27.ポニーの名前
列車に乗ってポニーのいる牧場に行って、ポニーに乗ってきたことをリップマン先生に話すと、リップマン先生は公爵家のものになったポニーについて詳しく聞いてきた。
「どのようなポニーでしたか? 体高はどのくらいでしたか?」
問いかけられてわたくしとクリスタ嬢は乗せてもらったポニーの特徴を思い出す。
「肩までの高さはわたくしの背より大きかったです」
「くつしたをはいたみたいに、りょうほうのまえあしがしろかったの」
「体は薄茶色で、たてがみが金色にも見えました」
「たてがみもしっぽも、すごくけがながかったの」
話を聞いてリップマン先生が動物の図鑑を広げる。動物の図鑑を覗き込んで、わたくしとクリスタ嬢はすぐに乗せてもらったポニーとそっくりのポニーを見付けていた。
「ハフリンガー! これです!」
「わたくしたちのおうまさんにそっくり!」
立派な鬣と尻尾を持ったハフリンガーという種類のポニーは、体高が百三十センチ強で、主に乗馬や引馬に使われると書いてある。
「このポニーなら、エリザベート様とクリスタ様が大きくなっても乗れそうですね。いいポニーを選んできましたね」
「とても大人しくておっとりしたポニーだったのです」
「わたくし、エクムントさまにたづなをもってもらって、ぼくじょうをにしゅうしたのよ」
「上手に乗れるようになるまでは、大人の付き添いが必要かもしれませんね」
動物の図鑑でポニーの種類が分かってわたくしは大満足だった。
午前中の勉強が終わると、昼食の時間になる。
父は政務に忙しいので、今日は母とクリスタ嬢とわたくしだけの昼食だった。父は仕事の付き合いで食事をしてくるようだ。
お行儀よく足を揃えて椅子に座ると、クリスタ嬢はスカートの中で足が開いているのが分かる。わたくしが何か言う前に母が気付いてデボラに声をかけた。
「クリスタ嬢は足が床についていないので、足を揃えるのが難しいのでしょう。デボラ、クリスタ嬢のために何か足を置けるものを用意しておいてください」
「承知いたしました」
「おばうえ、わたくし、なにかいけなかった?」
「足を置く踏み台が来たら、しっかりと座れるようになりますよ」
咎められることなくクリスタ嬢は母に慰められていた。
昼食が終わってお茶を飲んでいるときに、母が今後の日程について話してくれた。
「来週、キルヒマン侯爵家でお茶会があります。エリザベートとクリスタ嬢もご招待いただいています。わたくしの義実家なので緊張することはありませんが、それまでにピアノと歌の練習をしておきましょう」
「ピアノの練習をするのですか?」
「わたくし、おうたをうたうの?」
「宿泊式のパーティーでのエリザベートの演奏とクリスタ嬢の歌をキルヒマン侯爵夫妻はとても気に入っていて、もう一度聞きたいと仰ってくださっているのです」
これはわたくしにとっても、クリスタ嬢にとってもリベンジになるのではないだろうか。今度こそクリスタ嬢は出だしを間違えずに歌えるかもしれないし、わたくしは伴奏を間違えずに弾けるかもしれない。
「お母様、わたくし、ぜひやらせていただきたいです」
「わたくしも、やりたいです」
クリスタ嬢もわたくしもやる気だった。
昼食の後はクリスタ嬢は少しだけ眠る。着替えてベッドに入るクリスタ嬢は目がとろんとしているが、必死に目を開けていようと頑張っている。
「わたくし、いつつになったから、もうおひるねはしないの」
「五歳でも体が必要としているならお昼寝をしていいと思いますよ」
「ねむくない……ねむくない……ふぁ……」
眠くないと言いながらも大きな欠伸をしてクリスタ嬢は眠ってしまった。
わたくしはクリスタ嬢のベッドのそばに座って、まだ読んでいないクリスタ嬢の本棚の児童書を読み始める。兄弟姉妹がクローゼットの扉を潜ると剣と魔法の異世界に転移している物語は何冊も続いていて読み甲斐があった。
前世で読んでいた『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』も何冊も続く物語だったが、実際にその世界の貴族になってみると、設定の中に無理があるものが多かった。
子爵令嬢のクリスタ嬢が皇太子のハインリヒ殿下の婚約者になるのも、貴族社会のことが分かるとあり得ないということが理解できる。物語の中でクリスタ嬢がわたくしから公爵位を奪うのも、子爵令嬢では皇太子の婚約者になれないという指摘が入ったからかもしれなかった。
逆に、公爵家から申し入れてクリスタ嬢を養子にすればわたくしは公爵位を奪われることはないのではないだろうか。何よりも、婚約者となった時点で物語の中ではクリスタ嬢はわたくしの公爵位を奪っている、つまり、わたくしは公爵位を継承しているのだが、わたくしの両親は若く、そんな年で公爵位をわたくしが継ぐとは思えない。
わたくしの両親に何かあるということは考えたくなかったが、わたくしがクリスタ嬢が皇太子の婚約者となった時点で公爵位を継いでいたらその可能性も捨てきれなかった。
愛する両親を守り、わたくしの幸せのためにも、わたくしは物語のストーリーを変えなければいけない。
悪役になるつもりはなかったけれど、そうならなければ両親やクリスタ嬢を守れないのだとすれば、皇太子殿下に恨みを買っても構わないとわたくしは思っていた。
「おねえさま、わたくし、ねちゃった」
「起きたのですね、クリスタ嬢。お手洗いに行って、身支度を整えましょうね」
起き出したクリスタ嬢をわたくしはお手洗いに連れて行ってデボラに身支度を整えてもらう。午後からはピアノのレッスンと歌のレッスンが入っていた。
ピアノのある大広間に行くとピアノの先生と母が待っていてくれる。
ピアノの先生に習って練習して、今度こそ間違わないようにしっかりと楽譜通りに弾いていく。クリスタ嬢は前よりも歌が上手くなった気がする。
「エリザベート様、とてもお上手です。クリスタ様は音程が安定してきましたね。今日のレッスンはこれでお終いです。明後日までにまた練習しておいてくださいね」
「今日はありがとうございました」
「しっかりれんしゅうします」
ピアノの先生にお礼を言ってわたくしとクリスタ嬢はピアノの先生を見送った。
お茶の時間になって、母とクリスタ嬢とお茶をしていると、話題はポニーのことになっていた。
「ポニーの名前は考えましたか? あのポニーは雌でしたよね」
父からも言われていたけれど、まだわたくしもクリスタ嬢もポニーの名前を決めていなかった。
「ポニーには元々付けられた名前はないのですか?」
「名前はあるようですが、飼い主は公爵家になるので変えていいと言われました」
「ポニーのおなまえ……おねえさま、ポニちゃんじゃダメかしら?」
「ポニちゃんでは、そのまますぎるかもしれませんね」
クリスタ嬢の提案は飲めなかったが、わたくしにいい案があるわけでもない。考えていると、クリスタ嬢が声を上げた。
「アシェンプテル! アシェンプテルがいいわ!」
「それは、クリスタ嬢の大好きな絵本の主人公の名前ですね」
前世で言えばいわゆるシンデレラなのだが、この国ではアシェンプテルと発音するようだ。クリスタ嬢はお目目を煌めかせているが、アシェンプテルとは灰被りの意味なので、少し躊躇われる。
「アシェンプテルのお話は異国では、シンデレラとも言うようですね。灰まみれのエラ、シンダーエラから来ているようです。主人公の名前はエラのようなので、エラというのはどうですか?」
さすが教養のある母は言うことが違う。わたくしも全く知らないことを知っていた。
アシェンプテルをそのまま名前として付けるのは憚られたが、エラならばいい名前だと思う。
「クリスタ嬢、ポニーはエラという名前にしましょう」
「はい、おねえさま」
クリスタ嬢もポニーの名前を決めるのに納得してくれた。
ポニーはもう少ししたら公爵領に到着する。エラに乗るのをわたくしは楽しみにしていた。
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