6.ラルフ殿の退場
ふーちゃんとレーニちゃんの婚約は決まったのでひと安心だと思っていた矢先の出来事だった。
お茶会に参加するようになったふーちゃんとまーちゃんは、キルヒマン家のガブリエラちゃんのお誕生日のお茶会に招かれていた。今回はわたくしとクリスタちゃんはキルヒマン侯爵夫妻にお願いをしてあった。
前キルヒマン侯爵夫妻を招いてくださって、その場でわたくしのピアノでクリスタちゃんが歌わせてもらうのだ。
国王陛下の生誕の式典のときに歌とピアノの演奏を聞いてもらえなかったので、わたくしは前キルヒマン侯爵夫妻に聞いて欲しかったのだ。その気持ちはクリスタちゃんも同じだった。
キルヒマン侯爵家に行くと、レーニちゃんも招かれている。
ふーちゃんとまーちゃんと一緒に来たわたくしとクリスタちゃんの前に、レーニちゃんが駆け寄ってきた。
「フランツ殿お会いしたかったです。マリア嬢、こんにちは」
「レーニ嬢、私もお会いしたかったです」
「レーニじょう、こんにちは。ガブリエラじょうにごあいさつしましたか?」
「フランツ殿と一緒にご挨拶しようと思って待っていました。マリア嬢もご一緒しませんか?」
「私、レーニ嬢をエスコートします」
「わたくし、ごいっしょします」
仲良くふーちゃんとまーちゃんに挟まれて、レーニちゃんはガブリエラちゃんのところに行っていた。
「ガブリエラ嬢、今日はお誕生日おめでとうございます」
「ガブリエラ嬢が今年一年健やかでありますように、お祈りいたします」
「ガブリエラじょう、おめでとうございます。おいくつになられましたか? わたくしはよんさいです」
レーニちゃんとふーちゃんとまーちゃんに挨拶されて、ガブリエラちゃんは辺境伯領の紫の布のドレスを着て深く頭を下げている。
「お越しいただきありがとうございます。わたくしは九つになりましたわ。レーニ様に三つ編みを教えていただいてからずっと三つ編みを気に入って乳母に結んでもらっています」
「とてもよくお似合いです」
「素敵ですよ、ガブリエラ嬢」
ふーちゃんがこんなに立派にご挨拶ができて、お誕生日の主催のガブリエラちゃんを褒めることもできていて、わたくしはふーちゃんの成長に感動していた。
「ガブリエラ嬢、九歳のお誕生日おめでとうございます」
「エリザベート様、来てくださったのですね!」
「学園が忙しくて去年は来られなくて申し訳ありませんでした」
「クリスタ様も、学園に通うようになってお忙しいのは分かっていましたわ。仕方のないことです。でも、今年はわたくしのお誕生日に国王陛下の生誕の式典のお茶会で演奏した曲を歌ってピアノで弾いてくださるとのこと。とても楽しみにしています」
「前キルヒマン侯爵夫妻にはお聞かせできなかったので」
「前キルヒマン侯爵夫妻に聞いて欲しかったのです」
「祖父も祖母も喜びます」
わたくしとクリスタちゃんもガブリエラちゃんにご挨拶をした。
その後でピアノのところに案内されて、わたくしがピアノの椅子に座ると、クリスタちゃんがそのそばに立って、わたくしをじっと見つめる。
お互いに頷き合ってタイミングを計って、わたくしはピアノの伴奏を弾き始めた。
クリスタちゃんの澄んだ高い声がキルヒマン家の大広間に響く。
ピアノの音と共に響き渡る歌に、誰もがわたくしとクリスタちゃんを見ていた。
演奏が終わると大きな拍手が巻き起こる。
「お見事でしたね、エリザベート様、クリスタ様」
「お二人の歌とピアノをまた聞くことができて幸せです」
真っ先に前キルヒマン侯爵夫妻が声をかけて来てくださって、わたくしは泣きたいような嬉しい気持ちで胸がいっぱいになった。
「わたくしがピアノの練習を頑張って、ピアノが上達したのも、幼い頃に前キルヒマン侯爵夫妻がわたくしとクリスタを招いて、演奏させてくれたからだと思います」
「たくさん褒めてくださってとても嬉しかったです。今日お聞かせできて本当に幸せです」
「小さい頃のエリザベート様とクリスタ様はとても演奏がお上手でした」
「今もお上手で、あまりの素晴らしさに感動してしまいました」
手放しで褒めてくださる前キルヒマン侯爵夫妻にわたくしもクリスタちゃんも誇らしい気持ちでいっぱいだった。
エクムント様もわたくしのところに来てくださった。
「両親はエリザベート嬢とクリスタ嬢の演奏を聞けて本当に喜んでいます。私も素晴らしい演奏を聞けてよかったです。ありがとうございます」
「これはわたくしとクリスタからの前キルヒマン侯爵夫妻への感謝の気持ちのようなものです」
「お二人が褒めてくださったおかげでわたくしは自信を持って歌えるようになりました。前キルヒマン侯爵夫妻には本当に感謝しているのです」
率直な気持ちをわたくしもクリスタちゃんも伝えると、エクムント様は目を細めて微笑んでいた。前キルヒマン侯爵夫妻はエクムント様にとっては実の両親なので、わたくしとクリスタちゃんに影響を与えたことが嬉しかったのだろう。
ピアノと歌の演奏が終わって盛り上がっていると、会場の端の方でレーニちゃんとラルフ殿の声が響いた。
レーニちゃんはふーちゃんとまーちゃんと椅子に座ってお茶をしているのに、ラルフ殿が声をかけたようなのだ。
「私もご一緒していいですか?」
「お断りいたします。わたくし、ホルツマン家とは関わり合いになりたくないと言っているではないですか」
「あなたが素直になれないから、私は手紙で譲歩したのです。公爵家になってしまった以上、伯爵家のホルツマン家と縁を結ぶのは難しいと思っているのかもしれませんが、それもあなたが素直にご両親に言えば、何とかなるかもしれないのですよ」
「素直に!? 何を言っているのですか! わたくしは、ホルツマン家とは関わりません。わたくしは、ディッペル家のフランツ殿と婚約するのです」
はっきりと伝えたレーニちゃんに、ラルフ殿がショックを受けている。
「素直になれていないだけだと……そんな年下の子どもと婚約するだなんて、正気ですか?」
「素直も何も、わたくしはあなたとは婚約したいと少しも思っていません」
「そんな、冗談でしょう? ホルツマン家とリリエンタール家は遠縁で、お互いにいい関係を築き上げて来たではないですか?」
「いい関係? ホルツマン家に戻った前の父がわたくしにした仕打ちは忘れておりません。母に対してしたことも。あの男は、母とわたくしがいながら、他の女にうつつを抜かし、犯罪者の元ノメンゼン子爵の妾を囲っていたのですよ」
これ以上なく率直な物言いをしたレーニちゃんに、まーちゃんが深くため息をついた。
「このひと、アホなの? レーニじょうはおにいさまとこんやくするといっているのに」
「マリア、アホなんて言ってはいけないよ。道理が分かってないだけなんだ。レーニ嬢は同じ公爵家の私を選びました。その意味が分からないのですか?」
「ど、どうして……」
「理由はレーニ嬢が今伝えた通りです。何を言っても自分の都合のいいようにしか理解できない頭では貴族社会は生きていけませんよ。そもそも、レーニ嬢がリリエンタール家の後継者を退いたのも、私と婚約をする準備のためだったのに、あなたはそれを知らず絡んできましたね。そのときのことを忘れたのですか?」
ふーちゃんに厳しいことを言われて膝から崩れ落ちているラルフ殿に、やっと両親が気付いたようだ。顔を真っ青にしている。
それもそのはず、ラルフ殿は国王陛下が認めたディッペル家とリリエンタール家の婚約に口出しをして、レーニちゃんが本当は自分が好きなのに言い出せないだけだと勘違いしていたのだ。
「お、お許しください、フランツ様、レーニ様」
「ラルフは思い込みが激しくて、周りが見えていないところがあるのです!」
「ラルフ殿は学園でもわたくしに付きまとい、付きまとうのをやめて欲しいと言ったら手紙を書いて来ました」
「そんなことをしたのですか、ラルフ!?」
「レーニ様は公爵家の御令嬢なんだぞ!?」
青を通り越して顔面蒼白になっている両親に、ラルフ殿もやっと自分のしでかしたことの意味を理解したようだ。
「申し訳ありませんでした」
「ラルフは学園を退学させます。ホルツマン家の後継者からも退かせます」
「どうかお許しください、レーニ様、フランツ様」
平身低頭謝り続けるラルフ殿の両親にふーちゃんがレーニちゃんを見る。
「ラルフ殿が学園からいなくなれば安心しますか?」
「このようにお茶会で会うのも不快です」
「ラルフ殿はお茶会にも参加しないように領地で再教育されるといいのではないですか?」
「そう致します」
「仰せの通りにいたしますから、どうか、お許しを」
学園は退学、後継者の座からは降ろされて、お茶会にも参加せず社交界デビューもしない。
それを条件にレーニちゃんとふーちゃんはラルフ殿を許していた。
ラルフ殿の両親がラルフ殿を連れて帰っている横を通り過ぎて、わたくしはレーニちゃんとふーちゃんとまーちゃんのところに行く。
「レーニ嬢、もう大丈夫ですか?」
「言いたいことが言えてすっきりしました。フランツ殿もわたくしの味方でいてくださいましたし」
「私はレーニ嬢をお守りします」
「心強いです。フランツ殿と婚約ができて、わたくしは幸せ者ですね」
六歳でもしっかりとレーニちゃんを守ったふーちゃんに、わたくしは拍手を送りたかった。
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