6.昼食会と晩餐会に向けて
ノルベルト殿下とハインリヒ殿下のお誕生日が近付くと、王都は俄かに賑わい始める。
今年はハインリヒ殿下がクリスタちゃんと婚約して、ノルベルト殿下もハインリヒ殿下も婚約者同伴でのお誕生日の式典なので、特に賑わっていた。
クリスタちゃんはお茶会でノエル殿下に質問していた。
「わたくしはまだ、王宮の昼食会や晩餐会に参加したことがありません。ノエル殿下はノルベルト殿下の婚約者として参加されているのですよね。どのような様子なのか教えていただけますか?」
「クリスタ嬢はハインリヒ殿下のお誕生日の式典での昼食会や晩餐会には、主催側として参加しなければいけません。挨拶に来る貴族や王族たちに応えて、挨拶を返すのです」
「具体的にはどのようにすればいいですか?」
「その時々ですが、挨拶に来る貴族や王族は自分の領地の特産品を売り込んで来ようとすることが多いのです。それは上手にかわせるようにならなければいけませんね」
「会話のテクニックが必要なのですね」
「挨拶が途絶えることなく来るので、昼食会や晩餐会の料理は食べられないものと思って、心構えをしておいた方がいいかもしれません」
「食べられないのですか!? その食べなかった料理はどうなってしまうのですか?」
「使用人たちに下げ渡されます」
食べなかった料理がただ捨てられるわけではないと聞いて安心はしているが、クリスタちゃんはまだ十二歳、育ち盛りである。料理が食べられないというのはショックなようだった。
「王宮の昼食会や晩餐会の料理を楽しみにしていたのに……」
「わたくしもエクムント様の婚約者として昼食会や晩餐会に出席したときには、料理が食べられなくて、お腹が空いて切ない思いをしたものです」
「お姉様もそうだったのですね。お姉様が我慢できたのなら、わたくしも頑張らないと!」
わたくしの経験を話せば、クリスタちゃんは納得して頑張る決心をしていた。
本来ならば社交界に出られるのは十五歳くらいからで、その時期から式典の昼食会や晩餐会にも出られるようになるのだが、わたくしは異例の八歳で辺境伯の後継者だったエクムント様と婚約しているし、クリスタちゃんの姉ということで、今年からクリスタちゃんと一緒に昼食会も晩餐会も出席させてもらうことになっている。
クリスタちゃんの姉として、わたくしは主催者側ではないが、それに近い立場としてクリスタちゃんを支えられたらと思っていた。
「エリザベート嬢はエクムント殿の婚約者として辺境伯領の式典に出席しているのですよね」
「はい。わたくしはエクムント様との婚約が早かったのと、エクムント様が成人されているのと、辺境伯領がオルヒデー帝国との融和を願っていることを示すために、早い時期から参加させていただいております」
「エリザベート嬢は大人っぽいところがおありだから、エクムント殿も安心して任せられるのでしょうね」
「いえいえ、エクムント様にエスコートしてもらって、守ってもらってばかりです」
エクムント様はわたくしが式典に出るときには、わたくしにとても気を遣ってくださる。
「晩餐会で料理が食べられなかったときには、エクムント様は部屋にわたくしのために軽食を届けてくださいました」
その話を聞いてハインリヒ殿下が目を煌めかせる。
「私もクリスタ嬢にそれくらいのことはできる気遣いのある男になりたいものですね」
「ハインリヒ、自分で言ってしまったら台無しだよ。こういうのは言わずにそっとやらないと」
「そうでした、ノルベルト兄上。私はどうしても格好がつかないな。エクムント殿を見習わなくては」
ハインリヒ殿下とノルベルト殿下の兄弟のやり取りも心が和むものだった。
原作の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では、学園に入学したハインリヒ殿下とノルベルト殿下はお互いを思っていながらも、ハインリヒ殿下は自分が皇太子に選ばれたことが認められなくて、ノルベルト殿下は長子相続を推し進める一派に担ぎ上げられて、決別してしまっていた。
お互いに兄弟として慕い合っているはずなのに、決別したハインリヒ殿下とノルベルト殿下の拗れた関係を正常に戻すのがクリスタちゃんの役目だった。
クリスタちゃんがディッペル家の養子になって、運命は完全に変わって、ハインリヒ殿下は自分が皇太子であることを認めているし、ノルベルト殿下は長子相続派になど近付かず、自分は隣国の王女のノエル殿下と結婚して大公となってハインリヒ殿下を支えるのだと決めている。
二人の間に決別の気配は全くなかった。
ハインリヒ殿下はノルベルト殿下を兄上と慕い、ノルベルト殿下はハインリヒ殿下を弟として可愛がっている。
これも全て王妃殿下がハインリヒ殿下を生んだ後で、庶子であるノルベルト殿下を引き取ってハインリヒ殿下と分け隔てなく育てただけでなく、二度と王家と関わってはいけないと追放されたノルベルト殿下の本当のお母上を、知らぬふりをしてノルベルト殿下の乳母として迎えてくださったおかげなのだろう。
わたくしの行動が何かのきっかけにはなったのかもしれないが、その前に王妃殿下の心遣いがあって、その下積みがあるからこそハインリヒ殿下とノルベルト殿下は分かり合えているのだということをわたくしは実感していた。
「レーニ嬢のお母上も職務に復帰なさるのですよね?」
「そうなのです。わたくしは、昼食会や晩餐会には参加できませんが、お茶会ではご一緒できます」
わたくしがレーニ嬢に声をかけていると、ミリヤム嬢が眩しそうにわたくしたちを見ている。
「わたくしは場違いな場所に来てしまっているのではないかと思ってしまいますが、そんなことを考えずに、この場に相応しい淑女になれるように努力しなければいけないのですね」
「前向きに考えられるようになってきたのですね。素晴らしいことですよ、ミリヤム嬢」
「ありがとうございます、ノエル殿下」
お茶会を重ねるにつれてノエル殿下とミリヤム嬢の距離も縮まってきている気がする。寮が身分によって分けられている時点で、学園内では生徒は平等だというのが建前だと分かっているが、それでもノエル殿下はミリヤム嬢に興味を持って接近しているし、ミリヤム嬢も最初は恐縮していたのがだんだんと慣れてきている。
これはいい傾向なのではないかとわたくしは思っていた。
「わたくしのお誕生日ならば、ミリヤム嬢をお招きで来たのですが、わたくしのお誕生日は母の意向で、我が国で祝われることになっています」
「そう思っていただけるだけで畏れ多いことに御座います」
「わたくしがノルベルト殿下と結婚した暁には、この国でわたくしのお誕生日も祝われるようになるのでしょう。そのときには、ミリヤム嬢を招待いたしますわ」
「そんな!? よろしいのですか?」
「ミリヤム嬢は学園を卒業したら、わたくしとご縁ができるかもしれませんからね」
まだミリヤム嬢には話していないが、ノエル殿下はミリヤム嬢を侍女頭として雇うことを考えている。ノエル殿下くらい高貴な方ならば、貴族の侍女頭がいてもおかしくはない。
ゆくゆくは、ミリヤム嬢を産まれた子どもの乳母にしたいとも考えているようなのだ。
ディッペル家の乳母であるヘルマンさんも貴族の出身だ。ヘルマンさんは待望の第二子であるふーちゃんが教養ある子どもに育つように、貴族の中から特別に選ばれた乳母なのだ。
ヘルマンさんは乳母という仕事にとてもやりがいを感じていて、名誉に思っているに違いない。
乳母というのがこの世界においてはどれだけ子どもの養育に関わってくる大事な存在か、わたくしにもヘルマンさんやレギーナを見て分かって来ていた。
わたくしの乳母がいないのは、わたくしが六歳になる前に結婚して乳母の仕事を離れてしまったからだと聞いている。その後でわたくしの世話をするためにマルレーンが雇われて、わたくし付きの侍女になった。
マルレーンは乳母と違うのだが、わたくしには乳母がいなくなってしまったので、乳母に近いような存在になっている。
クリスタちゃんはノメンゼン家で虐待されていて、乳母などいないような状況でディッペル家に来て、デボラという侍女を雇って、身の回りの世話をさせていた。
クリスタちゃんにとってデボラは乳母ではないが、乳母に近いような存在になっている。
ミリヤム嬢が侍女頭としてノエル殿下の元で働いていたら、そのうち、ノエル殿下はミリヤム嬢にいい縁談を持って来てくださるのではないだろうか。
そういうことも期待してしまうくらいノエル殿下はミリヤム嬢を気に入っている様子だった。
これからの未来がどうなるかは、わたくしやノエル殿下、クリスタちゃんがそれぞれに決めて行くのだ。その未来が明るいことをわたくしは願っていた。
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