53.ふーちゃん七歳
今年もクリスタちゃんのお誕生日はふーちゃんと一緒に祝うことになった。
クリスタちゃんのお誕生日には毎年ノエル殿下もハインリヒ殿下もノルベルト殿下も来てくださる。
今年のお誕生日でふーちゃんが七歳、クリスタちゃんが十四歳になる。
クリスタちゃんはお誕生日が春なので、冬にある国王陛下の生誕の式典で来年社交界に正式にデビューすることはできない。国王陛下の生誕の式典の時点では十五歳になっていないのだ。
クリスタちゃんの社交界の正式なデビューは再来年の冬になる。
社交界にデビューするためには、国王陛下の生誕の式典で王妃殿下に国王陛下に紹介してもらって、そこで女性はカーテシーというお辞儀を、男性は膝を突いてのお辞儀をすることが条件なのだ。それを以って、社交界デビューを果たしたことが正式に認められる。
社交界デビューを果たすと、お茶会だけではなくて、昼食会や晩餐会にも招かれるようになる。
レーニちゃんはお誕生日が夏なので、今年の冬には社交界デビューができる。
レーニちゃんとクリスタちゃんでは生まれが違うので、どうしてもさが出てしまうのは仕方がなかった。
クリスタちゃんは前世で言えば早生まれなのだ。
学園の最後の方の生まれのクリスタちゃんが成績が優秀で首席にもなっているというのはわたくしにとってもとても誇らしいことだった。
春休みが開ければノルベルト殿下が五年生、わたくしとミリヤムちゃんとハインリヒ殿下とオリヴァー殿は四年生、クリスタちゃんとレーニちゃんが三年生になる。
わたくしは主催するお茶会について少し考えていることがあった。
このままではわたくしが卒業した後には、クリスタちゃんとレーニちゃんだけが残ってしまう。ノエル殿下はクリスタちゃんに引継ぎを任せるようにと言っていたが、二人だけのお茶会はあまりにも寂しいのではないだろうか。
新年度からわたくしはリーゼロッテ・ホルツマン嬢を誘ってみようかと考えていた。ホルツマン家はわたくしたちにきっちりとけじめを見せて来たし、わたくしもホルツマン家と和解をしてもいいかもしれないと思い始めていたのだ。
全ての始まりはラルフ殿という身の程を弁えない最低の人物だったが、続いてローザ嬢が現れてホルツマン家の名前は地に落ちた。
リーゼロッテ嬢はまともな人物のようだったので、あのままにしておくのは少し可哀想な気がしたのだ。
もちろん、わたくしだけで決められることではないので、新学期になってからクリスタちゃんとレーニちゃんとハインリヒ殿下とノルベルト殿下に意見を伺ってみようと思っていた。
ふーちゃんとクリスタちゃんのお誕生日のお茶会の前日からエクムント様がディッペル家にやってきて泊まっていた。
お部屋を訪ねたりするのははしたないことだと分かっていたが、わたくしはエクムント様とお話をしたかった。
エクムント様が来てくれるかもしれないと思って、ふーちゃんとまーちゃんとクリスタちゃんと早朝にお庭でお散歩していると、エクムント様はやはり現れた。
「ディッペル家でもこの時間に庭を散歩されているのですね」
「そうなのです。フランツとマリアはお散歩が大好きなのです」
「エリザベートお姉様、クリスタお姉様、サンルームにいきませんか?」
「シリルとコレットを見に行きましょう?」
ふーちゃんとまーちゃんに促されて、わたくしたちはサンルームの方に行く。サンルームの中にはシリルとコレットがいて、朝の餌をもらっていた。
「エクムント様、シリルは籠に入れて、コレットはクロードが付いていて、庭に連れて行くのですよ」
「コレットは逃げませんか?」
「羽根を切られているので大丈夫だと聞いています」
誇らしげにふーちゃんがエクムント様に説明している。
餌を食べ終えたシリルとコレットが庭に出される様子をわたくしたちは見守っていた。
コレットは長い脚で歩いてお気に入りの噴水のところに向かう。元々水辺に棲んでいる鳥なので、水が好きなのだろう。
シリルはコレットがいる噴水のそばに大きな籠が置かれて日光浴をしていた。
「エクムント様、今日はエクムント様にいただいたコスチュームジュエリーを着けてお茶会に参加しますわ」
「エリザベート嬢にお似合いですからね。楽しみにしています」
「エクムント様……」
話したいことはたくさんあるのだが、いざエクムント様を目の前にすると胸がいっぱいになって言葉が出てこない。エクムント様をじっと見つめていると、エクムント様がわたくしに手を差し伸べる。
「手を繋いで歩きましょうか?」
「は、はい」
何度も手を繋いだことはあるし、手に手を乗せてエスコートしてもらったこともある。
それなのに妙にドキドキと胸がうるさくて、わたくしは手汗をかいていないか心配していた。
「エクムント様、見てください。エリザベートお姉様に塗ってもらいました」
「綺麗なマニキュアですね。エリザベート嬢とお揃いですね」
「わたくしも自分のマニキュアが欲しいのですが、まだ早いと両親が買ってくれません」
「マリア嬢は何色が欲しいのですか?」
「可愛いシェルピンクのキラキラです!」
目を輝かせているまーちゃんは、まだ自分のマニキュアを持つのは早いだろう。わたくしとクリスタちゃんが自分のマニキュアを持っているので、憧れる気持ちは分かる。
「年頃になったらオリヴァー殿が贈ってくださると思いますよ」
「年頃とは何歳ですか?」
「十二歳くらいでしょうか」
「まだまだ先ですね」
遠い未来に待ちきれない様子でまーちゃんはため息をついていた。
朝食と昼食はエクムント様も一緒に食堂で食べた。
エクムント様の隣りに座らせてもらえるのでわたくしは何を話そうか考えるのだが、エクムント様といざ話そうとすると胸がいっぱいになってしまって、食べる間無言になるわたくしだった。
お茶会が始まるとエクムント様はわたくしの隣りを離れずにいてくれた。
一番に駆け付けたハインリヒ殿下がクリスタちゃんと一緒に挨拶をしている。レーニちゃんも早く駆け付けてふーちゃんの隣りに立った。
「レーニ嬢、来てくださって嬉しいです」
「フランツ殿、お誕生日おめでとうございます」
「七歳になりました。レーニ嬢と結婚できるまで後十一年です」
「ゆっくりとお待ちしています」
レーニちゃんとふーちゃんは和やかに話ができているのに、わたくしはエクムント様と話がうまくできない。
黙り込んでいると、エクムント様がわたくしの髪に手を伸ばしてきた。
髪を撫でられるのかと甘い予感にドキドキしていると、エクムント様の手がすっと離れる。
「観葉植物の葉っぱが付いていました」
「あ、ありがとうございます」
葉っぱを取って下さっただけだったのに、髪を撫でてくださるかもしれないと期待したのがかなり恥ずかしい。髪を撫でたり、頬に手を添えたり、もっとエクムント様に触れられたいと思うようになったのは、わたくしが贅沢になっているのかもしれない。
もう十五歳なのだから、エクムント様はわたくしをもう少し大人扱いしてくださってもいいのではないだろうか。
キスにはまだ早いかもしれないが、もう少し甘い雰囲気になってもいいはずだ。
まだエクムント様の中ではわたくしは小さな子どものままなのだろうか。
「エクムント様、踊りませんか?」
「喜んで、エリザベート嬢」
踊りに誘うとエクムント様はわたくしの腰を抱いて踊りの輪に入っていく。踊っていると体が密着するのでわたくしの胸の鼓動がエクムント様に聞こえそうだった。
「今日は髪を上げられているのですね」
「わたくしも社交界にデビューする年になりました。髪を上げた方がいいのではないかと思ったのです」
「大人っぽくて素敵です」
褒めてくださるエクムント様に、わたくしは思い切って髪を上げて結っておいてよかったと思った。
ダンスが終わると、ユリアーナ殿下もノルベルト殿下も会場に来ていた。
「エリザベートじょう、エクムントさま、マリアじょう、おちゃをごいっしょいたしましょう!」
「喜んで、ユリアーナ殿下」
「デニスどのはきていないのですか?」
「デニス殿はレーニ嬢と一緒に来ていますよ」
「デニスどのとレーニじょうとフランツどのもおさそいしないと」
慌ただしく会場を駆けて行くユリアーナ殿下の小さな姿に、わたくしは賑やかなお茶会の雰囲気を感じ取っていた。
これで十章は終わりです。
エリザベートたちの成長はいかがだったでしょうか。
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