13.式典の終わり
お茶の時間にゆっくりとクリスタちゃんとハインリヒ殿下とお話をしたかったけれど、ハインリヒ殿下は主賓で、クリスタちゃんはハインリヒ殿下と婚約をすることが宣言されたばかりだった。
すぐに席を立たなくてはいけなくなってゆっくり話ができない。
「お姉様、必ずお話を聞いてくださいね」
「もちろんです、クリスタ。行ってらっしゃい」
挨拶に駆り出されるクリスタちゃんを見送ってわたくしはクリスタちゃんが残していったお皿とティーカップを見てため息をついた。お皿に上のサンドイッチもケーキも手つかずで残っているし、お茶も全然減っていない。
エクムント様の婚約者として公の場に出るようになって、わたくしは食事に手を付ける時間がなく、お皿を下げられてしまうのを経験している。
クリスタちゃんは今日は昼食会で同じ経験をしただろうし、晩餐会でも同じ経験をするのだろう。
わたくしの場合はエクムント様が気付いてくれて部屋にサンドイッチを用意してくれていたので何とか空腹のまま眠らずに済んだが、ハインリヒ殿下はまだわたくしと変わらない年でそこまで気遣いができるとは思わない。
お茶会が終わって部屋に戻るとわたくしはまだお茶の時間のサンドイッチやケーキに手を付けていなかったふーちゃんとまーちゃんにお願いしていた。
「フランツ、マリア、サンドイッチもケーキもたくさんあるでしょう?」
「わたし、エリザベートおねえさまとレーニじょうといっしょならたべるよ」
「わたくちも、たべう」
「少しだけクリスタに残しておいてあげてくれませんか?」
「クリスタおねえさま、おなかがすいているの?」
「くーおねえたま、たべちゃいの?」
「クリスタはパーティーの主賓のハインリヒ殿下の婚約者になることが決まったので、ご挨拶で食べるどころではないと思うのです。クリスタがお腹を空かせて部屋に帰ってくるのは可哀想ですわ」
わたくしがふーちゃんとまーちゃんと交渉していると、両親がそれに気付いて声をかけてくれる。
「フランツとマリアは自由に食べていいですよ。クリスタの分は夕食の際にとって置けるものを頼みましょう」
「エリザベートはクリスタのことまで考えて偉いね」
褒められてしまったが、わたくしは自分の経験から口に出しただけで、本当に優しいのは最初に何も言わずともわたくしが部屋に戻るとサンドイッチを用意してくれていたエクムント様だと分かっていた。
休憩をクリスタちゃんは取ることもできず、両親は休憩を取った後に晩餐会に出かけて、わたくしとレーニ嬢とふーちゃんとまーちゃんだけになった。四人で夕食を一緒に食べていると、美味しいのだが、こんな美味しいものをクリスタちゃんは目の前に出されているのに、食べることができないなんてものすごくつらいだろうと思ってしまう。
お茶の時間もお茶が一口飲めたかどうかくらいで、ケーキやサンドイッチには手つかずだった。
「クリスタちゃんはお腹を空かせているかもしれませんね」
「ディッペル公爵夫妻が食べられるものを用意してもらうと言っていましたが、それまでずっと食べられないのはつらいですね」
ハインリヒ殿下やノルベルト殿下はもっと小さい頃からそういうお誕生日を過ごしてきたのだ。お誕生日の式典は祝ってもらえて嬉しいだけのものではなかった。
食べる手が止まったわたくしとレーニちゃんにふーちゃんとまーちゃんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「エリザベートおねえさま、レーニじょう、おなかがいたいのですか?」
「いいえ、クリスタちゃんのことを考えると食べ物が喉を通らなくなってしまって」
「くーおねえたま、ちゅらいの?」
「クリスタちゃんは今、我慢を強いられているかもしれません」
美味しそうな料理を食べることができずにお皿を下げられてしまうこと以上に悲しいことなどあるだろうか。わたくしは残すわけにはいかなかったのでお皿の上の料理を食べてしまった。
ふーちゃんもまーちゃんもヘルマンさんとレギーナに手伝われて一生懸命食べている。
食事が終わると順番にお風呂に入って眠る準備をする。
わたくしはクリスタちゃんが戻って来るまで起きているつもりだったが、ディッペル家の家族は早起きなので夜も早く眠くなってしまう。
欠伸を噛み殺していると、レーニちゃんも必死に起きているようだった。
ふーちゃんとまーちゃんは眠ってしまって静かになった部屋の中で、眠らないように静かに歩いたり、体を動かしたりしていると、クリスタちゃんと両親が戻ってくる。
クリスタちゃんはとても疲れた顔をしていた。
「お料理が!」
「食べられないままに下げられたのですね……」
「お姉様、分かってくださいますか!? あんなに美味しそうなのに、わたくし一口も食べられなかったのです」
悔しそうなクリスタちゃんをソファに座らせる。ソファのテーブルには軽食が用意されていた。
「お姉様、これは?」
「お父様とお母様がクリスタのために用意してもらった食事です。お腹が減っているでしょう?」
「ありがとうございます、お父様、お母様!」
クリスタちゃんは軽食を手に取り食べていく。その勢いが若干速くても、それだけクリスタちゃんがお腹が空いていたのだと思えば仕方のないことだった。
「お疲れさまでした、クリスタ様」
「レーニ嬢、今日は本当に大変でしたわ」
食べ終わったクリスタちゃんがお風呂に入ってベッドに入るのと一緒に、わたくしとレーニちゃんもベッドに入って眠った。
翌朝はクリスタちゃんもわたくしもレーニちゃんもゆっくりと起きた。
ふーちゃんとまーちゃんは朝食の前にお散歩に行ってきたようだが、両親はわたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんを起こさずに置いてくれたようだ。
着替えて朝食を食べると、クリスタちゃんが話す。
「昼食会では国王陛下が『来春、クリスタ・ディッペルを息子のハインリヒの婚約者とする』と正式に宣言なさったのです。それで、わたくしとハインリヒ殿下は一緒に祝われて、ご挨拶に来て下さる貴族や王族の方の対応に追われました」
「昼食は食べられなかったのですね」
「そうなのです……。デザートの透明なフルーツの入ったゼリーだけでも食べたかったです。その後のお茶会でもご挨拶に来る方々の対応に追われて、晩餐会でも……」
「ハインリヒ殿下のお誕生日は毎年こうなるかもしれませんね」
「せめてお姉様とレーニ嬢が参加してくださればよかったですわ」
弱音を吐くクリスタちゃんにわたくしは両親の顔を見る。
「来年はわたくしも参加することはできないでしょうか?」
「来年はエリザベートも十三歳。八歳のときから婚約をしていますし、少し早いですが社交界にデビューしてもいいかもしれませんね」
「エリザベートならば礼儀作法は出来上がっているだろうから、国王陛下も反対なさらないだろう」
「国王陛下と王妃殿下に相談してみましょうね」
クリスタちゃんを一人にはさせない。
クリスタちゃんの姉として、わたくしはクリスタちゃんと共に昼食会から晩餐会まで出ることを決意していた。
「今年は母が出産したばかりなので、わたくしのお誕生日は家で家族だけで祝います。来年のお誕生日にはぜひいらしてくださいね」
「はい、レーニ嬢」
「お誘いありがとうございます」
「今回はノルベルト殿下とハインリヒ殿下のお誕生日の式典をディッペル家とご一緒できて大変光栄でした。ありがとうございました」
朝食が終わればレーニちゃんはリリエンタール領に戻って、クリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんと両親はディッペル領に帰る。わたくしは王都の学園の寮に戻るのだから全員別々になってしまう。
丁寧にお礼を言うレーニちゃんに両親は立ち上がってお辞儀をしている。
「こちらこそ、レーニ嬢がご一緒で楽しかったですわ」
「フランツも大好きなレーニ嬢と一緒でご機嫌だったし、楽しかったですよ。ありがとうございました」
「リリエンタール侯爵によろしくお伝えください」
「はい、両親からもディッペル公爵夫妻にお礼を申し上げるように言っておきます」
やはりレーニちゃんも侯爵家で礼儀作法を習っているだけはある。きちんと挨拶ができていた。
「レーニじょう、おたんじょうびにはおてがみをかきます」
「楽しみにしていますわ、フランツ様」
レーニちゃんの手を握って水色の目を輝かせるふーちゃんに、レーニちゃんは穏やかに微笑んでいた。
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