11.まーちゃん、三歳
エクムント様とのデートを終えて王宮に帰ると部屋で遅い昼食を取った。パンを千切って食べていると、クリスタちゃんとレーニちゃんが興味津々の目で見て来る。
「お姉様、エクムント様とのお出かけはどうでしたの?」
「どこに行きましたか?」
問いかけられてわたくしはパンを咀嚼して飲み込んで答える。
「王立図書館と王立植物園に行きました。図書館には見たこともない文献があって、植物園では初夏の白薔薇が満開でしたわ」
「デートだったのでしょう? どうでしたか?」
「わたくし、髪の色や目の色が目立つのですね。貴族の中で暮らしていたので気付いていませんでした。わたくしの目の色や髪の色をじろじろ見られたのですが、さり気なくエクムント様が来て下さって、自分に注目を集めて守ってくださいました」
あれは本当に格好よかった。
心細くなっていたわたくしの横に寄り添って、長身で褐色の肌の自分に視線が向くようにしてくれたのだ。王都では辺境伯領から来るものは少なく、褐色の肌はとても目立つ。
じろじろと無遠慮に見られるのはエクムント様も気持ちがいいはずがないのに、それをわたくしのために甘んじて受けてくださった。その優しさがわたくしには何よりも嬉しいものだった。
エクムント様に守られた話をしているとクリスタちゃんもレーニちゃんも羨ましそうにしている。
「ハインリヒ殿下もわたくしを守って下さるでしょうか」
「フランツ様がわたくしを守ってくださいましたわ。ラルフ殿に声をかけられたときに、凛々しく登場してわたくしに声をかけないように言ってくださいました」
クリスタちゃんはまだハインリヒ殿下に守られたことはないようだが、レーニちゃんはふーちゃんに守られたことがある。レーニちゃんがその話をすると、食事をしていたふーちゃんが顔を上げて誇らしげに胸を張る。その口の周りがスープで汚れているのを、ヘルマンさんがそっと拭き取っていた。
昼食が終わるとふーちゃんはもうお昼寝をしなくなったが、まーちゃんは眠くなって眠ってしまう。眠ったまーちゃんを起こさないようにわたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんとふーちゃんは本を読んで静かに過ごした。
ふーちゃんは自分で絵本を広げて文字を指差して一生懸命読んでいる。
「と、っきゅう、れ、っしゃ」
「フランツ、あっていますわ。いつの間に字を覚えたのですか」
「エリザベートおねえさま、いっぱいえほんをよんでくれる。わたし、えほんをききながら、じをみておぼえたの」
「自分で覚えたなんてフランツすごいですわ」
わたくしとクリスタちゃんに絶賛されてふーちゃんは誇らし気な顔で鼻の穴を広げていた。元々詩を読んだり、列車の名前を詳しく覚えていたり、とても賢いとは思っていたが、ふーちゃんは四歳で自分で字を覚えるくらいの頭のよさがあった。
両親もふーちゃんの能力に驚いていた。
「フランツもリップマン先生の授業を受けられるようにしましょう」
「興味を持っているときに勉強をさせてあげたい。文字を覚える練習をリップマン先生に頼もう」
ディッペル領に帰ったらふーちゃんはリップマン先生の授業が始まりそうだった。
お昼寝をしていたまーちゃんが起きて来て、着替えをすると、わたくしたちも着替えをして国王陛下の御一家とのお茶会に出かけた。
国王陛下は庭のサンルームにわたくしたちを招いてくださっていた。
サンルームではユリアーナ殿下が元気に駆け回っていて、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下が鬼ごっこに付き合わされている。ハインリヒ殿下やノルベルト殿下に捕まると、ユリアーナ殿下は「きゃー!」と高い声を上げて喜んで笑っていた。
エクムント様もお茶会に招かれて来ていたし、レーニ嬢も形式ばりすぎない服装で参加していた。
「ユストゥス、今はそう呼んでいいだろう?」
「もちろんです、ベルノルト陛下」
「ユストゥスの愛娘のマリアのお誕生日だ。ケーキを用意しているよ」
「わたくちのけーち!? こくおうへーか、ありがとうごじゃいまつ」
「お礼が言えて偉いな、マリア」
「おめでとうございます、マリア嬢」
国王陛下と王妃殿下にお祝いされてまーちゃんはもじもじとしていたが、はっきりとお礼を言って頭を下げた。
これでまーちゃんも三歳になったのだと実感がわく。
「ユリアーナ殿下も大きくなられましたね」
「テレーゼ夫人とお呼びしていいですね? テレーゼ夫人、ユリアーナも秋には三歳になります」
「元気にお育ちのようで何よりです」
王妃殿下と母も仲良く話をしている。
わたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんとハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下は同じテーブルで、国王陛下と王妃殿下と両親とエクムント様は同じテーブルに着いた。ユリアーナ殿下とふーちゃんとまーちゃんは国王陛下と両親と同じテーブルだ。
大人は大人同士、子どもは子ども同士でお茶をするようにということなのだろう。
ふーちゃんはレーニちゃんを見て一緒に座りたそうにしていたが、両親と同じテーブルに招かれて不承不承椅子に座っていた。
わたくしはエクムント様と同じテーブルではないのが少し残念だったが、エクムント様も大人なので大人同士で話したいこともあるだろうと諦めるしかなかった。
「ディッペル家のサンルームにはハシビロコウやオウムがいましたね」
「あれは冬の間だけなのですよ。暖かくなってくると、庭に連れ出します」
「逃げたりしないのですか?」
「本来は保護したときにハシビロコウは野生に返そうと思っていたのですが、羽根を切られて飛べないようにされていたのです。羽根を切られているので、羽ばたきはできますが、ハシビロコウは飛べないので逃げられません」
わたくしが説明するとハインリヒ殿下もノルベルト殿下も納得して頷いている。
「違法に鳥を密輸してきたうえ、羽根を切るだなんて酷いですわ」
「野生に返れない分もディッペル家で可愛がることにしたのです」
ノエル殿下も国の法律で禁じられているハシビロコウを国に持ち込んで飼っていた侯爵への怒りが滲み出ていた。怖い顔をしているが我が家のハシビロコウのコレットが大人しく可愛いことを知っているからだろう。
「ハインリヒ殿下やノルベルト殿下、ノエル殿下はペットを飼ったことはないのですか? わたくしは弟が生まれたばかりでペットどころではないのですが」
レーニちゃんの問いかけにノルベルト殿下がハインリヒ殿下の方を見る。
「ディッペル家でハシビロコウを見せていただいた後、ハインリヒはハシビロコウを飼いたい、ハシビロコウは格好いいと大変だったのですよ」
「ノルベルト兄上、言わないでください。自分でも国民の手本とならなければいけない身なので、密輸した鳥を飼うことはできないと分かっていましたよ。願望として言っただけです」
顔を赤くしているハインリヒ殿下にクリスタちゃんがくすくすと笑っている。
「ハシビロコウが気に入ったのでしたら、いつでも見に来てくださいませ」
「クリスタ嬢……。そうですね、クリスタ嬢とは私は結婚を誓い合う仲になるのですから、ディッペル家も実家のようなものですよね」
「そうですわ。ハシビロコウのコレットも、ハインリヒ殿下のペットのようなものです」
クリスタちゃんに言われてハインリヒ殿下は気を取り直している。レーニちゃんとエクムント様がいるのだが、明日発表されることをそこまで隠さなくていいとハインリヒ殿下も判断されたのだろう。レーニちゃんもエクムント様も口が軽いわけではない。
本当にクリスタちゃんとハインリヒ殿下の婚約が来年の春に行われることが発表されるのだと実感がわいてくる会話だった。
大きな丸いケーキが運ばれて来る。
ケーキの上にはぎっしりと半分に切って種を取ったさくらんぼが並んでいた。
赤く艶々としたさくらんぼは見ているだけでとても美味しそうだ。
「くーおねえたま、おうたをうたって!」
まーちゃんが隣りのテーブルからクリスタちゃんを呼んでいる。
クリスタちゃんが視線で両親に問いかけると、両親は頷いている。
椅子から立ち上がったクリスタちゃんが大きく息を吸った。
誕生日の歌がクリスタちゃんの唇から奏でられる。
高く澄んだクリスタちゃんの声はとても美しい。
「クリスタ嬢の歌は本当に上手ですね」
「素晴らしい声を持っている」
王妃殿下も国王陛下もクリスタちゃんを手放しで褒めていた。
誕生日の歌が終わると、クリスタちゃんは一礼をして椅子に戻る。
ケーキが切られて、それぞれのお皿に振舞われた。
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