30.カードゲームをするために
翌日も朝のお散歩をして、朝食に食堂に行くと、カサンドラ様が提案してくださっていた。
「ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下を市にお連れするわけにはいきませんが、市から信用できる商人を何人か連れて来ています。大広間にテーブルを並べさせて、そこに商品を置かせるので、市に行った気分を味わっていただけると思います」
「お買い物ができるのですね! わたくし、お金を持っておりませんわ」
「支払いは辺境伯家で致します」
「簡易な市が大広間で開かれるわけですね」
「とても楽しみです」
不審者が紛れ込んでいてもおかしくはない市のような雑多な場所に、お忍びであってもこの国の皇子であるハインリヒ殿下とノルベルト殿下と、隣国の王女であるノエル殿下が行けるはずがなかった。護衛を付けていても、一般人を全員外に出しても、これだけ高貴な身分となると少しでも危険のあるところには行かせられない。
貴族の中の独立派は一掃されていたが、民衆の中に独立派が潜んでいないとも限らないのだ。
そうなるとカサンドラ様のようにお屋敷の大広間にテーブルを並べさせてそこに商品を置かせて、出店のようなものを作ってもらうのは市の感覚も味わえるし、自分たちで選んで買い物をしたことのないハインリヒ殿下やノルベルト殿下やノエル殿下には十分楽しんでもらえるのではないだろうか。
話を聞いてわたくしも楽しみにしていると、ノエル殿下がカサンドラ様にお願いしていた。
「お茶の時間に、わたくし、食べたいものがあるのです」
「なんでしょうか? 用意できるものならば何でも用意いたします」
「ポテトチップス、です」
「ポテトチップス?」
不審そうな顔をしているカサンドラ様に、エクムント様が説明をする。
「ディッペル家でエリザベート嬢が考えた、ジャガイモを限界まで薄く切ってパリパリに揚げたお菓子です」
「ジャガイモは食事ではないのか?」
「パリパリに揚げるとおやつにもなるのだとエリザベート嬢が教えてくれました」
わたくしは前世の記憶を思い出してポテトチップスを提案しただけなのだ。それでもエクムント様の中ではわたくしが考案したことになっている。
「ジャガイモを限界まで薄切りにしてパリパリに揚げたもの。それは食べたことがありませんね。厨房に言って作らせましょう」
「ディッペル家のお茶会でいただいたのですが、とても美味しくて、あの味が忘れられないのです」
「塩味がしましたね」
「それでは、塩をかけさせますね」
「ポテトチップスを食べられるだなんて、何年ぶりでしょう」
ノエル殿下もハインリヒ殿下もノルベルト殿下もポテトチップスが気に入って下さっていたようだ。
今日のお茶の時間にはポテトチップスを食べることになりそうだ。
朝食を終えて一度部屋に帰ると、ふーちゃんとまーちゃんがわたくしとクリスタちゃんを呼びに来る。
「エリザベートおねえさま、クリスタおねえさま、いっしょにあそびましょう!」
「えほんをよんでください!」
ドアを開けるような不作法なことはしなかったが、ノックをして大きな声で呼びかけられて、わたくしとクリスタちゃんはノエル殿下を見た。
「わたくしもご一緒してよろしいですか?」
「もちろんです」
「お誘いしていいものか考えておりました」
ノエル殿下も一緒に両親の部屋に行って、ソファに座ってふーちゃんとまーちゃんに絵本を読み聞かせる。
ふーちゃんはノエル殿下を意識しているようだった。
「ノエルでんか、ししゅうはおもちではないのですか?」
「詩が読みたいのですか? 部屋から詩集を持って来ましょうか」
「ししゅうのしは、わたくしもきになります」
まーちゃんもお願いして、ノエル殿下は部屋から詩集を持ってきた。詩集を開いてノエル殿下が詩を読む。
「手を伸ばしても届かないものを掴もうと思っていました。望んでも手に入らない『正しさ』を得ようと思っていました。誰に肯定されたかったのか、誰に糾弾されていたのか、今ではもう分かりません。あなたは星を掴む手を持っている。輝きと未来を信じる心を持っている。手を伸ばしても届かないものは必要がなかったのです。望んでも手に入らない『正しさ』は本当ではなかったのです。あなたが今手にしているその星が、どうかいつまでも輝き続けますように」
読み終わった詩にふーちゃんがため息をつき、まーちゃんがうっとりと目を細める。
「つよいいしをかんじるしです」
「すこしむずかしいけれど、おほしさまをだれもがもっているのですね」
「フランツ殿とマリア嬢は何て賢いのでしょう。素晴らしい詩の意味がもう分かるのですね」
「わたくし、そのし、すきです」
「わたしもすきです」
この詩はわたくしにも素晴らしさが分かった。
誰にでもある個性や才能を星に例えて、誰もが輝きと未来を信じる心を持っていると詠っているのだ。
この詩は理解できて安心していると、クリスタちゃんがノエル殿下の詩を暗唱し始めた。
「ノエル殿下の詩も素敵なのですよ! 『夢の紫を作り出す妖精さんは、どこから来たのでしょう。この国の貴婦人はみんなその紫に夢中。辺境伯領の紫の布は女性を虜にさせる魔法のかかった布。その布を纏うとき、わたくしも魔法にかかったような気分になるのです。鏡に映るわたくしは美しいでしょうか。鏡に問いかけても答えてはくれません』ほら」
「ノエルでんかがつくられたのですか? とてもすばらしいです」
「わたくしにはちょっとむずかしいみたい」
ふーちゃんは顔を輝かせているが、まーちゃんの表情が優れない。わたくしもまーちゃんと同じ気持ちなのでまーちゃんを元気付けてあげたかった。
「ノエル殿下の詩は芸術性が高すぎて、わたくしにも難しいのです」
「エリザベートおねえさまにも!? わたくし、わからなくてもしかたがないのだわ」
そう言って自分を納得させているが、まーちゃんはふーちゃんとの感性の違いに今後苦しむような気しかしていない。
「クリスタ嬢の詩も素敵でしたよ。『濃淡でひとを魅了する魔法の布よ。あなたはどうしてそんなに美しいのでしょう。その布を纏うとき、わたくしは自分が美しくなったかのように錯覚してしまいます。罪な布よ、魔法の布よ。どうかわたくしに夢を見させたままでいてください』これです」
「ノエル殿下、覚えてくださったのですか?」
「素晴らしい詩は暗唱できるように覚えるのです。クリスタ嬢もわたくしの詩を覚えていてくださったではないですか」
「わたくしはノエル殿下の詩のファンですから」
ノエル殿下とクリスタちゃんが仲を深めているのに対して、ふーちゃんは感動して目を細めているが、わたくしとまーちゃんは頭の上に「?」マークが出ているような状態だった。
どうしても理解できない。
わたくしは話題を変えることにした。
「この絵本、クリスタが小さな頃に大好きだったのです。マリアもクリスタに似たのですね。この本が大好きです」
「それは灰被りの本ですね。わたくしもその本を小さい頃に読みましたわ」
「わたくし、この本で主人公が王子様と結婚するときの白い花冠を被ったページが大好きですの」
「この挿絵、わたくしが読んだものと同じですわ。懐かしい」
ノエル殿下もクリスタちゃんとまーちゃんがお気に入りだった絵本を読んで育っていたようだ。
午前中はわたくしたちは部屋でゆっくりと過ごした。
昼食を挟んで午後は、大広間に移動した。
大広間にはテーブルが並べてあって、そこに商品が置かれている。
「お姉様、わたくしの大好きな綺麗な柄の紙の商人さんも来ていますわ!」
「クリスタ、しっかり選んで買うのですよ」
「は、はい!」
幼いころのように店ごと買い占めるようなことはできない。クリスタちゃんもそんなに紙を使って遊ばなくなっているのだ。
「革の小物が売っています」
「僕はペンケースが欲しいのですよね」
ハインリヒ殿下とノルベルト殿下は革の小物を見に行っている。
「この美しいものはなんですか?」
「摘まみ細工といって、布を摘まむようにして重ねて貼り付けて花や蝶の形にしたものです」
「わたくし、これが欲しいですわ」
ノエル殿下は摘まみ細工の髪飾りを選ぶのに夢中になっている。
わたくしはどこに行こうかと店を見渡すと、エクムント様がわたくしの手を取った。
手を引かれて連れて来られたのは、綺麗なカードが並んでいる店だった。
「エリザベート嬢はカードをご存じですか?」
「これは、トランプですか?」
「トランプという単語を知っているのですね」
カードを確かめるとそれはわたくしが前世で遊んだことのあるトランプによく似ていた。しかし、トランプという名前ではないようだ。
「このカードの切り札のことを『トランプ』と言います。よくご存じでしたね」
「え、えっと……クラスの方がそのような話をしていたのを聞いたことがあった気がしたのです」
必死に誤魔化すが、エクムント様は何も訝しくは思わなかったようだった。
「カードがあると様々な遊びができます。何より、カードに印刷された絵はとても美しいのです」
「確かに美しいです」
そのカードはトランプに似ていたが、絵柄はタロットカードに近いような気がする。トランプの元はタロットカードで、昔はタロットカードでゲームをして遊んでいたというのだから、このカードがタロットカードに近くてもおかしくはないのかもしれない。
「カードゲームをしてみませんか?」
エクムント様に誘われて、わたくしはその美しいカードをじっくりと選ぶことになった。
読んでいただきありがとうございました。
面白いと思われたら、ブックマーク、評価、いいね!、感想等よろしくお願いします。
作者の励みになります。