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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
八章 エリザベートの学園入学
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19.ヒューゲル伯爵の爪

 エクムント様のお誕生日では、わたくしは昼食会から参加した。

 椅子に座る間もないくらいに貴族が押しかけて来て、わたくしとエクムント様は挨拶をする。


「禁止された鳥を密輸した罪で叔父がヒューゲル侯爵を降ろされて、わたくしがヒューゲル伯爵になりました。わたくしは法を破ったり致しません。辺境伯家の味方でもあります」


 美しい女性の当主に挨拶されているエクムント様を見て、わたくしはハシビロコウのコレットを保護した日を思い出していた。ヒューゲル侯爵と言えばハシビロコウを密輸して飼っていた罪で裁かれて、本人は侯爵の座を降ろされて、侯爵家だったのが伯爵家に降格になって、姪が家を継いだのだ。

 美しく若い女性のヒューゲル伯爵に、わたくしは背筋を伸ばす。

 踵の高い靴は履いていないが、わたくしは普通の大人の女性程度の身長はあった。


「ヒューゲル伯爵家が変わって下さったのならば喜ばしいことです」

「叔父のしたことは許されませんが、これからはヒューゲル伯爵家は辺境伯家のために働くと決めています」

「助かります」


 社交辞令だとは分かっている。貴族など表面で何を言っていて、裏ではどんなことを考えているか分からないものなのだ。

 それでも握手をする女性の爪が鮮やかに彩色されていて、わたくしは少し自分の手を引っ込めてしまった。わたくしは口紅を少し塗るくらいでお化粧もほとんどしていないし、爪も染めてはいない。

 エクムント様に年の近い美しい女性を見ると、つい胸がもやもやとしてしまう。


 ヒューゲル伯爵がエクムント様と握手をして席に戻って行った後もたくさんの貴族たちがわたくしとエクムント様とカサンドラ様のついたテーブルにやってきた。エクムント様は社交辞令には社交辞令を返してあしらっていらっしゃるし、わたくしもエクムント様と共に頭を下げ、挨拶をして貴族たちをあしらう。


 少しひとの波が切れて座れそうだと思ったときに、カサンドラ様が声を潜めてエクムント様に囁いていた。


「ヒューゲル伯爵のことだが」

「聞き及んでおります。独立派を集めて集会を行っているとか」

「ここでどれだけ味方だとアピールされようと、信じるなよ?」

「分かっています」


 やはり貴族の言うことは信じられない。わたくしは表情を引き締めた。

 若く美しい女性に嫉妬などしている場合ではなかった。ヒューゲル伯爵は独立派の貴族だった。


「エクムント様、葡萄酒の売り上げが高まっております」

「辺境伯領の葡萄酒は中央でもよく売れている」

「エクムント様の宣伝のおかげですよ」


 にこにこと微笑みながら寄ってきているのは、以前に葡萄酒をエクムント様に売り込んだ貴族だろう。エクムント様は辺境伯領の特産品として葡萄酒を中央に広めていたのだ。


「辺境伯領は日差しがよく当たって葡萄がよく育ちます。この日差しを受けて育った葡萄で作った葡萄酒が格別なのです。ディッペル家にもお送りいたしましょう」

「両親が喜ぶと思います。ありがとうございます」

「ディッペル公爵領でも葡萄酒を広めていただきたいものですね」


 辺境伯領の特産品がディッペル公爵領でも売れるようになれば、辺境伯であるエクムント様にも利益が入ってくる。


「両親によく伝えておきますわ」

「ありがとうございます」


 わたくしはエクムント様のためにもディッペル公爵領で辺境伯領の葡萄酒が売れるように両親に伝えようと思っていた。


 昼食会が終わるとそのままお茶会に雪崩れ込む。

 昼食会の食事は全部手つかずのまま下げられてしまって、わたくしは悲しい気持ちでそれを見送らなければいけなかった。


 昼食会で挨拶はほとんど終えていたので、お茶会では少し息が付けるはずだ。

 エクムント様と一緒にお茶会に参加すると、ガブリエラちゃんが挨拶に来ていた。


「エクムント叔父様、お誕生日おめでとうございます。エリザベート様、わたくしも辺境伯家に泊まっているのですよ」

「ガブリエラ嬢もでしたか」

「今日はお祖父様とお祖母様と一緒にお茶会に参加しております。エリザベート様が参加されると聞いたので、エクムント叔父様にお願いして招待状を送ってもらったのです」


 七歳になっているガブリエラちゃんは喋り方がしっかりしてきている。話していると、クリスタちゃんもわたくしの元に小走りに駆け寄ってくる。


「エクムント様、お誕生日おめでとうございます。ガブリエラ嬢、こんにちは。お姉様、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下がいらっしゃっていますよ」

「エクムント殿、お誕生日おめでとうございます。辺境伯領に久しぶりに来ましたが、少し変わりましたか?」

「辺境伯領では王都では見ない貴族がたくさんいて、ご挨拶を受けましたよ」


 クリスタちゃんの後ろにはハインリヒ殿下とノルベルト殿下が控えていた。


「お越しいただきありがとうございます。辺境伯領は今、過渡期にあります。以前は多かった独立派も、辺境伯家が指針を示してから数を減らして来ています」

「エクムント殿の努力の成果ですね」

「辺境伯家とディッペル家が婚約を結んだからかもしれません」


 暗にわたくしのおかげだと言ってくれるエクムント様に、それだけのはずはないが、そのことも理由の中に入っているのではないかとわたくしは考えてしまう。

 エクムント様とカサンドラ様の頭を悩まし続ける独立派が減ってきているというのに一役買えているのならばわたくしも婚約した甲斐があるというものだ。

 何よりも大好きなエクムント様の役に立てて、エクムント様の隣りに立っていることに意味があると言われているようで嬉しい。


「僕たちも王都から来ることができました」

「辺境伯領は変わっていると思います」

「今回はノルベルト殿下とハインリヒ殿下をご招待できてとても嬉しく思います」


 ノルベルト殿下とハインリヒ殿下に、エクムント様は笑顔で答えている。

 会場はノルベルト殿下とハインリヒ殿下が来られるということでいつも以上に警備を厚くしてあったが、そのおかげでノルベルト殿下もハインリヒ殿下も安全に過ごせている。


「ノルベルト殿下、ハインリヒ殿下、今回の滞在は長いのですか?」

「今日一泊して、明日には帰ります」

「私もノルベルト兄上も学園が始まっていますから」


 もっとノルベルト殿下とハインリヒ殿下に辺境伯領を視察して欲しい気持ちはあったようだが、エクムント様はそれ以上のことは求めなかった。

 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とクリスタちゃんとエクムント様とわたくしとガブリエラちゃんでお茶をする。

 ガブリエラちゃんのために会場の端のテーブルにわたくしたちはついた。


 サンドイッチやケーキをお皿に取って来ていたガブリエラちゃんはフルーツティーを頼んで食べ始める。

 昼食を食べられなかったのでお腹が空いていたわたくしもフルーツティーを頼んでサンドイッチやケーキを食べ始めた。

 晩餐会も昼食会と同じくほとんど食べることはできないだろうとわたくしは予測していた。


「エリザベート嬢にもクリスタ嬢にもノエル殿下にも、紫色の布を贈りましょう。エリザベート嬢にはその布でお誕生日のドレスを誂えて欲しいものです」


 紫色の布は辺境伯領の特産品だった。

 絹を紫色の美しい染料で染めたものは、わたくしも昨年もらっていたが、体が大きくなってしまったので今年は着られなくなってしまった。


「わたくしが辺境伯領の宣伝をするのですね」

「エリザベート嬢が着れば、社交界であの布はどこで手に入れたものかすぐに広まるでしょう」


 ディッペル家の娘としてわたくしは流行を引っ張っていく役目もあると思っている。

 エクムント様の役に立てるのならば紫色の布も使いたいし、紫はわたくしの髪によく合うのでいただくのが楽しみだった。


 お誕生日には爪に塗るマニキュアも手に入れたい。

 わたくしの脳裏にはまだエクムント様と握手をしたヒューゲル伯爵の白い手と彩色された鮮やかな爪が鮮明に残っていた。

 母にお願いすればマニキュアを買ってくれるだろうか。


 母もあまり爪は彩色しない方なので、ディッペル家にマニキュアはないが、わたくしがお誕生日に欲しいと言えば買ってくれるかもしれない。

 わたくしは少しでも早く大人になりたかった。

読んでいただきありがとうございました。

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