28.オリヴァー殿とお茶会
朝食の時間、ハインリヒ殿下とユリアーナ殿下は目が開いていないような状態だった。座ったまま寝ているような二人を、ノルベルト殿下が揺すって起こす。
「ハインリヒ、ユリアーナ、公の場ではないからといって気を抜き過ぎだよ」
「ノルベルト兄上……」
「おにいさま、ユリアーナはねむいのです」
「こういうところはそっくりなんだから」
苦笑しているノルベルト殿下に、国王陛下と王妃殿下が咳払いをする。
必死に目を開けておこうとするのだが、ハインリヒ殿下とユリアーナ殿下はものすごく眠そうだった。
「ノルベルトはすっきりと朝起きて来るのに、ハインリヒとユリアーナはどうしてこんなに朝に弱いのだろう」
「わたくしも国王陛下も朝に弱いわけではありませんものね」
「全く、誰に似たのだろうか」
ため息をついている国王陛下に、父が苦笑している。
「お忘れですか、国王陛下。学園に入学したころのこと」
「もう忘れた」
「国王陛下もハインリヒ殿下と同じくらいの頃には、朝が弱かったではないですか」
「ユストゥス、私にも父親の威厳というものがあってだな」
「すみません、つい」
くすくすと笑っている父に、国王陛下もそれほど怒っている様子はなかった。国王陛下と父は学生時代の学友で、親友で、本当に仲がいいのだろう。
「この別荘には私が学生時代にも何度か招かれましたね」
「ユストゥスは私の一番の親友だったからな」
「今もそう思っていただけていたら光栄です」
「もちろん、今もそう思っておる」
ハインリヒ殿下のように朝が弱くて起きられない皇太子時代の国王陛下を、父も起こしていたのかと思うと自然と笑みが浮かんでくる。
父の若い頃を知れたようで少し嬉しかった。
お茶の時間になると、オリヴァー殿が国王陛下の別荘にやってきた。オリヴァー殿が来ると、両親が国王陛下に紹介する。
「手紙でお伝えした、オリヴァー・シュタール殿です。ノエル殿下の詩に対する理解がとても深いのです」
「お初にお目にかかります。シュタール侯爵家のオリヴァーです。本日はお招きくださり誠にありがとうございます」
「ユストゥスから話は聞いている。ノエル殿下の詩を深く解釈して、詩自体も深く理解しているという話だ。今日はその話を聞かせてくれたら嬉しい」
「オリヴァー殿、ようこそいらっしゃいました。わたくしと国王陛下もノエル殿下の詩の素晴らしさに心打たれておりまして、同士とも言えるオリヴァー殿が来られるのを楽しみにしておりました」
挨拶をするオリヴァー殿を国王陛下も王妃殿下も暖かく迎え入れている。
オリヴァー殿のところにはノエル殿下もハインリヒ殿下もノルベルト殿下も近寄ってきていたが、一番先に辿り着いたのはユリアーナ殿下の手を引いたまーちゃんだった。
「ユリアーナでんか、このかたがオリヴァーどのです」
「このかたですね! へんきょうはくりょうのかたです! へんきょうはくとおなじはだのいろをされています」
「初めまして、オリヴァー・シュタールと申します」
「わたくしはユリアーナ・レデラーです。こくおうのむすめで、ノルベルトおにいさまとハインリヒおにいさまのいもうとです」
「ユリアーナ殿下ですね。お話は伺っております」
ユリアーナ殿下はまだお茶会に参加する年齢ではないし、一度だけ参加したレーニちゃんのお誕生日のお茶会にはオリヴァー殿は来ていなかった。ユリアーナ殿下とはオリヴァー殿は初対面になるのだ。
「オリヴァーどのは、しをかいしゃくなさるとききました」
「ノエル殿下の詩は人生を謳歌する明るく幸福な人柄が織り込まれていて、読んでいる私まで明るい気持ちになるのです」
「じんせいをおうかする……どういういみですか?」
「人生を謳歌するとは、恵まれた幸せな人生を、皆で大いに楽しみ喜び合うという意味です。ノエル殿下に相応しい言葉だと思います」
「めぐまれたしあわせなじんせいを、みんなでおおいにたのしみ、よろこびあう……ノエルでんかのしには、そのようなひとがらがよみこまれているのですか?」
「私はそう思っております」
話を聞いてユリアーナ殿下は少しは詩に興味を持たれたようだ。
そこに国王陛下から声がかかる。
「ノエル殿下に今まで読んだ詩の中から一つ朗読してもらおう。それをオリヴァー殿が解釈するというのはどうかな?」
「私の解釈でよろしければ」
「ノエル殿下、何か一つ読んでくれないか?」
国王陛下に促されて、ノエル殿下は少し迷っていたが、息を吸って口を開いた。
「夢の紫を作り出す妖精さんは、どこから来たのでしょう。この国の貴婦人はみんなその紫に夢中。辺境伯領の紫の布は女性を虜にさせる魔法のかかった布。その布を纏うとき、わたくしも魔法にかかったような気分になるのです。鏡に映るわたくしは美しいでしょうか。鏡に問いかけても答えてはくれません」
朗読が終わると国王陛下も王妃殿下も拍手をしている。
「去年、辺境伯領に行って紫の布の工房を見学した後で読んだ詩ですわ」
「素晴らしい。さすがノエル殿下だ」
「前にも一度聞かせてくださいましたね。印象に残っています」
国王陛下と王妃殿下の称賛の中、ノエル殿下は誇らし気に胸を張っている。国王陛下と王妃殿下の視線はオリヴァー殿に移った。
オリヴァー殿が頷き、解釈をする。
「夢の紫とは、辺境伯領の特産品の紫色の布の色を示すものでしょう。それを作り出す過程が素晴らしく、妖精の力を借りたように思われたようですね。辺境伯領の布の素晴らしさを魔法に例えて表現されています。その布を纏うと自分も魔法にかかったような気分になる、つまり、美しくなったと思えるということです。そこで、鏡に問いかけてみるけれど、答えてはくれないと言っていますが、ノエル殿下の美しさは誰もが認めるところなので、問いかける必要すらなかったかもしれませんね」
するすると解釈がオリヴァー殿の口から出て来る。わたくしはその見事さに驚いてしまう。
わたくしではよく意味が分からなかった部分も、オリヴァー殿の解釈を聞けば分かるような気がするのだ。
「おとうさま、おかあさま、わたくし、しのいみがわかるきがします」
「ユリアーナ、詩が分かるのか?」
「はい。オリヴァーどののかいしゃくをきいていると、いみがりかいできそうです」
「なんと素晴らしいこと! オリヴァー殿、ありがとうございます」
これまで詩の意味をよく理解できていなかったユリアーナ殿下もしっかりと詩の意味が理解できたようだ。オリヴァー殿はユリアーナ殿下にも詩の意味を理解させるほどの逸材だった。
「オリヴァー殿、学園の休みの週末はどう過ごしている?」
「辺境伯領に帰るのは遠いので、寮で過ごしております」
「よければ、学園が休みの週末には、王宮にお茶に来てくださいませんか?」
「私が王宮に招かれてよろしいのですか?」
「ユリアーナに特別講師として、詩の解釈を教えて欲しいのだ」
「ユリアーナはこれまで家庭教師が詩をどれだけ教えても、理解することができませんでした。それが、オリヴァー殿の解釈を聞いたら理解できたのです」
「シュタール家には、相応の礼をする。オリヴァー殿も、ユリアーナの特別講師として、中央のお茶会や王家の式典に招くようにしよう」
これはシュタール家にとっても、オリヴァー殿にとってもとても名誉なことだった。
「謹んでお受けいたします」
頭を下げるオリヴァー殿に国王陛下も王妃殿下も頷いている。
「わたくし、これまでノエルでんかのしがりかいできなくて、じょうりゅうかいきゅうでいきるものとして、はずかしかったのです。オリヴァーどの、どうか、わたくしにしのかいしゃくをおしえてください」
四歳のユリアーナ殿下ならば、これから努力すればどれだけでも伸びしろはあるだろう。
「私でよければ尽力いたします」
オリヴァー殿もそう言っている。
「オリヴァーさまが、ちゅうおうのおちゃかいにも、こくおうへいかのしきてんにもまねかれる……わたくし、たくさんオリヴァーさまにおあいできる……」
小さく呟いているまーちゃんは、オリヴァー殿を「殿」ではなく「様」と呼んでいることに気付いていないだろう。わたくしは気付いたが、両親は気付いていないようなので、そっとしておくことにした。
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