9.エクムント様からのデートのお誘い
将来この国の大公となるノルベルト殿下と、皇太子のハインリヒ殿下、隣国の王女のノエル殿下に、辺境伯のエクムント様、わたくしとクリスタちゃんはこの国唯一の公爵家の娘と豪華なメンバーに周囲は気圧されて声をかけて来ることもない。
レーニちゃんだけは侯爵家の令嬢だが、それでもリリエンタール侯爵家はかなり大きな侯爵家なので王族と辺境伯と公爵の娘の集まりに混ざっていてもおかしくはない。
「ハインリヒ殿下とクリスタ様のお似合いなこと」
「きっとハインリヒ殿下とクリスタ様は……」
ひそひそと噂話になるくらいにはハインリヒ殿下とクリスタちゃんのことも察せられているのだろう。
お茶をしているとノルベルト殿下がエクムント様に聞いていた。
「将来僕は大公として領地を治めることになるでしょう。実際に領地を治めているエクムント殿はどのようなことが気にかかっていますか?」
「辺境伯領は独立派がまだ根強く残っています。独立派を納得させる政治をしなければいけないということはいつも気にかけています」
「僕はどの領地を与えられるのでしょう?」
「バーデン家が解体されて、親戚を伯爵家としたときに領地を国王陛下に返却しているはずです。その領地を与えられるのではないかと言われていますよ」
「バーデン家の領地ですか。豊かな場所だとは聞いていますが具体的にはどのような場所か不勉強ですね」
十三歳のノルベルト殿下と二十三歳のエクムント様が真剣に話し合っている様子を見て、わたくしはエクムント様は本当に優しくて誰の心にも寄り添ってくださる方なのだと感動する。
その優しさがわたくし一人に向けばいいなんて思ってしまうのは、贅沢なことなのかもしれない。
「ノルベルト兄上が豊かな領地を手に入れるのは素晴らしいことです。ノエル殿下と共に領地を治めていくのでしょう?」
「もちろんです。ノエル殿下は僕の最愛の大事な方です」
血管の透けるような薄い色の頬を染めて微笑むノルベルト殿下に、ノエル殿下も頬を押さえてうっとりとしている。政略結婚だがノルベルト殿下とノエル殿下は間違いなく両想いだと分かる瞬間だった。
「エクムント殿、僕はノエル殿下に愛の詩を捧げられているのですが、お礼に詩を返すことができません。エクムント殿は詩についてどうお考えですか?」
「私は不器用な軍人なので、芸術を解する心がないのです。詩は読めませんね」
「エリザベート嬢はノエル殿下のお茶会で、ハイクという五文字、七文字、五文字で構成される短い詩を読まれたのですよ。余韻があって素敵な詩でした」
「わたくし、一言一句覚えていますわ。『春雨に、濡れるテラスに、物思い』です。素敵な詩だと思いませんか?」
わたくしの詩を紹介されてしまった。
恥ずかしくて頬を押さえていると、エクムント様がわたくしを見る。
「テラスを見て誰を思っていたのか気になりますね」
「その気になるところが素晴らしい詩なのです。疑問があるからこそ、想像の余地がある」
「私だったらよいのですが」
「エクムント様!?」
ぽつりと零れた言葉にわたくしは声を上げてしまっていた。ノエル殿下の絶賛よりもエクムント様の小さな呟きの方がずっと気になる。
「わ、わたくし、色んなことを考えてその詩を読んだのです。実家に残して来た弟妹のこと……それに、エクムント様のことも……」
「私のことも思ってくれていたのですね。とても嬉しいです。ハイクとは初めて聞きましたが、エリザベート嬢は素晴らしい詩をお読みになる」
「ノエル殿下のお茶会では詩の朗読が流行っていたので、わたくしも詩を読めないかと調べてみたのです。そうしたら、東方では俳句といって、季節の言葉を入れて五文字、七文字、五文字の十七文字で作る詩があると知りました」
「季節の言葉……その詩は『春雨』ですね」
「そうなのです」
エクムント様と会話が弾んでしまってわたくしは嬉しくなる。にこにことしていると、エクムント様がわたくしの手を握った。
「王都の町を見たことはありますか?」
「いいえ。馬車の中から街並みを見ることはありますが、外出したことはありません」
「よろしければ、明日の一日の休みに、一緒に町に出てみませんか?」
これはデートのお誘いではないだろうか。
明日はお茶の時間に国王陛下一家にお誘いされるかもしれないが、それまでの時間は自由になる。
それまでの時間だったら、わたくしは是非エクムント様と出かけたかった。
「護衛はいますし、私も士官学校を出ています。危険なことはないと思います」
「両親と相談させてくださいませ。夜までにはお返事ができると思います」
「分かりました。お待ちしております」
まさかエクムント様からデートのお誘いを受けるとは思わなくてわたくしは椅子から飛び上がりそうなくらい驚いていた。エクムント様はいつも通りに穏やかに微笑んでいるが、触れた手が熱かった気がする。
「お姉様、エクムント様に誘われたのですね。羨ましいです」
「クリスタ嬢は私と庭を散歩しませんか?」
「よろしいのですか、ハインリヒ殿下!?」
ハインリヒ殿下は王宮から出ることは無理だが庭を散歩するという提案にクリスタちゃんの目が輝く。城下町歩きではなくても、庭の散歩でも思い合っている二人ならば十分に楽しいだろう。
「エリザベート嬢もクリスタ嬢も、ハインリヒも、お茶の時間までには帰って来てくださいね。父上は今年もディッペル家をお誘いするでしょうからね」
「もちろん心得ていますわ」
「マリアのお誕生日を祝ってくださるのですよね」
「クリスタ嬢を独り占めしませんよ。したいですけど」
「ハインリヒ殿下ったら!」
ハインリヒ殿下の言葉にクリスタちゃんが頬を薔薇色に染めて笑っている。ハインリヒ殿下も同じく笑っていて、和やかにお茶会は終わりそうだった。
「わたくし、フランツ様とお庭をお散歩していいでしょうか?」
「レーニ嬢、フランツを誘ってくださるのですか?」
「フランツ様は可愛いですし、わたくしを好きと言ってくださいます。エリザベート様とクリスタ様がわたくしは羨ましくなってしまったのですわ」
四歳のふーちゃんとだったら、お散歩は完全にレーニちゃんが面倒を見る形になるが、レーニちゃんも弟を持つ姉である。ふーちゃんも四歳になって物分かりがよくなって来たし、元々とても賢い子なので迷惑はかけないだろう。
ふーちゃんとお散歩に行きたいというレーニちゃんにわたくしもクリスタちゃんも身を乗り出す。
「フランツは大喜びだと思いますよ」
「ヘルマンさんを一緒に連れて行けば、困ったことがあればいつでも言えばいいですよ」
両親はきっと許してくれると思って、わたくしもクリスタちゃんもレーニちゃんに返事をしていた。
お茶会が終わって部屋に戻ると、わたくしは一度部屋に戻ってきていた両親に確認する。
「明日、エクムント様から城下町を見て回らないかとお誘いを受けました。お茶の時間には必ず戻るので、行ってきてもいいでしょうか?」
「婚約者としてエクムント殿と友好を深めるのはいいことだと思うよ」
「お茶の時間には国王陛下の御一家に誘われているので、戻ってくるのですよ」
「はい。エクムント様にもお伝えしておきます」
わたくしが答えると、クリスタちゃんが手を上げて発言する。
「国王陛下のご一家とのお茶会にエクムント様とレーニ嬢も来ていただくのはどうでしょう? レーニ嬢は今年はわたくしたちディッペル家に預けられているのですし、エクムント様はお姉様の婚約者です」
「国王陛下にエクムント殿とレーニ嬢もお招きしていいか聞いてみよう」
「マリアもお誕生日はみんなで祝う方が喜ぶと思うのです」
「そうですね。レーニ嬢が一緒だとフランツも喜びますし、エクムント殿にはエリザベートと出かけてくれたお礼をしなければいけませんね」
国王陛下のご一家とのお茶会も今年は賑やかなものになりそうだ。
わたくしはそのことを楽しみにしていた。
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