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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
九章 クリスタちゃんの婚約と学園入学
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8.キルヒマン侯爵夫妻の決意

 ノルベルト殿下のお誕生日の式典に、わたくしとクリスタちゃんは昼食会から参加することになっていた。

 本来は貴族の令嬢は十五歳くらいで正式に社交界にデビューする。それまではお茶会しか出席できないのだが、社交界にデビューすると昼食会や晩餐会にも招かれるようになる。


 わたくしはまだ十三歳で、クリスタちゃんは十二歳だったが、社交界にデビューするのを少し早めることになったのだ。理由は明白で、クリスタちゃんがハインリヒ殿下と婚約をして将来は王族として迎え入れられることになったからである。

 本来ならばクリスタちゃんだけが社交界デビューを早めるはずだったが、それでは両親も心配であるし、わたくしはクリスタちゃんの姉である。姉であるわたくしが社交界にデビューしていないのに妹のクリスタちゃんだけが社交界にデビューするというのも外聞がよろしくない。

 そういう理由で、国王陛下に許可をもらい、わたくしとクリスタちゃんが揃って社交界デビューすることになったのだ。


 社交界デビューの場がノルベルト殿下のお誕生日の式典という国を挙げて行われる華やかな場であることが、わたくしにとっても、クリスタちゃんにとっても名誉なことだった。


 王宮の食堂に入って、正面の王族たちが座るテーブルを見ながら、それと直角になるように並べられたテーブルの中で一番前の方にわたくしとクリスタちゃんと両親は座る。

 ハインリヒ殿下のお誕生日の式典ではクリスタちゃんも前に並べられた王族のテーブルに着かなければいけないが、今日はノルベルト殿下のお誕生日の式典なので、ディッペル家の席で一緒に座ることができる。

 国王陛下と王妃殿下が席に着き、ノルベルト殿下とノエル殿下が並んで席に着き、ハインリヒ殿下も席に着く。王家の人々が揃うと、国王陛下が立ち上がり挨拶をする。


「本日は私の息子、ノルベルトの誕生日に来てくれてありがとう。ノルベルトも十五歳。着実に大人に近付いて来ている。ノルベルトの健康を祈って、乾杯をさせてもらうとしよう」


 国王陛下の乾杯の音頭に、貴族たちが立ち上がってグラスを持ち上げる。グラスを打ち合わせるイメージがあるのだが、それは前世の記憶の中のことで、本当の貴族はグラスを持ち上げるだけで打ち合わせるようなことはしない。

 わたくしとクリスタちゃんのグラスの中には真っ赤な葡萄ジュースが入っていて、大人たちの葡萄酒と合わせてある。


「エリザベート嬢とクリスタ嬢の社交界デビューにも乾杯しましょう」


 隣りの席に座っていたエクムント様がそっと囁いてグラスを持ち上げてくださる。わたくしとクリスタちゃんのことを気遣ってくださるエクムント様に感謝しつつ、わたくしとクリスタちゃんもグラスを持ち上げて乾杯した。


 運ばれて来る料理は豪華なものだった。

 ディッペル領では畜産が盛んで、牛や豚や鶏が育てられているので、新鮮な牛肉が食卓に上がることも珍しくはない。王都では畜産はそれほど盛んではないので、ディッペル領から運び込まれた牛肉が熟成肉として使われたり、豚肉はソーセージやハムなどの加工肉として使われたり、鶏肉はほとんど使われず卵も貴重だったりするのだが、新鮮な牛肉や卵をたっぷりと使ったキッシュが振舞われるのは、王宮の食卓だからかもしれない。

 パンも焼き立てで香ばしく、オリーブオイルに付けて食べるととても美味しかった。


 食事をする合間に、ノルベルト殿下にご挨拶に行く。


「ノルベルト殿下、お誕生日おめでとうございます」

「ノルベルト殿下の健康をお祈りしています」

「ありがとうございます、エリザベート嬢、クリスタ嬢」

「学園ではエリザベートとクリスタがお世話になっております。ノエル殿下の主催のお茶会に参加させてもらっているとお聞きしております」

「わたくしとクリスタ嬢は将来義理の姉妹になるかもしれないのです。それにエリザベート嬢はクリスタ嬢のお姉様ですわ。親しくしておきたいのは当然です」

「ノエル殿下はエリザベート嬢とクリスタ嬢をお気に入りですからね」

「光栄なことです」


 わたくしとクリスタちゃんがノルベルト殿下にご挨拶をして、両親はノエル殿下とノルベルト殿下にご挨拶している。


「ディッペル公爵夫妻、この辺境伯領の葡萄酒はとても美味しい」

「遠慮なさらずに食事をされてくださいね」

「ありがとうございます、国王陛下、王妃殿下」

「素晴らしい食事を楽しませていただいております」


 父は国王陛下と同じ年で学友なので、両親が国王陛下からも王妃殿下からもお声をかけられている。国王陛下にも王妃殿下にもご挨拶をしなければいけない。


「ノルベルト殿下が学園でも素晴らしい成績を修めておられます。ノルベルト殿下が今後とも学園で活躍なさることを祈っております」

「ノルベルト殿下を尊敬しております。ノルベルト殿下のご活躍を祈っています」


 わたくしとクリスタちゃんも国王陛下と王妃殿下にご挨拶をする。


「ありがとう、エリザベート、クリスタ」

「ノルベルトはわたくしの本当の息子のように思っております。これからもなかよくしてやってくださいませ」

「もちろんです、王妃殿下」

「わたくしでよろしければ」


 王妃殿下からは光栄なお言葉をいただいてわたくしもクリスタちゃんも膝を追ってお辞儀をする。

 席に戻るとエクムント様がご挨拶に向かっていた。

 こうして入れ替わり立ち代わり貴族たちが挨拶に行くので、国王陛下も王妃殿下も、ノルベルト殿下もノエル殿下もお皿の上の料理が全く減っていない。

 そのことにクリスタちゃんも気付いているようだ。


「ハインリヒ殿下のお誕生日の式典では、わたくしがあそこに座るのですね」

「クリスタ、覚悟はできていますか?」

「はい。わたくしもハインリヒ殿下の婚約者です。いずれは王族の一員となる自覚を持たねばなりません」


 嫌なことを言って来る貴族もいるだろう。お世辞やおためごかしの裏側で、ちくちくとクリスタちゃんを責める貴族もいるだろう。

 それにクリスタちゃんは耐えなければいけない。


 何よりも、手を付けずに下げられる料理に耐えなければいけない。

 食べたくても食べられないというのは、育ち盛りのクリスタちゃんにとってはつらいところである。


 昼食会が終わると、そのままお茶の時間になる。

 会場を移して、立食パーティーが始まる。

 まだ社交界デビューしていないレーニちゃんとも合流できた。


「エリザベート様、クリスタ様、昼食会はどうでしたか?」

「とても賑やかでしたよ」

「お料理も素晴らしかったです」

「わたくしも十五歳になるころには参加できるのでしょうか」


 わたくしとクリスタちゃんは早めに社交界デビューしたが、レーニちゃんは相応の理由がないので社交界デビューが十五歳くらいになるだろう。レーニちゃんも一緒だと嬉しいのだが、昼食会や晩餐会は席が決まっているので、お茶会のように自由に話せる時間はないかもしれない。


 お茶会では昼食会で挨拶がほとんど終わっているので、ノルベルト殿下とノエル殿下も少し解放されていた。

 両親は国王陛下に招かれて、国王陛下と王妃殿下とお茶をするようだが、わたくしはクリスタちゃんとハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下とレーニちゃんとエクムント様とお茶ができそうだった。


「ノルベルト殿下、お誕生日おめでとうございます」

「ガブリエラ嬢、ありがとうございます」

「ノルベルト殿下にとって今年一年が素晴らしい年でありますように」

「そうできるように努力します」


 キルヒマン侯爵夫妻と共に現れたのはガブリエラちゃんだった。ガブリエラちゃんは、クレーメンス殿とドロテーア夫人とお茶会に参加していた。


「この度、ガブリエラをわたくしたち夫婦の養子に迎えたのです」

「両親はこれを機に、今年までで侯爵の座を退くと言っています」


 ドロテーア夫人とクレーメンス殿の言葉に驚いたのはわたくしだけではない。クリスタちゃんもだった。


「キルヒマン侯爵夫妻は、侯爵位を譲られるのですか?」

「私たちも高齢になって来ました。そろそろ長男のクレーメンスに譲るときが来たのです」

「クレーメンスに侯爵位を譲った後は、田舎で静かに二人で暮らそうと思っています」


 わたくしとクリスタちゃんが小さな頃からわたくしとクリスタちゃんのピアノと歌を気に入って下さって、お茶会にも招いてくださったキルヒマン侯爵夫妻が、隠居されようとしている。

 それはわたくしとクリスタちゃんにとっては寂しい話であった。


「キルヒマン侯爵夫妻をお訪ねしてもいいですか?」

「遊びに来て下さったらとても嬉しいです」

「エクムント様と結婚したら、キルヒマン侯爵夫妻は義理のお父様とお母様になります」

「エリザベート様、エクムントは辺境伯家に養子に行った身です。エリザベート様の義理のお母様はカサンドラ様です」

「ですが……」

「そう思ってくださることは嬉しいですが、カサンドラ様を大事にしてください」


 わたくしにとってはキルヒマン侯爵夫妻も大事な方なのに遮られてしまって、少し悲しかった。

 これは仕方がないことなのだろう。

 わたくしの両親はまだ若いが、その上の代に当たるキルヒマン侯爵夫妻はそろそろ代替わりの時期だったのかもしれない。

 そうであっても、わたくしは寂しさを隠せなかった。


「必ずお尋ねいたします。エクムント様、一緒に参りましょう」

「エリザベート嬢がお望みならば、ご一緒致します」


 エクムント様もキルヒマン侯爵夫妻が実の両親なので訪ねて行って悪いはずがない。

 わたくしはエクムント様の手を握って寂しさを紛らわせていた。


読んでいただきありがとうございました。

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