクムント様から返事があるのを確認して、わたくしは安心してアイスティーを飲んでいた。


 ブリギッテ様の不作法は国王陛下から厳重な注意を受けて、バーデン公爵家はお茶会からお引き取り願うことになったという。戻って来た両親からその話を聞いてわたくしは安堵していた。


「国王陛下は庭の花を勝手に摘んだノルベルト殿下も叱っていたよ」

「大人しくて優秀なノルベルト殿下が珍しいことですね」


 やはり、ノルベルト殿下の持っていた花は庭から勝手に摘まれたものだった。

 受け取らなくてよかったとわたくしは二重の意味で思っていた。


読んでいただきありがとうございました。

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