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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
二章 ノメンゼン子爵の断罪
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2.エクムント様との乗馬の練習

 乗馬の練習のときにはエクムント様がずっとポニーのエラについていてくださる。わたくしとクリスタ嬢が小さいので、エラから落ちて怪我をしないように気を付けてくださっているのだ。


 楽しみにしていた土曜日の乗馬の練習で、まずわたくしとクリスタ嬢は乗馬服に着替えて牧場までの道を歩いていく。牧場は公爵家のお屋敷からわたくしとクリスタ嬢の足で歩いて五分もかからない場所にあった。


「この牧場は公爵家のお屋敷の馬たちを放牧するために公爵家が所有しているのです」

「公爵家の馬車を引く馬は、普段はここにいるのですね」

「エラもここにいるのですね」

「そうです。旦那様も奥様も馬車を使わないときには、お屋敷の厩舎から馬を移動させて、この牧場で放牧するのです」


 歩きながらエクムント様の話を聞くのも楽しい。

 クリスタ嬢はずっとわたくしの手を握って歩いていた。


「おねえさま、タンポポがさいてる」

「本当ですね。可愛いこと」

「わたくし、タンポポとバラはわかるわ」

「他の植物も分かるようになると歩くのが楽しくなりますね。帰ったら植物図鑑を見ましょうか」

「うれしい、おねえさま!」


 タンポポと薔薇は分かるので、咲いているのを見つけるとクリスタ嬢がすぐに教えてくれる。春薔薇はもう枯れていて実がついていた。


「これ、ばらのつぼみ?」

「いいえ、ローズヒップという実ですよ。この実をお茶にするのです」


 近くの薔薇の茂みになっている実に、クリスタ嬢は興味津々だった。

 牧場に着くとエクムント様がポニーのエラに鞍や鐙を着けて準備してくれる。

 踏み台を使ってもポニーの背中に乗れないクリスタ嬢は、エクムント様が脇の下に手を入れて抱っこして乗せてあげていた。


「たかーい。エラ、きょうのごきげんはいかが?」


 クリスタ嬢がエラの鬣を撫でながら声をかけると、エラは頭を上げる。正面を向いたエラをエクムント様が手綱を取って牧場を歩かせていた。

 わたくしは自分で手綱を取ることを許されているが、クリスタ嬢はまだエクムント様が手綱を取って付きっきりでいないとエラに乗ることを許されていない。


 危険のないように着せられた乗馬服もヘルメットも暑くて、待っているだけでわたくしは汗をかいていた。

 二周牧場を回って来たクリスタ嬢がエラから降りてわたくしと変わる。

 わたくしは踏み台を使ったら何とか自分でエラに乗ることができた。


「エリザベートお嬢様、絶対にお腹を蹴ってはいけませんよ。お腹を蹴ると馬は走るように教えられていますからね」

「分かりました」


 エクムント様はわたくしがエラに乗っている間もずっと横に付き添って並んで歩いてくれていた。エラはスピードを出さずにゆっくりと牧場を二周する。

 エラから降りるとわたくしはエクムント様にお願いしてみた。


「エクムント、乗馬のお手本として、馬に乗って牧場を一周してくれませんか?」

「わたくしも、エクムントさまがうまにのるのをみたいわ!」


 クリスタ嬢と二人でお願いすると、エクムント様は了承してくれた。


「エリザベートお嬢様とクリスタお嬢様の教育のためでしたら、乗りましょう」


 公爵家のサラブレッドに鞍と鐙を着けて、エクムント様が颯爽と乗る。エクムント様が乗ると、馬はゆっくり歩くのから、速く駆けるのまで思いのままだった。


「エクムント、鞭を使っていましたね」


 戻って来たエクムント様にわたくしは確認する。


「本当に馬を叩く者もいますが、私は鞭で自分のブーツを叩いています。馬は賢いのでその音で速度を上げることを覚えています」


 エクムント様は馬に鞭も入れない優しい方だった。

 格好よくサラブレッドに乗るエクムント様の姿を見てわたくしの胸はときめく。こんな時間を毎週一回持てるのであれば、わたくしは乗馬を始めてよかったと本当に思っていた。


 小さな手を打ち合わせてクリスタ嬢は拍手をしている。


「エクムントさま、じょうずでした」

「ありがとうございます、クリスタお嬢様。私のことは『エクムント』と呼び捨てで構いませんよ」

「でも、わたくしはししゃくけのむすめで、エクムントさまはこうしゃくけのごしそくでしょう?」


 クリスタ嬢がエクムント様を様付けしていることには気付いていたが、年上の大人だからしているのだとばかり思っていた。クリスタ嬢は五歳にして、自分の身分とエクムント様の身分を理解していたのだ。


「そこまで理解されているのですね。エリザベートお嬢様が呼んでいるので合わせた方がいいかと思いましたが、それならば、今のままで構いません」

「エクムントさまってよんでいいのね」

「はい。クリスタお嬢様がそこまで理解されているとは思いませんでした。失礼をいたしました」


 こんなにもクリスタ嬢の身分の理解が深いことにわたくしは驚いてしまう。

 平民のノメンゼン子爵夫人が、自分よりも位の高い公爵家の娘のわたくしを叩いてしまっても全くその重大性に気付いていなかったが、そのようなことはクリスタ嬢は五歳にして理解しているのだ。


「クリスタ嬢、とても賢いのですね」

「わたくし、かしこい?」

「侯爵家と子爵家の関係を理解しているではないですか」

「それはししゃくけのひとたちをみてきたからです」


 自分がノメンゼン子爵家の一員であることが恥ずかしいかのように、顔を赤くして俯くクリスタ嬢に、わたくしは顔を上げるように促す。


「恥ずかしがることはありません。クリスタ嬢は立派な淑女に育っていますからね。わたくしが保証します」

「おねえさま、わたくし、おねえさまみたいになりたいの」


 クリスタ嬢が目指すのはわたくしではなくて、わたくしの母の方がいいような気がするのだが、クリスタ嬢がそう言うのならば仕方がない。

 乗馬を終えるとわたくしとクリスタ嬢はポニーのエラに一度厩舎に入ってもらって、ブラッシングや餌やりをした。

 ブラッシングは踏み台がないと届かないところもあるのだが、鬣や尻尾を梳いているとエラは気持ちよさそうにしている。餌やりではエクムント様がわたくしとクリスタ嬢に人参を半分ずつ渡してくれた。

 人参を食べさせるとエラは嬉しそうに食べている。


「普段は飼い葉を食べていますから、人参は特別なご馳走なんです」

「エラは人参が好きなのですか?」

「馬は人参が好きだと言われていますね。大抵の馬は喜んで食べますよ」

「エラ、もうわたくしがあげたニンジン、たべちゃった」


 ブラッシングも人参を上げるのも楽しかった。

 エラを牧場での放牧に戻して、わたくしとクリスタ嬢はエクムント様とデボラとマルレーンに連れられてお屋敷に帰った。


 お屋敷に帰ると両親がわたくしとクリスタ嬢を待っていた。

 昼食の時間だから待たれていたのかと、着替えて食堂で席に着くと、両親が招待状らしき手紙を見せてくれた。


「ハインリヒ殿下とノルベルト殿下はお誕生日が四日違いなのです。お二人のお誕生日を祝う式典が王都で開かれます」

「式典には私とテレーゼが参加するが、その後のお茶会にエリザベートとクリスタ嬢も招待されている」

「ハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日のお茶会ですか?」

「わたくし、キルヒマンこうしゃくけのおちゃかいから、おちゃかいにいってないわ」


 つまり、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日のお茶会でわたくしとクリスタ嬢はもらった牡丹の造花の髪飾りを着けて行かなければいけないということになる。

 ハインリヒ殿下からもらった牡丹の造花の髪飾りをハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日のお茶会に付けていくことで、周囲から勘繰られないかがわたくしは心配だった。


「お父様、お母様、わたくしとクリスタ嬢は、次のお茶会でハインリヒ殿下に、クリスタ嬢がお誕生日にもらった牡丹の造花の髪飾りを着けていくと約束したのです」

「わたくし、ぼたんのかみかざり、つけないとダメですか?」


 わたくしとクリスタ嬢がそんな約束をしていたとは知らない両親は驚いていた。


「ハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日に、ハインリヒ殿下から頂いたものを着けていくのは、失礼にはあたりませんよ」

「いただいたものを身に着けているとお見せすることで、喜ばれることもあるからな」

「ただ、貴族の間ではハインリヒ殿下とノルベルト殿下と、エリザベートとクリスタ嬢の仲を勘繰るものもいるかもしれませんね」

「エリザベートは六歳、クリスタ嬢は五歳だ。勘繰るものがいても、まだ幼いと言えばなんとかなるのではないかな。それよりも、ハインリヒ殿下との約束を破る方が問題になりそうだ」


 両親はわたくしとクリスタ嬢がハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日に、ハインリヒ殿下からもらった牡丹の造花の髪飾りを着けることに賛成のようだった。


 こうなってしまっては仕方がない。

 ハインリヒ殿下にいただいた牡丹の造花の髪飾りを着けることで、公爵家は王家に反意がないと示すこともできるだろう。


「クリスタ嬢、牡丹の髪飾りを着けて行きましょう」

「はい、おねえさま」


 わたくしに言われたから不承不承クリスタ嬢は納得したように見えた。

 

「お茶会はいつですか?」

「来週の土曜日だ。金曜日から式典があるので、みんなで王都に行って、日曜日に帰ることになりそうだな」


 父の話を聞いてわたくしはショックを受けてしまう。

 エクムント様と乗馬の練習で過ごせる土曜日が潰れてしまう。


 それでもわたくしはお茶会に行かないわけにはいかなかった。

読んでいただきありがとうございました。

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