1.クリスタちゃんの婚約式
クリスタちゃんが十二歳になった春、学園の入学式が行われる日より前に、わたくしたちディッペル家の家族は王都に入っていた。
王都には国中から貴族が集まっている。
辺境伯のエクムント様も来ていた。
わたくしとクリスタちゃんで一部屋、両親とふーちゃんとまーちゃんで一部屋与えられて、ふーちゃんとまーちゃんは不満そうにしていたが、その二部屋がコネクティングルームでドアで繋がっていると知ると、ドアを開けて固定して、ふーちゃんとまーちゃんは自由に出入りできるようにしてもらっていた。
わたくしももう十三歳、クリスタちゃんももう十二歳、両親と別の部屋を与えられる年齢になったのだ。
クリスタちゃんは自分で髪を三つ編みにして、前髪も編み込みにできるようになっていたが、式典のための髪型は少し難しいようで、デボラに手伝ってもらっていた。
国中の貴族が王都に集まって来たのは、ハインリヒ殿下とクリスタちゃんの婚約式のためなのだ。
白い衣装を用意して、髪を結い上げるクリスタちゃんにわたくしは見惚れてしまう。わたくしの妹がこんなに可愛いなんて、自慢したくてたまらない。
ふーちゃんは父とお揃いの辺境伯領の特産品の紫色の布で作ったスーツを着て、まーちゃんは母とお揃いの辺境伯領の特産品の紫色の布で作ったドレスを着ていた。
わたくしも辺境伯領の特産品の紫色の布で作ったドレスを身に纏う。
ディッペル家が辺境伯領に友好的だというのはこれで示せている。
部屋を出ようとすると、ドアがノックされる。
ドアの前にはエクムント様が立っていた。
「エリザベート嬢、お迎えに上がりました」
「ありがとうございます」
わたくしはエクムント様にエスコートされて、会場に入った。両親はふーちゃんとまーちゃんの手を引いて歩いてくる。
クリスタちゃんが会場に入ると、来客の貴族たちに挨拶をしていたハインリヒ殿下がすぐに駆け寄ってクリスタちゃんの手を取る。
「今日の日をずっと楽しみにしてきました」
「わたくしも、ハインリヒ殿下と婚約できる日を待っておりました」
「これからもよろしくお願いします」
「わたくしこそ、よろしくお願いします」
初々しい十三歳と十二歳のカップルにわたくしが微笑んでいると、国王陛下が王家の錫杖を持ってハインリヒ殿下とクリスタちゃんを呼ぶ。
「ハインリヒ、クリスタ・ディッペル、こちらへ」
「はい、父上」
「参ります」
クリスタちゃんにとっては一生に一度の婚約式だ。
わたくしはエクムント様と手を繋いで、両親とふーちゃんとまーちゃんと並んで、最前列で婚約式の様子を見ていた。
「クリスタ・ディッペル、そなたはこれより皇太子ハインリヒの婚約者となる。学園に入学し、将来は皇太子妃となるためにしっかりと学んで欲しい」
「はい、学園でしっかりと励みます」
「ハインリヒはいずれ国王となることを見据えて、学園で学ぶように。クリスタは、ハインリヒを支えられる皇太子妃に成長してくれることを願っている」
「父上、よき国王となれるように学びます」
「ハインリヒ殿下をお支えできるように頑張ります」
誓うように手を繋いで言うハインリヒ殿下とクリスタちゃんに、国王陛下は錫杖を聖水に浸した。ハインリヒ殿下とクリスタちゃんの頭上を錫杖が回り、きらきらと輝く水の粒を零していく。
「これにより、皇太子ハインリヒとクリスタ・ディッペルの婚約は成された。若き二人に神の祝福あれ!」
国王陛下の声が会場に響き、割れんばかりの拍手が巻き起こる。
例えクリスタちゃんがハインリヒ殿下と婚約することに異議を覚えていても、それをこの場で示すことができるような人物などここにはいなかった。
クリスタちゃんはこの国で唯一の公爵家の娘なのだ。養子とはいえ、クリスタちゃんは母の妹の娘であるし、ディッペル家とも繋がりが深い。
異議を唱えられる人物がいるとすれば、わたくしと手を繋いでいてくれているエクムント様なのだが、エクムント様にとって婚約者の妹が将来の皇太子妃になるというのは利益しかないので反対するはずがない。
わたくしが辺境伯家に嫁いで、クリスタちゃんが王家に嫁ぐとなると、ディッペル家はこの国でも強大な権力を持つ唯一の公爵家となる。
わたくしやふーちゃんやまーちゃんに対する周囲の態度も変わってきている気がしていた。
「フランツ様はとても聡明とお聞きしております。将来が楽しみですね」
「うちの娘がフランツ様の一つ年上なのですよ。ディッペル家のお茶会に連れて来てもよろしいでしょうか?」
「うちの娘は、フランツ様と同じ年ですよ! ぜひ遊び相手として仲良くしていただけませんでしょうか?」
わたくしとクリスタちゃんの嫁ぎ先は決まっているので、次のターゲットはふーちゃんになっているようだ。リリエンタール家のレーニちゃんが後継者を弟のデニスくんに譲るときに、ふーちゃんとの話が持ち上がっていたはずなのだが、ふーちゃんが小さいのでどれだけでも覆せると思っているのだろう。
「残念ながら、フランツはまだお茶会に出られる年齢ではありません」
「詩を吟じられると聞きました。それほど聡明ならば、少し早くてもお茶会に参加なさればいいではないですか」
「幼い子に公の場は疲れるものです。無理をさせたくありませんので」
父も母もふーちゃんに接近しようとする貴族を遠ざけるつもりのようだ。
ふーちゃんも口を真一文字に結んで凛々しい顔をしている。
「わたし、レーニじょうとけっこんするの」
「リリエンタール家とは縁を結んでおきたいものですね」
「レーニ嬢は素晴らしいお嬢さんだからね」
両親もふーちゃんの願いに反対はしていないようだった。
婚約式が終わった後に、ハインリヒ殿下はクリスタちゃんの手を引いて部屋まで送ってくれた。エクムント様もわたくしの手を引いて部屋まで送ってくれた。
「ハインリヒ殿下、わたくし、今日は本当に幸せです」
「私も幸せです。クリスタ嬢のことを想っています」
「わたくしもお慕いしています」
仲睦まじい二人を見ていると、エクムント様がわたくしを見下ろして微笑んでいる。
「エリザベート嬢、よい夢を」
「エクムント様も」
年の差があるのでハインリヒ殿下とクリスタちゃんのように甘い雰囲気にはなれなかったが、エクムント様にお声掛けしてもらえたことは純粋に嬉しい。
繋いだ手を離すのが寂しかったが、わたくしは部屋に入ってドアを開けて、エクムント様が見えなくなるまで見送っていた。クリスタちゃんも隣りに立って、ハインリヒ殿下が見えなくなるまで見送っていた。
両親とふーちゃんとまーちゃんは翌日にはディッペル公爵領に帰るのだが、わたくしとクリスタちゃんは学園の寮に行くことになる。クリスタちゃんは学園の入学式があるのだ。
学園の制服は準備してあったし、部屋はわたくしと同室なので何も心配はない。
心配することがあるとすれば、クリスタちゃんにミリヤム・アレンス嬢が近付かないかどうかだけだった。
原作の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では、学園に入学したクリスタちゃんはミリヤム・アレンス嬢と仲良くして、一緒に過ごす。クリスタちゃんの入る寮も、ローゼン寮で、ミリヤム嬢と同じだった。
寮は身分によって入る貴族が決まっている。
運命が変わっているので、クリスタちゃんは子爵令嬢だったころのローゼン寮ではなくて、公爵令嬢としてペオーニエ寮に入る。
ミリヤム嬢はローゼン寮なので近付けないと思うが、何かの拍子に運命が戻ってしまっては困る。
ここまで完璧に運命を変えて来たのだ。
わたくしは今更悪役に戻りたくはなかった。
クリスタちゃんはわたくしの妹として、ペオーニエ寮で同室で暮らすのだ。
原作を彷彿とさせる展開にはなりたくなかったので、ミリヤム嬢の性格はよく分からないが、クリスタちゃんに近付けたくない気持ちはあった。
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