22.お誕生日の準備
ディッペル家に帰ったのは夜遅くなっていたので、ふーちゃんとまーちゃんは眠っていて、クリスタちゃんが起きていてわたくしが食事をするのに、食堂でソファに座ってお茶を飲んでいた。
食べながら話すのはお行儀がよくないと分かっていたが、口の中に物が入っていないときにわたくしはクリスタちゃんに話して聞かせる。
「ハインリヒ殿下はリレーのアンカーで運動会に参加されました。ハインリヒ殿下にバトンが渡されるまでにかなり他の寮との距離があったのですが、ハインリヒ殿下はローゼン寮を抜かして、リーリエ寮とほぼ同時にゴールしました」
「ハインリヒ殿下は勝ったのですか?」
「残念ながら、一瞬の差でリーリエ寮が勝ちました」
「でもほとんど差はなかったのでしょう。すごいですわ、ハインリヒ殿下」
うっとりとしているクリスタちゃんにわたくしも微笑んでしまう。
夕食を食べ終わるとわたくしは疲れてすぐに眠ってしまった。
翌朝はゲオルギーネ嬢から借りたローションのおかげで、肌はヒリヒリしていなかった。鏡を見ると赤みも引いている。
朝食の席に行けばふーちゃんとまーちゃんがわたくしに飛び付いてくる。
「エリザベートおねえさま、かえっていたの?」
「えーおねえたま、おかえりなたい」
「フランツ、マリア、会いたかったですわ」
「わたしもエリザベートおねえさまがいなくてさびしかった」
「えーおねえたま、あいたかった!」
少しの期間だけだが別れていると寂しいものだ。わたくしはふーちゃんとまーちゃんを抱き締めた。
ドレス作りは超特急で行わなければいけなかった。職人さんが何人もお屋敷にやって来て、わたくしを採寸して大急ぎで縫っていく。
紫色の鮮やかなドレスはわたくしの髪の色にもよく合ってとても美しかった。
「お父様、お母様、ヒューゲル伯爵をわたくしのお誕生日にお招きするのはいかがでしょう」
辺境伯領の貴族は中央のパーティーにはほとんど招かれない。そのことを嘆いていたヒューゲル伯爵を、わたくしは招待したかった。
「ヒューゲル伯爵は、エクムント様に独立派の名簿を渡しました。わたくしたちのよき味方となってくれると思います」
「エリザベートがそう言うのならばお招きしよう」
「ハシビロコウを密輸した元ヒューゲル侯爵の姪と聞いていますが、エクムント殿の味方となったなら話は別です」
両親も賛成してくれて、わたくしはヒューゲル伯爵をお誕生日にお招きすることができるようになった。
お誕生日の前にはレーニちゃんがディッペル家にやってきた。
ディッペル家に泊まってわたくしのお誕生日のお茶会に出てくれるのだ。
レーニちゃんの来訪にふーちゃんが大喜びしていた。
「レーニじょう、おあいしたかったです。おたんじょうびおめでとうございました。わたし、レーニじょうにおはなをプレゼントしたかったのです。おにわにいっしょにいってくれますか?」
「わたくしにお花をくださるのですか? 嬉しいですわ、フランツ様」
「にわしにおはなをきってくれるようにおねがいします」
「庭へはみんなで参りましょう」
ふーちゃんとまーちゃんとわたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんで庭に出ると、ふーちゃんは庭師に話しかけている。
「レーニじょうにおはなをプレゼントしたいの。おはなをください」
「エリザベートお嬢様もエクムント様にお花を差し上げたいと仰っていました。そのときの花がブルーサルビアです。ブルーサルビアでよろしいですか?」
「ブルーサルビア、いいにおいがして、きれいなおはな!」
ブルーサルビアを切ってもらってふーちゃんは匂いを嗅いで、嬉しそうにレーニちゃんに差し出した。
「レーニじょう、うけとってください」
「ありがとうございます、ふーちゃん」
レーニちゃんとふーちゃんの仲も順調に深まっているようだ。
レーニちゃんにはわたくしは話しておきたいことがあった。
「エクムント様のお誕生日で辺境伯領に行ったときに、ヒューゲル伯爵が挨拶をしてくださったのです。その後でヒューゲル伯爵は内密にエクムント様のところにいらっしゃって、独立派の名簿を渡しました」
「辺境伯領の独立派の名簿がエクムント様の手に渡ったのですか!?」
「エクムント様は独立派を一掃されるおつもりです。辺境伯領から独立派がいなくなるのです」
これはわたくしにとってもとても嬉しいことだった。
独立派がいなくなればエクムント様は危険にさらされることがないし、わたくしも安心して辺境伯領に嫁いでいくことができる。独立派にとっては、中央との強い絆を結ぶディッペル公爵家の娘であるわたくしとエクムント様の婚約は、非常に邪魔なものに違いなかったのだ。
独立派が狙うとすればエクムント様の次にわたくしだ。
この国唯一の公爵家の娘であるわたくしが、辺境伯領で害されて、辺境伯領に嫁がないことになれば、独立派の思うつぼである。
そういうことがないようにエクムント様は手に入れた名簿で独立派を一掃するのだ。
政治犯として独立派は捕らえられて貴族の位を剥奪されて、牢獄に入れられるだろう。エクムント様の政治を横暴だと思うものもいるかもしれないが、オルヒデー帝国と辺境伯領が融和するためにはそれくらいのことはしなければいけなかった。
「お姉様、辺境伯領は安全になるのですね」
「きっと、そうなると思います」
今すぐではないかもしれないが、わたくしが嫁ぐころには辺境伯領は完全にオルヒデー帝国と融和する方向になっているだろう。そうなれば、わたくしも安心して嫁いで行ける。
「エリザベートお姉様は辺境伯領へ、クリスタちゃんは王家へ、二人とも国の重要なポジションにつくのだと思うとわたくしもすごい方とお付き合いができていると思いますわ」
「レーニちゃんは将来はふーちゃんと結婚して、ディッペル公爵夫人ですよ」
「わたくし、全然実感がありませんの。ふーちゃんのことは可愛いと思うのですが、まだ結婚なんて」
八歳で婚約したわたくしは、前世の記憶が朧気にあったから、年齢よりも大人びていたかもしれない。クリスタちゃんは心の準備も、実際の準備もできるように婚約まで時間を設けられている。
レーニちゃんは年齢的にはクリスタちゃんと変わらないが、ふーちゃんが小さいので実感がわかないのは仕方がないかもしれない。
「レーニちゃんとは家族のようにお付き合いしていますわ。それが更に深まるだけでしょう?」
「そう思っていればいいでしょうか、エリザベートお姉様」
「そんなに構えなくていいのだと思います。レーニちゃんは何度もわたくしたちのところにお泊りをしていますし、王都でもご一緒しました。もう家族のようなものですよ」
「そう言っていただけると嬉しいです」
ブルーサルビアの花束を抱いて微笑むレーニちゃんはとても美しかった。
レーニちゃんとわたくしとクリスタちゃんは客間で夫婦用のベッドにぎゅうぎゅうになって三人で寝た。レーニちゃんと過ごす日々は楽しい。
お誕生日用のドレスも出来上がって、わたくしはクリスタちゃんとレーニちゃんの前でドレスのお披露目をした。
床につかない長さのすっきりとしたモダンスタイルのドレスは、わたくしの体に合ってよく馴染む。
「エリザベート様、とても素敵です」
「お姉様、お似合いですわ」
褒められてわたくしも悪い気はしない。
「エリザベート、素晴らしく美しいですよ」
「自慢の娘だね」
両親もわたくしを褒めてくれる。
「エリザベートおねえさま、きれー!」
「えーおねえたま、しゅてき!」
ふーちゃんにもまーちゃんにも褒められて、わたくしはすっかり嬉しくなっていた。
招待状は全部手書きでと決まっているので、大量の招待状を書くのは大変だった。去年までは両親が書いていてくれたのだが、学園に入学する年になったので、自分で書くように言われたのだ。
一通一通心を込めて書くのだが、数が多いのでどうしても字が歪んだり、上手く書けないこともある。
手書きの招待状を送るのがマナーだというのはなくなって欲しいものだが、本は印刷されているが、印刷技術が招待状にまでは及んでいないのでどうしようもない。
ペンを握りすぎて手が痛くなるまでわたくしは招待状を書いた。
わたくしのお誕生日は目前に迫っていた。
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