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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
十章 ふーちゃんとまーちゃんの婚約
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24.まーちゃんの短歌

 三日間の滞在を終えて、レーニちゃんは四日目の朝に馬車と列車でリリエンタール領まで帰って行った。

 馬車に乗り込むレーニちゃんにふーちゃんは本当に名残惜しそうにしていた。

 レーニちゃんの馬車が見えなくなるまで見送って、ふーちゃんは少し涙ぐんでいたのかもしれない。

 辺境伯領から帰ったら国王陛下の別荘に行くのだが、そこでもレーニちゃんに会えるとしても、少しの間でもふーちゃんはレーニちゃんから離れるのが寂しかったようだ。


 まーちゃんはオリヴァー殿が帰ってから毎日のように両親に聞いていた。


「こくおうへいかのべっそうに、オリヴァーどのはこないのですか?」

「国王陛下に招かれているのはディッペル家のもので、レーニ嬢はフランツの婚約者だから許されているのです。オリヴァー殿は関係ないでしょう?」

「ノエルでんかのしも、クリスタおねえさまのしも、おにいさまのしも、あんなにすばらしくかいしゃくされるのです。ノエルでんかはオリヴァーどのがきたらうれしいのではないでしょうか?」

「そうは言っても、レーニ嬢は公爵家の令嬢だし、オリヴァー殿は侯爵家の子息だし、身分の差もあるんだよ。エリザベートからもお願いされていたし、オリヴァー殿はいい青年だとは思ったが、国王陛下の別荘に招くにはそれなりの理由がないといけない」

「わたくし、オリヴァーどのがいたら、ノエルでんかやクリスタおねえさまやおにいさまのしも、りかいできるようなきがするのです」


 まーちゃんはすっかりとオリヴァー殿に夢中になってしまっている。

 わたくしもいずれはオリヴァー殿をきっかけに辺境伯領の貴族たちが中央の貴族や王族と交流できればいいと思っていたが、ここまで露骨に言うことはできなかった。


「マリア、お父様とお母様を困らせてはいけませんよ」

「エリザベートおねえさま……」


 わたくしが窘めると、まーちゃんは唇を尖らせて両親から離れて部屋の隅に行ってしまった。

 淑女として教育されているが、まーちゃんはまだまだ五歳で幼いのだ。色んなことが分かっていないし、子どもっぽく拗ねてしまうこともある。


「マリア、こういうときはお手紙を書くんだよ」

「おにいさま……」

「私はレーニ嬢に会えないときにはお手紙を書いていたよ」


 ふーちゃんに慰められて、まーちゃんは部屋のソファに座って一生懸命便箋に文字を書いていた。

 五歳のまーちゃんの握力では、まだペンがしっかりと固定できない。どうしても文字が大きくなってしまって、便箋一枚に五文字くらいしか入らないことを嘆いているまーちゃんにわたくしは何かできないかと考えていた。


 その間にふーちゃんがまーちゃんの隣りに座って解決策を囁く。


「詩を書けばいいんだよ」

「むりです」

「大丈夫、マリアにもきっとできる」

「できません。したくありません」


 きっぱりと断ったまーちゃんに、ふーちゃんが首を傾げている。


「オリヴァー殿は詩がとても好きだと思ったのに」

「それはわかっていますが、わたくしに、しは、むずかしすぎます!」

「そんなに難しくないから。心に思ったことを書けばいいだけだよ?」

「むりです」


 はっきりと断るまーちゃんに、クリスタちゃんが折衷案を出す。


「ハイクに挑戦してみるのはどうでしょう?」

「ハイク……?」

「五文字、七文字、五文字で、短く、季節の言葉を入れて読む詩です。季節の言葉がないものもあったかしら。それなら、少ない文字数で気持ちを伝えられるのではないでしょうか」


 名案とばかりに嬉しそうに言うクリスタちゃんに、まーちゃんは明らかに困惑している。


「ごもじ、ななもじ、ごもじで、きせつのことば……!? ものすごくむずかしくないですか!?」

「ハイクはお姉様が得意なのです。教えてもらったらいいではないですか」

「え!? わたくし!?」


 いつの間にかわたくしが巻き込まれていた。

 俳句の難しさに目を回しそうになっているまーちゃんに、わたくしはどう語り掛けようか迷ってしまう。


「季節の言葉、季語がない俳句を川柳と言います。川柳を読んでみますか?」

「センリュウ……。わたくしにできますか?」

「難しいですが、言いたいことをまず教えてください」

「オリヴァーどの、せんじつはありがとうございました。おかげでわたくしもしのことがすこしわかりました。オリヴァーどのにまたあうひがとてもたのしみです。はやくおあいしたいです」

「確かに、それだけの量を川柳に纏めるのは無理ですね」

「わたくしも、ぜんぶかけるならかきたいのですが、そうするとびんせんがなんまいになるかわからないのです」


 眉をへの字にして泣き出しそうな顔になっているまーちゃんに、わたくしはなんとか力を貸してあげたかった。


「五文字、七文字、五文字、七文字、七文字の短歌ならば、伝えられるかもしれません」

「タンカ!?」

「東方の詩です。三十一文字ならば、マリアも便箋が大量にならないでしょう?」


 わたくしに促されてまーちゃんはしばらく唸っていたが、わたくしの顔を見てゆっくりと短歌を詠んだ。


「またあうひ、こころまちにす、わたくしは、あなたにあいたい、はやくあいたい」


 まーちゃんが初めて短歌を読んだ瞬間だった。


「マリア、とても素晴らしいです! 会いたい気持ちが伝わってきます」

「会いたいを二回繰り返しているのがいいですね」

「マリア、できたじゃないか!」


 わたくしもクリスタちゃんもふーちゃんも、まーちゃんの頑張りに拍手を送っていた。まーちゃんは褒められて誇らしげに胸を張り、便箋に文字を書き始める。

 短歌ならばまーちゃんの気持ちを伝えられるかもしれない。詩をあれだけ称賛しているオリヴァー殿に対しては、短歌は有効かもしれない。

 二つの思いでまーちゃんに勧めた短歌だったが、予想以上の出来になったようだった。


 まーちゃんは便箋に短歌を書き終えて、折り畳んで封筒に入れていた。


「おとうさま、おかあさま、これをオリヴァーどのにおくってください」

「分かったよ、マリア」

「マリアはオリヴァー殿に本当に懐いているのですね」


 これが恋心だなんてことは、多分両親は気付いていない。絵本を読んでくれたオリヴァー殿にまーちゃんが懐いているだけだと思っている。

 まーちゃんがこの年でオリヴァー殿に恋をしているなんて知ったら、両親は驚くだろうし、止めるかもしれないので、わたくしはまーちゃんのためにも黙っていることにした。

 わたくしは物心ついたら、エクムント様に恋をしていたが、その件に関してずっと両親には隠していた気がする。わたくしの恋が知られてしまうと、エクムント様はその頃我が家の護衛の騎士だったので、立場上よくないような気がしていたのだ。


 まーちゃんとオリヴァー殿の恋を両親が知るのはいつ頃だろう。

 その頃にはまーちゃんは何歳になっているのだろう。


 わたくしは自分の小さな頃のことを思い出して、まーちゃんの初恋は実って欲しいような、姉として複雑なような、微妙な気持ちだった。


 その後、市には行けなかったが、カサンドラ様とエクムント様が市の露店の商人をお屋敷に呼んでくれて買い物をしたり、コスチュームジュエリーを作るガラス工房に行ったりして、辺境伯領で過ごした。


 一週間の滞在期間が終わって帰るときには、エクムント様とカサンドラ様が見送りに来てくださっていた。


「次にお会いするのは私の誕生日ですね」

「エリザベート嬢にはエクムントの隣りに座ってもらうことになる」

「はい。喜んでご一緒します」

「またお会いできるのを楽しみにしています」


 見送られて、わたくしはエクムント様の手を借りて馬車のステップを上がる。


「エクムントさま、ありがとうございました!」

「カサンドラ様、エクムント様、またお会い致しましょう」


 わたくしは馬車の中からエクムント様に手を振り続けていた。


読んでいただきありがとうございました。

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