15.わたくしの火傷
ハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日の式典が終わると、レーニちゃんのお誕生日が来る。レーニちゃんのお誕生日のためにわたくしとクリスタちゃんは一度ディッペル家に帰っていた。
レーニちゃんのお誕生日には当然、わたくしもクリスタちゃんもふーちゃんもまーちゃんも招待されているのだが、ふーちゃんは初めて自分宛ての招待状をもらって喜んでいた。
ふーちゃんとまーちゃんはまだ小さいので招待状を纏められたり、両親に贈られたりすることばかりだった。しかし、レーニちゃんはふーちゃんの婚約者で長く文通も続けている。ふーちゃんのために書かれた一通の招待状をふーちゃんは大事に胸に抱えていた。
「私の招待状、レーニ嬢から送られてきた!」
歌うように言って招待状を抱いて踊っているふーちゃんが浮かれているのはよく分かる。リリエンタール家に招待されるのも、婚約してから初めてのことだ。
「エクムント様のように早めにリリエンタール家に行って、レーニ嬢をエスコートするのです。エクムント様がエリザベートお姉様にしているように!」
「フランツはエクムント様を尊敬しているのですね」
「エクムント様が迎えに来るとエリザベートお姉様は本当に嬉しそうなのです。私もレーニ嬢にそんな顔をして欲しいのです!」
レーニちゃんに幸せな顔をして欲しくて、レーニちゃんを迎えに行けるように早く家を出るというふーちゃんに、両親が言い聞かせている。
「レーニ嬢の支度が整っていなかったら失礼に当たるから、廊下で待つんだよ?」
「はい! エクムント様も廊下で待っています。絶対にお部屋に入ったりしません」
「レーニ嬢には早くいくことをお伝えしておきます。リリエンタール家に来たお客様に、レーニ嬢と一緒にご挨拶するのですよ」
「はい! レーニ嬢のお誕生日に来てくださったことを感謝してご挨拶します!」
リリエンタール家はディッペル家と繋がりが深いので、一家全員で行くのだが、ふーちゃんのためにレーニちゃんのお誕生日には早く家を出てお茶会の前にリリエンタール家に着くようにしておいた。
リリエンタール家に一番に着いたわたくしとクリスタちゃんとまーちゃんと両親は先に会場に案内されて、ふーちゃんはレーニちゃんを迎えに行く。
レーニちゃんの部屋に階段を上がって向かっていくふーちゃんの背中に、わたくしは心の中で「頑張って」と応援していた。
ふーちゃんは誇らし気にレーニちゃんの手を引いて大広間に降りて来た。
レーニちゃんは明るいサーモンピンクのドレスを着ていた。ふーちゃんは辺境伯領の紫の布で作ったスーツを身に纏っている。
大広間ではお茶会の準備がされていて、レーニちゃんはふーちゃんと並んでお客様に御挨拶している。
「ハインリヒ殿下、ようこそお越しくださいました」
「レーニ嬢、お誕生日おめでとうございます」
「ハインリヒ殿下、レーニ嬢のお誕生日にお越しくださってありがとうございます」
「レーニ嬢、この一年がいい年になりますように」
「ノルベルト殿下、ありがとうございます」
「ノルベルト殿下もレーニ嬢のお誕生日にお越しくださってありがとうございます」
一生懸命ふーちゃんがお礼を言っているのが聞こえる。
レーニちゃんとふーちゃんがハインリヒ殿下とノルベルト殿下に挨拶していると、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下の間から顔を出した小さな影があった。
「レーニじょう、おめでとうございます!」
「ユリアーナ殿下、ようこそいらっしゃいました」
「わたくし、もういちにんまえのレディです。おちゃかいにさんかしてもいいかとりょうしんにききました。りょうしんはゆるしてくれました」
「ユリアーナがどうしてもお茶会に行きたいって聞かなかったからでしょう?」
「ユリアーナ、大人しくしておいてくださいよ?」
「わたくし、いちにんまえのレディです! ディッペルけのマリアじょうもよんさいでおちゃかいにさんかしていたとききました。わたくしにもできます!」
自信満々で会場の中を歩いていくユリアーナ殿下に、わたくしは危なっかしさを覚えてしまう。ふーちゃんもまーちゃんも、幼くて自分はできないことがあるという自覚がある上で、気を付けてお茶会に参加するようによく言われているのに、あんなに自信満々だと何か間違えはしないものは。
せめてお誕生日が来て五歳になってからお茶会に参加するのがよかったのではないかと、心配になってしまうわたくしだった。
「マリアじょう、おちゃをいたしましょう」
「はい、ユリアーナでんか」
ユリアーナ殿下に誘われてまーちゃんは座る場所を探していたが、ユリアーナ殿下は座ろうとしない。
「おちゃかいはりっしょくけいしきで、たっていんしょくをするのがふつうとききました」
「わたくしには、まだたっていんしょくをするのはむずかしいのです」
「マリアじょうにはできないのですか?」
「わたくしは、すわっておちゃをいただきます」
まーちゃんのプライドを擽るようなことを言われても、まーちゃんは絶対にそれに乗ったりしなかった。椅子に座ってお茶と軽食をいただいているまーちゃんに見切りをつけたのか、ユリアーナ殿下がわたくしの方に歩いてくる。
「エリザベートじょう、エクムントどの、いっしょにおちゃをいたしましょう」
「わたくしでよろしければ」
「喜んでご一緒します」
誘われればユリアーナ殿下と一緒にお茶をするしかない。他の相手とお茶をするよりも、わたくしとエクムント様で見ていられるから安心かもしれないと、わたくしもエクムント様も快く了承した。
軽食を乳母に持って来させてテーブルに置いて、ユリアーナ殿下が紅茶を給仕に頼む。エクムント様が自分の分とわたくしの分も併せてユリアーナ殿下の分も頼もうとしたのだが、ユリアーナ殿下は自分でしたいお年頃のようだった。
運ばれて来たソーサーに乗ったカップを受け取って、一口飲もうとして、ユリアーナ殿下が悲鳴を上げた。
「あついっ!」
その瞬間、ユリアーナ殿下の持っているソーサーからカップが転がり落ちる。
「ユリアーナ殿下、危ない!」
わたくしは咄嗟にユリアーナ殿下を抱き寄せていた。
夏の装いなので、わたくしのドレスには袖がない。手首に思い切り入れたての熱い紅茶を被ってしまって、わたくしは熱さと痛みに耐える。
「ご、ごめんなさい、エリザベートじょう! わたくし、じぶんでしたくて……」
「失礼します。エリザベート嬢、お許しください。クリスタ嬢、ついて来てくれますか?」
手首の火傷をどうすればいいか迷っている間に、エクムント様がわたくしの体を軽々と抱き上げていた。
そのままエクムント様はお手洗いまでわたくしを連れて行っていくれて、クリスタちゃんが付き添ってお手洗いで流水でわたくしの手首を冷やす。
しばらく冷やしていると、痛みと熱さは消えていた。
手を拭いてお手洗いから出て来ると、エクムント様は少し離れた場所で待っていてくださった。
「火傷の具合はどうですか?」
「エクムント様が助けてくださったおかげで、早く処置ができて、もう痛くありません」
「エクムント様、お姉様をありがとうございます」
「いえ、急な場面とはいえ、公衆の面前でエリザベート嬢を抱き上げてしまうなど、失礼を致しました」
「気になさらないでください。火傷も大したことなく済みましたし」
話しながら会場に戻ると、ユリアーナ殿下がハインリヒ殿下とノルベルト殿下と一緒にわたくしのところに駆けて来た。
「ほんとうにごめんなさい……。わたくし、はじめておちゃかいにでられるとおもって、うかれていました。わたくしも、たってしょくじできないことをみとめて、マリアじょうのようにすわればよかったのです。エリザベートじょうをきずつけるつもりはなかったのです」
「エクムント様がすぐにお手洗いに連れて行ってくれたので、火傷も大したことはありませんでした。ユリアーナ殿下は今回、大事な学びをなさいました。それを大切にしてください」
「はい。わたくし、できないことはちゃんとできないといいます」
浮かれて素直になれなかったユリアーナ殿下もこれで落ち着くことだろう。
「ユリアーナを守って下さってありがとうございました」
「僕たちでは甘すぎてできなかったことをユリアーナに言ってくださってありがとうございます」
ハインリヒ殿下もノルベルト殿下もお礼を言って、ユリアーナ殿下と一緒にまーちゃんの座っているテーブルに向って歩いて行っていた。
わたくしが安心していると、エクムント様がわたくしの手を取る。
手首をじっくりと見られて、わたくしは何となく恥ずかしくなってしまう。
「本当に痕も残りそうにないですね。よかったです。エリザベート嬢が咄嗟にユリアーナ殿下を守れたのが本当に素晴らしかった」
「わたくしにも小さな弟妹がおりますから。こういう事態には慣れております」
ふーちゃんとまーちゃんは大人しい方だが、小さいのでまだ失敗もしやすい。失敗をしたときにすぐに助けられるようにしておくのがそばにいるわたくしの姉としての当然の心得だ。
「エクムント様も、判断が早かったこと。わたくし、おかげで火傷がすぐに冷やせました」
「私はエリザベート嬢とは赤ん坊のころからのお付き合いですからね。エリザベート嬢がカップをひっくり返したこともあったのですよ」
「え!? わたくし、覚えていません」
「小さな頃でした。覚えていないのも当然です」
エクムント様はわたくしの記憶にないわたくしまで知っている。
何はともあれ、ユリアーナ殿下は反省して落ち着いてくれたし、わたくしも軽傷で済んだし、全てが丸く収まった。
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