39.届いたプレゼント
ユリアーナ殿下のお誕生日のお茶会から帰ってわたくしのお誕生日までにディッペル家のお屋敷に届けられたものがあった。
わたくしのコスチュームジュエリーのセットとまーちゃんのコスチュームジュエリーのブレスレットだ。
わたくしに届いたのはクリアカラーに近いような透明度の高い薄水色のネックレスとイヤリングとブレスレットのセットだった。まーちゃんには薄緑と薄紫の藤の花を思わせるブレスレットが届いていた。
サイズ調整ができるのでまーちゃんが少し大きくなっても使えそうだ。
まーちゃんにはオリヴァー殿から、わたくしにはエクムント様からコスチュームジュエリーが届いた。
わたくしにはお誕生日のプレゼントで、まーちゃんにはユリアーナ殿下のお誕生日で約束したものなのだろうが、一緒に届いたのは同じ工房から送られてきたからだろう。
その工房にエクムント様とオリヴァー殿が注文したに違いない。
新しいコスチュームジュエリーを身に着けて鏡の前に立つわたくしと、身に着けたコスチュームジュエリーを見せて回っているまーちゃん。
「エリザベートお姉様、見てください。わたくし、オリヴァー殿からいただきました!」
「よかったですね、まーちゃん」
「クリスタお姉様にも見せて来ないと!」
ちょこまかとお屋敷の中を歩き回るまーちゃんの嬉しそうな様子にわたくしも笑顔になってしまう。早くに婚約してしまうまーちゃんと、婚約してしまったふーちゃんに、クリスタちゃんに、寂しい思いをしていたのはエクムント様と話したおかげでかなり落ち着いたようだった。
「わたくしのお誕生日には素敵なブレスレットを着けて出席してくださいね」
「はい! エリザベートお姉様!」
クリスタちゃんの部屋に入っていく背中に声をかけると、手を上げて元気にお返事してくれた。やはりまーちゃんはわたくしにとっては可愛くて堪らない。
前世の記憶が戻ってクリスタちゃんがわたくしを辺境に追放する運命だと知ったときに、クリスタちゃんとは極力関わらないようにして、平和に暮らしていこうと考えていたが、クリスタちゃんも今ではすっかりわたくしの人生に欠かすことのできない可愛い妹になっている。
クリスタちゃんを引き取るように両親に言っていなければふーちゃんもまーちゃんも生まれていなかっただろうし、わたくしがエクムント様の婚約者となることもなかったに違いない。
それを考えると六歳のときのわたくしの行動は正しかったのだと確信できる。
ノメンゼン家で虐待されていたクリスタちゃんを見てはいられなくて、泣きながら両親に助けを求めた日からわたくしの人生は変わった。わたくしを生むときに死にかけて、もう二度と子どもは生まないと決めていた母の気持ちも変わって、ふーちゃんとまーちゃんも生まれたし、クリスタちゃんは学園で初めて皇太子殿下であるハインリヒ殿下に認識されるのではなくて、幼い頃から関係を築いて学園に入学するときには婚約していた。
ふーちゃんが六歳でレーニちゃんと婚約したのも、まーちゃんが五歳でオリヴァー殿と婚約するのも予想外でしかなかったが、ふーちゃんとまーちゃんの幸せのためには必要だったのだと思えるようになった。
それにしても、何かを忘れている気がする。
今年に入って何かが起こるような気がしていたのだが、それが何か全く分かっていない。
今年度に学園で起こったことといえば、ホルツマン家のラルフ殿の件くらいだし、学園はとても平和だった。
わたくしは何を忘れているのだろう。
考えていると、クリスタちゃんが部屋から出て来た。まーちゃんも一緒だ。
「まーちゃんのブレスレット、とても可愛いですね。サイズが調整できて、もう少し大きくなっても使えそうですよ」
「まーちゃんに似合っていますよね。本当に可愛らしいこと」
わたくしの妹たちが可愛い。
そう考えるとますます何を忘れているのか分からなくなってしまう。
「クリスタちゃん、わたくし、今年度何かがあるような気がしていたのですが、何だったのでしょう?」
「お姉様、心配事ですか?」
「学園で何かが……思い出せないのです」
「何でしょうね。学園はとても平和ですが。ラルフ殿の件があったくらいですよ」
「そうですよね。何か忘れているような気がしたのですが、気のせいですね」
何を忘れているかは気になるのだが、思い出せないのだから仕方がない。わたくしはクリスタちゃんと微笑み合ってそのことはなかったことにした。
「エリザベートお姉様、クリスタお姉様、まーちゃん、見てください!」
クリスタちゃんの部屋からまーちゃんとクリスタちゃんが出て来ると、ふーちゃんが自分の部屋から出て廊下でわたくしとクリスタちゃんとまーちゃんのところに駆けて来た。
ふーちゃんの手には小さな箱が握られている。
「レーニちゃんが私にくださったのです」
「何ですか、それは?」
「見せてくれますか?」
興味津々で覗き込むクリスタちゃんとまーちゃんにふーちゃんが箱を開ける。
中に入っていたのはラペルピンだった。
底が円錐形の筒状になっていて、中に何か入れられるようだ。
「お手紙には、この中に生花を入れて飾るラペルピンなのだそうです。オリヴァー殿がまーちゃんにコスチュームジュエリーを贈るという話を聞いていて、レーニちゃんも私に贈りたくなったそうなのです」
「ここに生花を入れるだなんて素敵ですね」
「花束のようになるのですね。お兄様、お花を選ばなくては」
「レーニちゃんからプレゼントがもらえてよかったですね」
「はい、私、大事にします」
箱を胸に抱くようにして喜んでいるふーちゃんだが、ふと真顔になってしまう。
「私はレーニちゃんに何もプレゼントできていない……」
「ふーちゃんはまだ六歳なのだから気にしないでいいと思いますよ」
「気にします、エリザベートお姉様。私、レーニちゃんに何かプレゼントをしたいです」
レーニちゃんにお返しをしたくてしょんぼりしているふーちゃんに、まーちゃんが小さな手でふーちゃんの手を握る。
「お兄様、お父様とお母様のところに行きましょう」
「まーちゃん!」
「わたくしもオリヴァー殿にお礼をしたいです。わたくしたちでは何もできませんわ。できないことを認めて、お父様とお母様に相談するのも大事です」
「そうだね、まーちゃん。ありがとう」
ふーちゃんとまーちゃんが手を繋いで両親の元へ行くのをわたくしは微笑ましく見守っていた。クリスタちゃんも同じ気持ちだろう。
わたくしが自分の部屋に戻ろうとすると、クリスタちゃんがわたくしに声をかけて引き留める。
「お姉様のコスチュームジュエリー、新しいものですね」
「エクムント様がお誕生日のお祝いにプレゼントしてくださいました」
いつもエクムント様はプレゼントをくださるときには、お誕生日のお茶会で身に着けられるようにお誕生日前にくださるのだ。その心遣いがわたくしには嬉しかった。
ネックレスとイヤリングとブレスレットに指先を這わせていると、クリスタちゃんがうっとりと目を細める。
「とても美しいですわ。お姉様は日に日に大人になっていかれる。わたくし、置いて行かれたようで少し寂しいです」
「身長はもうクリスタちゃんは変わらないくらいではないですか」
「身長はそうですが、お姉様の美しさは内面から滲み出るようで、わたくしはまだまだ追い付けませんわ」
「美しい」という言葉にわたくしは少し考え込んでしまった。
黙り込んだわたくしにクリスタちゃんが首を傾げる。
「どうなさったのですか?」
「わたくし、エクムント様に『可愛い』とたくさん言われるのです」
「それは、エクムント様はよくありませんわ。もうお姉様は立派なレディなのに」
そうなのだ。
わたくしもこのお誕生日で十五歳になる。
社交界に既にデビューしているが、本来ならばこのお誕生日で社交界にデビューできる年齢になるはずだった。
社交界デビューが早まったのは、クリスタちゃんが皇太子殿下であるハインリヒ殿下の婚約者となって、王族の式典に出なくてはいけなくなったからで、クリスタちゃんが社交界デビューするとなれば、姉であるわたくしが一緒に社交界デビューしないわけにはいかなかったのだ。
エクムント様が恋に落ちてくれるような自分になりたいのだが、エクムント様の妹枠を抜けることができない。
わたくしは苦悩していた。
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