3.実家に帰る
お茶会に参加するのも貴族の嗜みの一つである。
わたくしはガブリエラちゃんのお誕生日のお茶会に招かれていた。
週末に届け出を出してディッペル公爵領に帰るわたくしをゲオルギーネ嬢は見送って下さった。
「気を付けていってらっしゃいませ。わたくしは寮でお帰りをお待ちしておりますわ」
「行ってまいります、ゲオルギーネ嬢」
年上のゲオルギーネ嬢に見送られるというのも悪くはない。
わたくしは護衛と共に馬車に乗って列車の駅まで行って、列車に乗り換えて、ディッペル領まで帰った。
ディッペル領のお屋敷に帰ると、走って来たふーちゃんとまーちゃんにしっかりと抱き付かれてしまった。
「エリザベートおねえさま、おかえりなさい!」
「えーおねえたま、たみちかった!」
甘えて来るふーちゃんとまーちゃんを順番に抱き上げる。ふーちゃんはかなり重くなっていたが、抱き上げられないほどではなかった。まーちゃんもふくふくとして可愛らしい。
「ガブリエラ嬢のお誕生日のお茶会に招かれていたので帰って来たのです。フランツとマリアにも会いたかったですわ」
ふーちゃんとまーちゃんを抱き締めてただいまを言っていると、クリスタちゃんが壁の方でもじもじとしている。近寄って声をかけると、クリスタちゃんに抱き付かれた。
「クリスタ、ただいま」
「お姉様、わたくし、とても寂しかったです! わたくしはお姉様なのだから、フランツとマリアを慰めなければと思っていたのですが、我慢できませんでした」
クリスタちゃんもまだ十一歳になったばかりだ。小さなふーちゃんとまーちゃんが寂しがるのを慰めようとしていたが、自分も寂しかったのだと言われて、わたくしはクリスタちゃんにふーちゃんとまーちゃんのことを頼んだことを後悔した。
「クリスタも寂しいですわよね。わたくし、クリスタにフランツとマリアのことを頼んでしまって申し訳ありませんでしたわ」
「お姉様……わたくし、いい姉であろうとしたのです。どうしてもお姉様がいないのは寂しくて……」
「クリスタ、学園のことを話してあげましょうね。フランツとマリアにも」
両親にも挨拶をしてから子ども部屋に行くと、ルームシューズに履き替えてわたくしはソファに座った。わたくしのお膝の上にふーちゃんが座って、クリスタちゃんのお膝の上にまーちゃんが座る。
新鮮な牛乳の入ったミルクティーをいただきながら、わたくしは学園のことを話した。
「学園の勉強はリップマン先生に倣った範囲がほとんどで、難しくはないです。寮はペオーニエ寮とリーリエ寮とローゼン寮があって、わたくしはペオーニエ寮になりました。寮に入ってはいませんが、ノエル殿下もノルベルト殿下もハインリヒ殿下もペオーニエ寮の所属です」
「三つの寮があるのですね。わたくしはどうなるのかしら」
「寮に入る基準は家で決まっているようなので、クリスタちゃんもペオーニエ寮に入ると思いますよ。寮では原則として六年生と一年生が同室になって六年生から一年生が指導してもらうのですが、わたくしを指導してくださるゲオルギーネ・ザックス嬢は、クリスタちゃんが寮に入ってきたら特例的にわたくしと同じ部屋になるだろうと教えてくださいました」
「お姉様と同じ部屋になれるのね! それは安心だわ」
再会したときには泣きそうになっていたクリスタちゃんがもう笑顔になっているのに気付いてわたくしも微笑む。
「わたし、エリザベートおねえさま、いっぱいさがしたの」
「わたくちも。えーおねえたま、いなかった」
ふーちゃんとまーちゃんがわたくしを見上げるのに、クリスタちゃんがくすくすと笑いだす。
「ふーちゃんとまーちゃんったら、お姉様がいないか花瓶の中を覗いたり、カーテンの中を覗いたり、ルームシューズの裏を見てみたり、大変だったのですよ」
「わたくし、そんなに小さいイメージだったのでしょうか」
「真剣だったから、わたくしも何も言えませんでした」
真剣に部屋の中を探して、花瓶を覗き込み、カーテンを捲り、ルームシューズの裏を見るふーちゃんとまーちゃんは可愛かっただろう。ふーちゃんとまーちゃんはどこかにわたくしが隠れているような気がしていたのだろう。
「エリザベートおねえさま、どこにいたの?」
「えーおねえたま、いなかったの」
不思議そうに水色のお目目と黒いお目目をくりくりとさせているふーちゃんとまーちゃんにわたくしは説明する。出発前にも説明をしたが、理解できていなかったのだろう。
こういうときには年長者として何回でも説明しなければいけないことを、わたくしはエクムント様からも両親からも学んでいた。
「わたくしは王都の学園にいたのです。王都の学園で立派な淑女になるために学んでいました」
「おうと? わたしももうすぐいく?」
「おたんどうび! でんかのおたんどうび!」
「そうですね。ノルベルト殿下とハインリヒ殿下のお誕生日で王都に行きますね」
「わたくち、おたんどうび」
「王都にいる期間に、まーちゃんのお誕生日も来ますね」
説明をしていると、去年のことを思い出したのか、ふーちゃんもまーちゃんも王都の話を始めた。去年はまーちゃんのお誕生日を王都で国王陛下一家とノエル殿下とお茶会を開いてお祝いしてもらった。
あのときのことは小さなふーちゃんとまーちゃんでも覚えているくらい印象的だったのだろう。
「ハインリヒ殿下のお誕生日の式典では、わたくしとの婚約を発表すると国王陛下は仰っていました。正式な婚約はわたくしが学園に入学してからですが、婚約式の準備をする期間として、一年近く時間を設けるのだと」
辺境伯家と公爵家の婚約も国の一大事業だが、皇太子であるハインリヒ殿下とディッペル家の娘であるクリスタちゃんの婚約も国の大きな事業の一つになる。クリスタちゃんは将来の王妃殿下となる立場なので、婚約式の前に婚約の約束を交わしたと発表されて、準備期間が設けられるのも当然のことだった。
「クリスタちゃんとハインリヒ殿下の婚約のお話が公になるのですね。おめでたいことです」
「わたくし、それまでは黙っておかなければいけないのだわ。わたくし、口が軽いと淑女になれないのだから」
口を押えて我慢しているクリスタちゃんに、ふーちゃんとまーちゃんが丸い目でクリスタちゃんを見上げている。
「クリスタおねえさま、くるしいの?」
「くーおねえたま、ないちょ、ないちょ?」
「そうなのです。ふーちゃんとまーちゃんも言ってはいけませんよ。国王陛下が宣言してから公にしなければいけませんからね」
「あい、ないちょ!」
「ひみつにします」
手を上げていい子のお返事をするまーちゃんとふーちゃんだが、この年齢の子どもの約束は信用できない。ふーちゃんとまーちゃんが公の場に出る機会がないのが何よりの救いだった。
ガブリエラちゃんのお誕生日のお茶会には、わたくしとクリスタちゃんに別々に招待状が送られてきていた。招待状は一通一通手書きするのが嗜みとされているので、キルヒマン侯爵夫妻はわたくしとクリスタちゃんにそれだけの労力をかけてくださったのだ。
キルヒマン侯爵夫妻がディッペル家をどれだけ重要視してくださっているかよく分かる。
ガブリエラちゃんはエクムント様の姪なので、エクムント様に会えるのもわたくしは楽しみだった。
背が高くて穏やかで優しいエクムント様。
ドレスを着たわたくしがエクムント様の目に少しでも美しく映ればいい。
まだ十二歳だから恋愛対象にはならないと言われても、エクムント様は婚約を受け入れてくださって、わたくしと関係性を築こうとしてくださっている。
それはお兄様たち夫婦を紹介してくださったことからもよく分かる。
エクムント様に相応しい淑女になるためにも、わたくしは学園で勉強をしなければいけないと決意していた。
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