15.謀略のお茶会
ノエル殿下の私的なお茶会は週末に行われた。
学園は休みで、卒業したミリヤム嬢と同室だった上級生も来やすくなっているだろう。
自分よりも上位の貴族にお茶会に誘われるのは名誉とされている。特にノエル殿下は隣国から留学してきている王女であるし、この国の国王陛下の息子の婚約者という立場である。
お茶会を断るなどという選択肢はあり得なかった。
お茶会の招待状はわたくしにもクリスタちゃんにもミリヤム嬢にも届いていた。今回レーニちゃんを外すことになったのは、ノエル殿下のお茶会が謀略のお茶会であるからだった。
招待されているのは女性だけで、ハインリヒ殿下もノルベルト殿下もこのお茶会には参加しない。
わたくしとノエル殿下で落とし前を付ける気でいたのだ。
王宮のノエル殿下の使われている棟の大広間に行けば、ノエル殿下とミリヤム嬢が揃っていた。ノエル殿下はミリヤム嬢に話をしている。
「わたくしはクリスタ嬢と話をすることがありますので、ミリヤム嬢はどうか、お茶会を楽しんでくださいね」
「分かりました。わたくし、一人は慣れておりますわ」
慣れて欲しくないのだが、ミリヤム嬢は笑顔で答えてノエル殿下から離れていく。ノエル殿下とクリスタちゃんは二人でお茶をしていた。
ノエル殿下にご挨拶をした後は、ノエル殿下とクリスタちゃんが親し気に話しているのを見て、客として呼ばれたローゼン寮の同級生や上級生は、それぞれに自由にお茶をしようとしていた。
その目に移ったのは一人でお茶をしているミリヤム嬢の姿だ。
「ノエル殿下のお気に入りになったというのは嘘だったのですね」
「やはり高貴な方は高貴な方としか交流を持たないもの。お茶会の場でも一人ではないですか」
「一人がお似合いですこと」
嘲笑うような言葉はミリヤム嬢に聞こえるように発せられている。
紅茶を飲みながらミリヤム嬢は冷静にそれを聞いていた。
「真実は知っているものだけが知っていればいいのです。何とでも言えばいいのです」
冷ややかに告げるミリヤム嬢は確かに以前の自信のない少女ではなくなっていた。
素早くわたくしがミリヤム嬢の隣りに来て、紅茶を給仕に頼む。
「ミリヤム嬢、わたくしのお誕生日にはディッペル家に来てくださいますか?」
「よろしいのですか!?」
「ずっとお誘いしようと思っておりました。レーニ嬢のお誕生日がもうすぐありますが、そのときにもお誘いの声がかかると思いますよ」
「それはとても光栄です。喜んで行かせていただきます」
笑顔で答えるミリヤム嬢にざわめきが起きる。
「公爵家のパーティーに子爵家の娘ごときが誘われるですって!?」
「ディッペル家はこの国唯一の公爵家ですわ!? どうしてあの下賤な子が!?」
「リリエンタール家も鉄道事業が成功すれば公爵家への陞爵もあり得ない話ではないと言われているのに!?」
驚愕の声を上げるローゼン寮の同級生たちと卒業した上級生に、わたくしは視線を巡らせた。
「わたくしに何か言いたいことがおありでしょうか? 影に隠れて言うことしかできないものが、堂々と前に出て発言することはできないでしょうね」
そんなことだから、ノエル殿下に軽蔑されるのです。
わたくしの言葉にローゼン寮の同級生たちが黙ってしまう。
これだけでわたくしはローゼン寮の同級生たちと上級生を許すつもりはなかった。
「ミリヤム嬢は寮の暮らしにお困りだったようですが、同室の上級生は何をされていたのでしょう?」
「わたくし、何も教えてもらえませんでした」
「いいえ! わたくしは教えました! その方が覚えなかっただけですわ!」
言い返してくる上級生に、わたくしはにっこりと微笑む。
「ミリヤム嬢はノエル殿下のお茶会で礼儀作法も勉強もよく覚えている優秀な方です。あなたの指導が下手だったのではないですか?」
「どうしてわたくしが子爵家の娘ごときに指導をしてやらねばならないのですか! 子爵家の娘は学園に相応しくありませんわ!」
「学園に相応しいかどうかは、学園側の決めること。入学した以上はミリヤム嬢は学園に相応しいと判断されたのですよ」
「わたくしは、伯爵家の娘なのですよ。どうして子爵家の娘のために働かねばならないのですか?」
「上級生として下級生に指導すること。それも学園の重要なカリキュラムの一つのはずなのですが、そんなことも分からないまま学園を卒業してしまったのですね、お気の毒ですわ」
同情するような声をかけると、上級生は顔を真っ赤にして怒っている。
同級生たちもいつ自分に飛び火して来るか分からない状態で、青ざめているのが分かる。
「寮のシャワー室の脱衣所は鍵がかからないのでしたね」
「そうなのです。そこに着替えを置いておくと、誰かに持っていかれてしまったり、酷いときにはインクをかけられたりしました」
これはわたくしも詳しく聞いていないことだった。
ローゼン寮での苛めがそんなに酷いものだったとは、許せない気分がますます強くなる。
「ローゼン寮とは、上級生が下級生を無視したり、他人の着替えを持って行ったり、インクをかけたりする、野蛮な寮という認識でよろしいでしょうか?」
「インクは、その方がうっかりかけてしまったのを、わたくしたちのせいにしているだけではないでしょうか?」
「着替えも、その方がなくしただけでしょう?」
「自分の服にインクをかけてしまったら、まずすることは染み抜きではないでしょうか。それを着替えとしてシャワー室の脱衣所に持って行ったりしないでしょう。それに、シャワー室に入っているのに、脱衣所の着替えがどうしてひとりでになくなるのでしょう? 着替えは生きていたのかしら?」
首を傾げながら「おかしいですわねぇ」と言えば、同級生たちは一斉に卒業した上級生の方を指差した。
「あの方がやれと仰ったのです!」
「同室でいるのも汚らわしいから、追い出してしまいたいと言って!」
「わたくしたちは、言われた通りにやっただけです!」
指さされた上級生が顔色を変える。
「わたくしに罪をなすり付けようという魂胆ですか!? あなたたちもあの方がローゼン寮には相応しくないと言っていたではないですか!」
語るに落ちたとはこのことだろうか。
わたくしとミリヤム嬢が言い争う同級生たちと上級生の声を聞いていると、ノエル殿下がクリスタちゃんと一緒にやってくる。ノエル殿下も今日は辺境伯領の特産品の布を使ったドレスを着ていて、わたくしとクリスタちゃんとノエル殿下は濃淡の違う紫色のドレスである意味お揃いだった。
隣国の王女殿下のノエル殿下と、この国唯一の公爵家のディッペル家の娘であるわたくしとクリスタちゃん。
特にクリスタちゃんは皇太子であるハインリヒ殿下の婚約者ということで、高貴な身分だった。
「楽しそうにお話をされていますのね。わたくしもご一緒させていただけますか?」
「何のお話だったのですか、お姉様?」
ノエル殿下とクリスタちゃんに今の話が知れ渡ってしまっては、ローゼン寮の同級生も卒業した上級生も中央に出て来ることができなくなってしまう。
言葉に詰まる同級生たちと上級生に、わたくしはミリヤム嬢を見た。
「この方たちはわたくしがローゼン寮に入ってから、何も教えてくださらなかったし、鍵のかからないシャワー室の脱衣所に着替えを置いていると持って行ってしまったり、インクで汚したり、もっと酷いこともしていたのです」
「それは全部、同室だったあの方の指示です!」
「何を言うのですか! わたくしは何もしておりません!」
同級生たちと上級生が言い争うのを聞いて、ノエル殿下は不思議そうに首を傾げた。
「何もしていないのですか?」
「はい、わたくしは何もしておりません」
ノエル殿下の問いかけに素直に答える上級生に、ノエル殿下が笑顔で告げる。
「何もしていないのが、問題なのではないですか」
「わ、わたくしは……」
「指導も何もなさらなかった。そうお認めになったのでしょう? その上、他の下級生がミリヤム嬢を苛めていたのも、止めなかった。何もしていなかったとは、そういう意味ですよ」
「ち、違います……!」
「何が違うのですか! 上級生としての務めを果たさず、苛めも止めなかったあなたは、このお茶会に相応しくありません。お帰り下さい。わたくし、二度とあなたのお顔は見たくありませんわ」
きっぱりと言って出て行くように促すノエル殿下の前で上級生が膝から崩れ落ちている。
これから何を言われるのかと、同級生たちも息を飲んで見守っている。
「苛めを止めなかったのは当然許されませんが、実行したのも許されるとはお思いではないですよね? ノエル殿下、この方たちをどうしますか?」
わたくしが問いかければ、ノエル殿下は笑顔で答えた。
「お帰り願いましょう」
この国の国王陛下の息子の婚約者であり、隣国の王女であるノエル殿下のお茶会から追い出された。
それは彼女たちの経歴に大きな傷を付けることになる。
「ミリヤム嬢は将来わたくしの侍女として働いてもらいたいと思っています。ミリヤム嬢はわたくしの大事な友人です。慣れない土地に行ってもそばにいて欲しいのです」
「ノエル殿下、なんと光栄なことでしょう」
「ミリヤム嬢、これからもよろしくお願いしますね」
ノエル殿下がミリヤム嬢の手を取って将来の話をしている。それを見せつけられながら、同級生たちと上級生は退場していったのだった。
謝罪をさせたかったが、心のこもっていない謝罪に何の意味があるのかといえばそこまでになってしまう。
ノエル殿下のお茶会から追い出された同級生たちと上級生は帰って両親から話を聞かれて、叱られることになるだろう。しばらくは謹慎させられるかもしれない。
これだけのことをしておけば、今後、ミリヤム嬢は苛められることはないだろう。
ひと先ずは、めでたしめでたしと言ったところか。
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