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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
一章 クリスタ嬢との出会い
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22.クリスタ嬢のお客様

 クリスタ嬢のお誕生日の朝、クリスタ嬢の部屋の空っぽだった本棚に絵本や童話が運び込まれて、一段がぎっしりと本で詰まった。朝の支度をしながらクリスタ嬢は本が気になって仕方がない様子だった。繋がっている窓からクリスタ嬢の声が聞こえる。


「おねえさま、すごいの! ほんがいっぱいよ!」

「後で見せてくださいね」

「はやくおねえさまによんでほしいわ」

「自分でも読めるのではないですか?」

「おねえさまによんでほしいの」


 自分で読めるようになっても、本を読んでもらうのは嬉しいようでクリスタ嬢はわたくしに読んでもらうことを望んでいた。

 髪の毛を整えてハーフアップにしてもらうと、マルレーンがわたくしの髪に薔薇の造花の髪飾りを着ける。


「いいんですか?」

「今日は特別だと伺っています。クリスタお嬢様のお誕生日にお客様が来られるそうです」

「お客様? 誰かしら」


 お客様と言われて一番に思い浮かんだのはハインリヒ殿下だった。ハインリヒ殿下はクリスタ嬢を気にしていて、将来は婚約者になるので、お誕生日のお祝いに来たがってもおかしくはない。


 クリスタ嬢が部屋から出てくると、三つ編みにした髪に薔薇の造花の髪飾りを着けていた。三つ編みが揺れるたびに薔薇の造花も揺れて、クリスタ嬢は鼻歌を歌いながら階段を降りていく。

 楽しい誕生日の始まりだ。


 朝食はいつも通りに両親と食べて、部屋に戻ってクリスタ嬢の部屋に招かれて本棚を見せてもらう。

 わたくしの持っている本と違う絵本や児童書が並んでいて、わたくしも読みたくなって手を伸ばしそうになってしまった。


「クリスタ嬢、見せてもらってもいいですか?」

「おねえさま、どれをよんでくれるの?」


 クリスタ嬢のものなのだから許可を取らなければ触ってはいけないと思っていたのに、クリスタ嬢は当然わたくしが読んでくれるものと思っていた。

 絵本を取り出して読み始めると、わたくしも本が大好きなので絵本の物語の中に入り込んでしまう。


 病気のお祖母さんの家にお見舞いに行った娘が、狼に騙されて食べられてしまうが、猟師に助けられる絵本は、前世では読んだことがあったが、今世では初めてだった。


「おばあさんにばけているオオカミに、おんなのこはどうしてきづかないのかしら」

「それは物語だからだと思いますよ」

「オオカミのおなかのなかから、おばあさんとおんなのこがたすけられるのも、ふしぎだわ」


 クリスタ嬢の素朴な疑問にわたくしは上手に答えられなかった。


「エリザベートお嬢様、クリスタお嬢様、よろしいですか?」

「エクムント、どうぞ」

「いらっしゃいませ、エクムントさま」


 部屋に訪ねて来たエクムントは普段の騎士の服装ではなくて、腰に剣も下げていない。今日は非番のようだった。

 エクムント様の両手にはたくさんの白い薔薇の花が抱かれていた。


「クリスタお嬢様、お誕生日おめでとうございます。この花は私からの心ばかりのプレゼントです。エリザベートお嬢様と分けてお部屋に飾ってください」

「とても綺麗なバラ!」

「ありがとうございます、エクムントさま」


 真っ白な薔薇の花を受け取ってわたくしとクリスタ嬢はその薔薇が棘を全部取ってあることに気付く。エクムント様の手が若干傷付いているような気がするのは、薔薇の棘を取ったからだろう。


「わたくしまでいいんですか?」

「クリスタお嬢様はエリザベートお嬢様とお揃いがお好きですから、同じ花を部屋に飾った方が喜ばれるのではないかと思ったのです」

「おねえさまとおそろいだいすき! エクムントさま、ありがとう!」


 飛び跳ねて喜んでいるクリスタ嬢に、デボラとマルレーンがエクムント様から白い薔薇の花を受け取って花瓶に飾ってくれていた。


「今日はこれから実家に行ってまいります。クリスタお嬢様、いいお誕生日をお過ごしください」

「はい、エクムントさま」


 非番の日なのにわざわざクリスタ嬢のお誕生日のために白い薔薇を用意して、わたくしとクリスタ嬢にくださったエクムント様。その優しさにわたくしは胸がドキドキする。

 エクムント様は今はわたくしのことは妹のようにしか思っていないかもしれないが、いつかは振り向かせて見せる。エクムント様も非番の日にデートをするような相手はいないようだから安心だ。

 エクムント様を見送ってもう一度本を読もうとしていると、部屋にお客様が来た。

 わたくしの予想通りにハインリヒ殿下とノルベルト殿下だった。

 ハインリヒ殿下は腕にブーケを抱えて、ノルベルト殿下が白い箱を二つ持っている。


「パーティーではおとうとのハインリヒがしつれいをいたしました。ほんにんにもよくいいきかせています。あやまりたいといっているので、きいてやってください」


 頭を下げるノルベルト殿下をわたくしが部屋に招こうとすると、ハインリヒ殿下の姿を見たクリスタ嬢がカーテンの影に隠れてしまった。


「クリスタ嬢、ノルベルト殿下とハインリヒ殿下が来ましたよ」

「いやー! わたくしのかみかざりとった! かみのけ、ほどいた!」


 謝罪に来ているハインリヒ殿下にクリスタ嬢は会う気はないようだ。

 最初に無礼を働いたのはハインリヒ殿下なのだから、身分を笠に着てクリスタ嬢を引きずり出して無理矢理謝罪するわけにもいかない。

 ブーケを持ったまま突っ立っているハインリヒ殿下に、ノルベルト殿下がぽんっと肩を叩く。


「ちいさなおんなのこにいじわるをしたハインリヒがわるいよ」

「でも、あやまりたいんだ」

「あやまるというのは、あいてがゆるすきがないと、ただのじこまんぞくになってしまうよ」

「わたしは、そんなつもりじゃなくて……」

「ハインリヒ、こんかいはあきらめよう」


 いくらハインリヒ殿下が王家の出身でも、クリスタ嬢にしたことをクリスタ嬢以外の相手が取りなして許させても、それがクリスタ嬢の本心でなければどうしようもない。

 わたくしは無理やりにクリスタ嬢をハインリヒ殿下の前に出すつもりはなかった。むしろ、ハインリヒ殿下にはきっちりと今回のことで反省をして欲しかった。


「エリザベートじょう、このはなをクリスタじょうにわたしてくれませんか?」

「クリスタ嬢が受け取るか分かりませんがお預かりしましょう」

「こちらは、おわびのしなと、おたんじょうびプレゼントです」

「中身は何ですか?」

「エリザベートじょうとクリスタじょうのおそろいのかみかざりです」

「そちらも受け取るか分かりませんが、お預かりしましょう」


 ハインリヒ殿下からブーケを、ノルベルト殿下から髪飾りの入った箱二つを受け取って、わたくしはハインリヒ殿下とノルベルト殿下にお帰り願った。

 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下が帰ると、クリスタ嬢はカーテンの影から出て来てくれた。


「このお花は、ハインリヒ殿下からのお詫びの品だそうです」

「おわびのしなって、どういうこと?」

「ごめんなさいを伝えるために用意したお花だということです」

「いらない! わたくしのおへや、エクムントさまのおはながかざってあるもの」


 残念ながらクリスタ嬢はハインリヒ殿下のブーケは受け取らなかった。美しく整えられてリボンで纏められたブーケは、お屋敷の廊下にでも飾ってもらうことにして、わたくしは続いて白い箱を二つクリスタ嬢に見せた。


「これはお誕生日プレゼントだそうです」

「なぁに?」

「髪飾りだと言っていましたが、中身を確認しますか?」

「みるだけよ?」


 箱にかかったリボンを解いて中身を見ると、薄ピンクの牡丹の造花の髪飾りと、薄紫の牡丹の造花の髪飾りが入っていた。

 ふんわりとした花びらと艶々とした針金の入った葉っぱの見事な作りにわたくしは見惚れてしまう。これは王家の専属の職人が作ったものに違いない。


「きれい……」

「これはもらっておきますか?」

「いらない」

「え? いらないのですか?」

「おねえさまとおそろいのバラのかみかざりがあるもの」


 誕生日お祝いで、クリスタ嬢も綺麗だと感嘆のため息をついていたのでこれは受け取るかと思っていたが、クリスタ嬢はあっさりと牡丹の造花の髪飾りもいらないと一蹴してしまった。


「いつか使いたくなるかもしれません。デボラとマルレーンに保管してもらっておきましょうね」

「つかいたくならないわ。おねえさまとおそろいのバラがあるもの」

「バラの髪飾りもずっと使っていれば、古くなってきます。そのときに替えがあった方がいいでしょう?」

「そのときには、あたらしくおねえさまとおそろいをつくってもらうわ」

「これもお揃いですよ?」

「おそろい……それなら、もっておくだけならいいわ」


 説得してやっとクリスタ嬢は牡丹の造花の髪飾りを保管しておくことに納得してくれた。

 これはハインリヒ殿下の恋が前途多難になったのを示しているようでわたくしは不安になる。このままではクリスタ嬢はハインリヒ殿下と婚約しないかもしれない。


「おねえさま、えほんのつづきをよんで」


 クリスタ嬢にお願いされて、わたくしは絵本の続きを読み始めた。

読んでいただきありがとうございました。

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