28.エクムント様の配慮
翌日の朝はふーちゃんとまーちゃんがドアの前で待たされていた。
「エリザベートおねえさまー! クリスタおねえさまー!」
「おさんぽにいきましょうー!」
元気よくドア越しに声をかけて来るふーちゃんとまーちゃんがドアを開けてしまわないように、ヘルマンさんとレギーナが止めているようだ。
ふーちゃんとまーちゃんの大声でノエル殿下も目を覚ました様子である。
「ディッペル家の朝は早いのですね」
「ノエル殿下、申し訳ありません。ふーちゃんもまーちゃんも朝食前にお散歩に行くのが大好きなのです」
「真夏でも朝食前ならば暑さが少しはましですから」
わたくしとクリスタちゃんが説明していると、ノエル殿下が立ち上がって、洗面をして着替えている。
「わたくしもぜひご一緒させてほしいですわ」
「まーちゃんもふーちゃんも喜ぶと思います」
「日除けの上着をお忘れなく」
ノエル殿下も行く気だったので、わたくしとクリスタちゃんは洗面を済ませて着替えをした。
ドアを開けると、待ちきれなかった様子でふーちゃんとまーちゃんが飛び付いてくる。
わたくしはふーちゃんと手を繋いで、クリスタちゃんがまーちゃんと手を繋いで辺境伯家の庭に出た。
庭では庭師さんが水を撒いた後のようで、ブーゲンビリアもハイビスカスもアラマンダもプルメリアも水滴を纏っていた。水が撒かれた後なので、庭は特に涼しくなっている。
水を飲みに土の上の水溜りに蜂が来ているのを、ふーちゃんとまーちゃんは興味深そうに見ていた。
「蜂に触ってはいけませんよ」
「刺されますからね」
「はち、いいむしだから、くじょしちゃダメって、リップマンせんせいがいっていました」
「はちは、はなのたねができるのをてつだうって」
ふーちゃんとまーちゃんの言葉にノエル殿下が驚いている。
「二人とも小さいのによく知っていますね。蜂が花の蜜を吸うときに、花粉を運んで、花を受粉させるのです」
「じゅふんって、なんですか?」
「実や種を作るために必要な行為です」
「かふんをはこぶとじゅふんなの?」
「雄蕊の花粉が雌蕊に付けば受粉します」
蜂の話から受粉の話になって、ふーちゃんとまーちゃんもものすごく興味深そうにノエル殿下の話を聞いていた。これはいい勉強の機会になったかもしれない。
「ノエル殿下はすごいですね。ふーちゃんとまーちゃんに聞かれてもすらすらと答えられています」
「昨日もわたくしたちに許可を取ったのに、ふーちゃんとまーちゃんの呼び方を本人に許可を取っていましたし」
「わたくし、末っ子でしたから小さいからといって馬鹿にされるのは一番嫌いでした。ふーちゃんとまーちゃんも小さい頃のわたくしと同じだろうと思って接しています」
ノエル殿下の素晴らしいお心にわたくしもクリスタちゃんも感動していた。
お散歩が終わるとふーちゃんとまーちゃんは一度部屋に戻って、わたくしとクリスタちゃんとノエル殿下も一度部屋に戻って、汗を拭いて顔を洗う。
ノエル殿下はお化粧直しをしていた。
朝食に食堂に集まると、エクムント様も開襟シャツにスラックス姿で、リラックスできる格好になっている。カサンドラ様も同じような格好だった。
ハインリヒ殿下とノルベルト殿下も開襟シャツとスラックス姿だ。
わたくしとクリスタちゃんとノエル殿下はノースリーブのワンピース姿で、足元はサンダルだった。
食堂ではわたくしはエクムント様の隣りに、クリスタちゃんはハインリヒ殿下の隣りに、ノエル殿下はノルベルト殿下の隣りに座った。
両親はカサンドラ様の近くに座って、ふーちゃんとまーちゃんは両親と一緒に座っていた。
「今日の朝も庭を散歩していたようですね」
「見ておられたのですか?」
「私の部屋から庭が見下ろせるので、楽しそうな声が部屋まで届いていました」
ふーちゃんもまーちゃんも声は大きい方だし、元気なので、声がエクムント様のお部屋に聞こえてしまっていてもおかしくはなかった。
「エクムント様のお部屋は庭に面しているのですか?」
「そうです。暑いので窓を開けているので、声が聞こえてきたのですよ」
「わたくし、フランツとマリアといると、つい声が大きくなってしまって、恥ずかしいですわ」
「そういうところも可愛らしいですよ」
さらっとエクムント様に可愛らしいと言われてしまった。
顔が熱くて耳まで真っ赤になっている気がする。
「女性が元気なのはいいことだと思います。エリザベート嬢は小さな頃から活発で、元気で、とても可愛らしかった」
「わたくし、もう十三歳です」
「そうでした。兄の奥方のドロテーア夫人が体が弱く、そのことで悩んでいるのを見て来たので、女性は元気な方がいいとずっと思っていたのです」
「ドロテーア夫人はお体が弱くてお困りでしたよね」
子どもが産めないということは、貴族社会においてはかなりの不利になることはわたくしにも分かっている。
母がわたくしを生むときに死にかけて、第二子以降を躊躇っていたが、子どもが多い方が色んな家との繋がりができるので、健康で子どもを多く生む女性が貴族社会で重宝されるのはどうしても仕方がないことだった。
原作の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』ではわたくしには弟妹はいるように描かれていなかったし、弟妹がいたらわたくしが辺境に追放された後でもクリスタちゃんに公爵位を奪われてはいない。
わたくしがクリスタちゃんを助けなければ未来は変わっていなかったし、可愛いふーちゃんとまーちゃんも生まれていなかったのだと思うと、関わらないようにと気を付けていたクリスタちゃんを助ける選択をしてよかったと心から思う。
クリスタちゃんも劣悪な生活環境で育ってきていないので、性格が優しく礼儀作法もきっちりとできている淑女になった。
ハインリヒ殿下と並べる相手は、この国にはクリスタちゃんしかいないとわたくしは強く思えるのだった。
「エリザベート嬢、私がエリザベート嬢が成人して結婚した後のことを考えると言ったら、気持ち悪いと思いますか?」
「気持ち悪いなんて思いませんわ! とても嬉しいです」
「エリザベート嬢の部屋はこのお屋敷のどこがいいのか考えたり、エリザベート嬢の部屋の家具やカーテンや壁紙はどのようなものがいいか考えたりするのですよ」
子どもは何人欲しいとか、そういう話ではなかった。そういう話を少し期待していただけにわたくしは恥ずかしくてますます赤くなってしまう。
エクムント様はそんなことはまだ想像していなくて、わたくしが暮らす部屋の調度品を考えてくださっていた。
「ベッドカバーはキルティングで自分で作って持って行きたいと思っています」
「学園では女性は刺繡や縫物も授業があるようですね」
「淑女の嗜みですから」
わたくしとエクムント様が結婚するときには、寝室のベッドカバーはわたくしが縫ったキルティングの布であって欲しい。要望を言えば、エクムント様が微笑んで聞いてくれる。
「エリザベート嬢が辺境伯領に来てくださるまで残り五年、私はお迎えする準備をしておきたいのです」
「とても嬉しいです」
家具からカーテン、壁紙までわたくしのことを考えてエクムント様が選んでくれた部屋にわたくしが入るなど、どれだけ辺境伯家に歓迎されているかがよく分かる。
それはわたくしがディッペル家の娘だからに違いないのだが、それでもエクムント様の細やかな心遣いが嬉しくないはずはなかった。
「エリザベート嬢が安心して辺境伯領に来られると、ディッペル公爵と公爵夫人にも示さねばなりませんからね」
「エクムント様はお父様とお母様に一時期お仕えしていましたものね」
「ディッペル公爵夫妻には大変お世話になりました。エリザベート嬢との婚約まで許していただいて、本当に感謝しています」
エクムント様と朝食を食べていると、ふわふわとしてきて、なかなか食が進まない。わたくしはデザートまで辿り着けるのか心配だった。
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