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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
二章 ノメンゼン子爵の断罪
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4.王宮に入る

 金曜日の朝にわたくしとクリスタ嬢と両親は王都に向かった。わたくしにはマルレーンが、クリスタ嬢にはデボラがついて来ている。護衛としてはエクムント様が選ばれて連れて来られていた。


 王都に行く列車の中でもエクムント様と一緒かと思うとわたくしは嬉しくなる。

 王都に行く列車は一時間くらいで着くのだとリップマン先生からは聞いていた。


 駅に行く馬車にエクムント様が荷物を積み込んでくれる。馬車を引く馬一頭一頭に声をかけて、手袋をつけた手で撫でているエクムント様を見ていると、わたくしは顔が熱くなる。

 エクムント様の手でわたくしも髪を撫でられたい。

 そう願うのだが、わたくしとエクムント様の間には身分という壁がある。


 小さな頃はエクムント様は気軽にわたくしを抱き上げてキルヒマン侯爵家かディッペル公爵家の庭を散歩してくれていた。わたくしもエクムント様に抱っこをせがんで、庭の花や木々を見せてもらった。


 エクムント様とわたくしの関係が変わったのはエクムント様が士官学校を卒業した去年の秋だった。十七歳になったばかりのエクムント様は、ディッペル公爵家の騎士として雇われることになったのだ。


 侯爵家の出身なので、仕える家が限られて来るエクムント様に関して、キルヒマン侯爵夫妻は何度もわたくしの両親に相談したという。その結果がエクムント様がディッペル公爵家に仕えるようになったというものだった。


 ディッペル公爵家に仕えていても、エクムント様が侯爵家の三男であることは変わりない。子爵家に生まれてキルヒマン侯爵家に養子に行ってから母がディッペル公爵家に嫁いだように、侯爵家から婿養子をもらうのは問題ないわけだ。


 もちろんわたくしが成人してからの話だが、それまでエクムント様に悪い虫がつかなければ、わたくしはエクムント様と結婚できるかもしれない。

 わたくしはエクムント様と結婚する日を夢見ていた。


「おねえさま、スカートをふんじゃった!」

「階段など段がある場所では、スカートを踏まないように摘まみ上げるのですよ」

「スカートにどろがついちゃったの……おきにいりのワンピースなのに」


 馬車に乗るときにスカートの裾を踏んでしまったクリスタ嬢が涙声になるのに、わたくしは素早くハンカチを取り出してスカートの裾を拭いてあげた。少しは泥の跡が残ったが、ほとんど綺麗に拭い去ることができた。


「これで大丈夫ですよ」

「ありがとう、おねえさま」


 泣き顔でお出かけをするなんてもったいない。折角の王都までの旅なのだからクリスタ嬢には笑顔でいて欲しいとわたくしは思っていた。

 お礼を言って微笑んでいるクリスタ嬢は母の膝に抱っこされて、わたくしは馬車の座席で手すりを持って踏ん張っている。父が抱っこしようかと手を出してくれるのだが、六歳になってまで抱っこされるのは少し恥ずかしかった。何よりも前世の記憶があるのでわたくしは精神的に普通の六歳とは違うのだ。


 馬車で駅までたどり着くと、入口の段を上って個室席に入る。クリスタ嬢は今度はスカートの裾を踏まなかった。


 これまでクリスタ嬢がスカートの裾を踏まなかったのは、クリスタ嬢が体の細さに対して、背が高かったからかもしれない。食事を碌に与えられていなくて、痩せていたクリスタ嬢は、四歳のときにわたくしが三歳のときに着ていたドレスを着ていたが、その裾は長くなかったのかもしれない。

 年相応の体付きになって、その体に合うようにドレスを仕立てたら、裾が長くなっていたのだろう。お譲りのドレスを気に入っていたクリスタ嬢だったが、五歳になってさすがにわたくしのお譲りのドレスでは小さくなってきていた。


「クリスタ嬢、お膝に抱っこしてあげましょうね」

「おばうえ、ありがとうございます」


 素直に母の膝の上に座るクリスタ嬢に、父がわたくしに手を差し伸べる。


「エリザベート、抱っこしようか?」

「お、お願いします」


 父に抱っこされているところをエクムント様に見られるのは恥ずかしいが、エクムント様は今回は人数が多いので個室席の廊下に出て立って護衛をしている。個室席の廊下から中は見えないので、わたくしは父の言葉に甘えることにした。


「デボラ、マルレーン、立っていると揺れるので危険ですよ」

「座ることを許すので座りなさい」

「ありがとうございます、旦那様、奥様」

「もったいないことにございます」


 デボラとマルレーンが座席の端に座ったところで列車が動き出した。

 揺れる列車の中で外を見ていると、暑さで汗が出て来る。


「お父様、窓を開けてはいけないのですか?」

「窓を開けると蒸気機関の煙が入って来るよ」

「けむり、けむたいの?」

「そうですよ。暑いけれど、しばらく我慢しましょうね」


 暑い車内でわたくしもクリスタ嬢も欠伸ばかりしていた。眠いわけではないが、酸素不足なのか欠伸が出るのだ。

 クリスタ嬢は眠そうで目がとろんとしていたが、一生懸命起きていた。


 王都に着くとエクムント様が荷物を降ろしてくれる。荷物はエクムント様とデボラとマルレーンに任せて、わたくしと両親とクリスタ嬢は迎えに来ていた馬車に乗った。

 馬車に乗ると子どもたちが近付いてくる。


「きぞくのだんなさま、おくさま、おめぐみを」

「すこしでいいんです、おめぐみを」


 馬車が出られないように取り囲んでくる子どもを御者は鞭で払おうとしている。


「お願い、子どもを鞭で叩かないで!」


 クリスタ嬢にそんな酷い場面を見せたくない。わたくしが頼むと、御者が困ったように言う。


「これでは馬車が出せません」

「私にお任せください」


 馬に乗っていたが降りたエクムント様が、近くの露店でお菓子の包みを買って、子どもたちにキャンディーを渡していた。


「馬車を通して欲しい。大事な予定があるんだ」

「わかだんなさま、ありがとうございます」

「キャンディーだ! ありがとうございます」


 馬を急がせるときにでも鞭で馬を叩かずに自分のブーツを叩くような優しいエクムント様は、無理矢理に子どもたちを散らせることなく、キャンディー一袋で事態をおさめた。

 その優しさと機転にわたくしはエクムント様をじっと見つめる。


 エクムント様は今日も格好いい。


 うっとりしている間に馬車は動き出して、エクムント様は馬で馬車に並走していた。デボラとマルレーンは別の馬車で来ているようだ。

 城下町を抜けて城内に入るときには門番の兵士に身分を尋ねられる。


「ディッペル家のご一家です。招待状もあります」


 エクムント様が馬から降りて招待状を見せて兵士に説明をしてくれていた。

 城内に入ると、客間に案内される。

 両親のベッドと、子ども用のベッドが二つある部屋に通されて、両親は身支度を整えていた。


「私とテレーゼは式典に招かれているので、今から行ってくるよ」

「エリザベートとクリスタ嬢はこの部屋に昼食が運ばれて来ますから、デボラとマルレーンに給仕してもらって食べて、この部屋で過ごしてくださいね」

「夕食まで招かれているから、エリザベートとクリスタ嬢は先に眠っていていいからね」

「行ってきますね」


 両親を見送った後で、部屋に昼食が運ばれて来る。

 昼食を部屋のソファとローテーブルで食べて、わたくしとクリスタ嬢は部屋の中を探検した。


 部屋はいわゆるロイヤルスイートとでも言うのだろうか。

 バスルームがついていて、ソファセットのある部屋があって、寝室がある。

 テラスに出ると、真夏の日差しの下、青々と茂る庭が一望できた。

 茂みをカットして迷路のようにした場所や、芝生の青々と生えている場所がある。


「おにわをたんけんしたいわ」

「クリスタ嬢、お父様とお母様は部屋で過ごすように言っていましたよ」

「ほんをもってくればよかった。おえかきもしたいわ」


 退屈を持て余すクリスタ嬢にわたくしは何かしてあげられることがないかと考えた。クリスタ嬢は物語が大好きだ。前世のわたくしも物語が大好きだった。


「クリスタ嬢、わたくし、本は持っていないけれど、物語を聞かせてあげることができるかもしれません」

「おねえさま、ものがたりをきかせてくれるの?」

「えーっと、途中でつっかえても、気にしないでくださいね」


 前世の記憶を辿って、わたくしはクリスタ嬢に物語を聞かせた。

 桃太郎や竹取物語は、何度も読んでいて有名な話だったので、本がなくても語ることができた。


「おねえさま、そのおはなしは、ほかのくにのおはなし?」

「そうですよ。わたくしも聞いただけのお話なのですが」

「どこできいたの? わたくしもそのおはなしをきいてみたい」


 思った以上にいい感触でクリスタ嬢は物語にのめり込んでいる。


「小さい頃に聞いたので誰に聞いたのか忘れてしまいました」


 興味を持って聞きたがっているクリスタ嬢に、わたくしは物語の出典を誤魔化す。前世の記憶だなんて言ってもクリスタ嬢は意味が分からないだろうし、混乱させてしまうだけだ。


 クリスタ嬢はわたくしの話す物語を聞いて午後を過ごし、夕食の前にお風呂に入って、夕食が終わったら歯磨きをして眠った。

 この国の大人たちの晩餐はとても遅くなるのだ。普段は両親はわたくしとクリスタ嬢に合わせて夕食を早めにしてくれているが、こういう場ではそういうこともできない。

 明日のお茶会のためにも、わたくしとクリスタ嬢は早く眠ったのだった。

読んでいただきありがとうございました。

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