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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
八章 エリザベートの学園入学
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2.ノエル殿下の歓迎

 寮の部屋は衝立で分けられていて、半分がゲオルギーネ嬢の部屋、もう半分がわたくしの部屋になっていた。

 ディッペル家のわたくしの部屋よりもかなり狭いけれど、ベッドがあって鏡台があって机のある部屋だった。ゲオルギーネ嬢の部屋も見せてもらった。


「ご実家の部屋よりは狭いでしょうが、クローゼットに服を入れて、机の上にブックエンドで教科書を並べて、鏡台に化粧品を置けば、生活できるようにはなると思いますよ」


 ゲオルギーネ嬢の部屋は片付けられていて、机の上のブックエンドに綺麗に教科書が並び、辞書類は机の横に置いてあって、クローゼットに服を入れて、鏡台には化粧品やヘアブラシなどが並んでいた。


「シャワーは共同のシャワールームがあります。洗濯物は決められた袋に入れてドアノブにかけておくと、翌日の夕方には洗濯されて畳まれて返ってきます」


 寮での過ごし方を教えてくださるゲオルギーネ嬢にわたくしは感謝しながら話を聞いていた。


「授業は午前に講義が二限、昼食の休憩を挟んで、午後に二限、その後にお茶の時間になります」

「お茶の時間も食堂で過ごすのですか?」

「お茶の時間は寮ごとに過ごします。エリザベート様はきっと、ノエル殿下のお茶に呼ばれると思いますわ」


 寮にいるわけではないのでノエル殿下とはまだ顔を合わせていなかったが、ノエル殿下もペオーニエ寮に所属している。

 寮の中にもお茶をする場所が幾つかあって、そこの一つをノエル殿下が使われているようだ。


「ゲオルギーネ嬢はどこでお茶をされるのですか?」

「わたくしは学友とお茶をします。エリザベート様がご一緒したいのであればお招きしますが、エリザベート様はノエル殿下に誘われると思いますよ」

「そうだといいのですが」

「お茶の時間が終わるとノエル殿下は王宮に帰られます。お茶の時間までが貴族教育の一部とされています」


 お茶の時間をどう過ごすかも貴族として理解しておかなければいけないということなのだろう。


「ローゼン寮に入学された子爵家の御令嬢ですが、何か理由があったのですか?」


 疑問に思っていたことを口にすると、ゲオルギーネ嬢が声を潜める。


「あの方は名家の御子息が見初められたとかいう噂がありますが、はっきりとは分かっていません」

「名家の御子息の婚約者になる可能性があるから学園で行儀作法を習うということですか?」

「わたくしもはっきりとは把握していないのですが、そうだと思います」


 子爵家の令嬢が名家の婚約者となるとすれば、他の侯爵家に養子に行ってから婚約して結婚するという母と同じような形になるのだろうが、まだ養子に行っていない状態ならばあの子爵令嬢は肩身が狭い思いをしていないだろうか。

 少しだけあの子爵令嬢が気にかかっていた。


 それに、わたくしはあの子爵令嬢の名前を聞いたことがある気がするのだ。

 『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』で、クリスタちゃんにはミリヤムという親友がいなかっただろうか。前世の記憶は朧気だが、何度も呼んだ『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』のことは覚えている。

 クリスタちゃんの親友になるはずだった少女だとすれば、実際にクリスタちゃんと出会えば仲良くなるかもしれない。


 いや、もしかすると『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』には書かれていなかった裏でバーデン家が動いていたように、彼女も何か企みに巻き込まれている可能性もある。


 ミリヤム嬢がクリスタちゃんに接触して来たら最大限の警戒を怠らないと共に、一度わたくしも自分でミリヤム嬢に接触してみようと決めたのだった。


 学園での授業は歴史や音楽やダンスなどこれまでに習ってきたことで、わたくしにとってはリップマン先生から習ったことが多く出て来て、あまり困ることはなかった。


「宿題が分からなかったらわたくしに聞いてくださっていいですからね」


 ゲオルギーネ嬢が優しく言ってくれるのだが、わたくしはそういうこともなさそうだった。


 午前の授業の前に食堂に集まって全員で朝食を食べる。

 寮ごとにテーブルが別々になっていて、他の寮と触れ合うことはあまりない。

 授業はどの寮も同じなので、ミリヤム嬢やラルフ殿とも同じ教室で勉強をする。もちろん、ハインリヒ殿下も一緒なので、教授たちにも緊張感があった。


 午前中の授業が終わると、昼食の時間になる。

 昼食も食堂に集まって全員で食事をする。


 クリスタちゃんが隣りに座っていないこと、ふーちゃんやまーちゃんがいないことを考えると悲しくなってしまうが、わたくしは悲しさを振り切るように黙々と食事をした。


「寮の食事はお口に合いますか?」

「はい、美味しいです」

「ディッペル領は畜産業が盛んで、肉や牛乳がとても新鮮で美味しいと聞きました。ディッペル領の食事が恋しくなるのではないですか?」

「食事よりも、弟妹がいないのが少し寂しいのです」


 正直にゲオルギーネ嬢に白状すると、ゲオルギーネ嬢はわたくしに微笑んでくれる。


「週末、土日は休みなので、寮に届け出ればディッペル領ならば帰ることも可能ですよ」

「そうですね。週末までに考えてみようと思います」


 真剣にわたくしに寄り添ってくださる年上のゲオルギーネ嬢が一緒だということはわたくしにとっては心強かった。


 午後の授業が終わると、わたくしはノエル殿下からお茶に誘われた。ゲオルギーネ嬢は誘われていないので学友とお茶をするとのことで、わたくしは一人、ノエル殿下のお茶会に向かっていた。

 ノエル殿下のお茶会は男子寮と女子寮の中間の寮の中庭のサンルームで行われていた。

 ガラス張りのサンルームは天気がいいと暑いくらいで、サンルームの中に日除けの傘を立てて、その下に椅子やテーブルを置いていた。


「エリザベート嬢、入学おめでとうございます。ハインリヒ殿下も入学おめでとうございます」

「ありがとうございます、ノエル殿下」

「ノルベルト兄上やノエル殿下と同じペオーニエ寮になれてよかったです」


 ノエル殿下にお祝いされてわたくしとハインリヒ殿下は頭を下げる。

 ティーセットとサンドイッチとケーキが運ばれて来ると、ノエル殿下とご学友が楽しそうにお喋りをしているのが聞こえる。


「エリザベート嬢は辺境伯家に嫁ぐことが決まっているのです。わたくしは十二歳で婚約をしましたが、エリザベート嬢は八歳で婚約をされたのですよ」

「それだけ熱心に前の辺境伯がエリザベート嬢と養子の後継者様との婚約を進めたがっていたと聞きました」

「エリザベート嬢は辺境域の海軍や漁師を困らせていた壊血病の予防策を考え出したのでしょう? それが決め手になったと聞いていますよ」


 ノエル殿下と四年生から六年生の上級生に話しかけられてわたくしは恥じらうように目を伏せる。


「あれは偶然だったのです。辺境伯領の漁師さんから、野菜をたくさん食べていたものが壊血病にかからなかったという情報を得て、海上でも取れる野菜をと考えて、ザワークラウトに辿り着いたのです」

「今では、辺境伯領の海軍はみんな、ザワークラウトを食べているそうではないですか」

「ザワークラウトを辺境伯領の海軍の名物として売り出す働きもあるとか」

「辺境伯領ではそれまでもあまり野菜を食べていなかったようなのです。壊血病のことがきっかけで、食生活が変わったようなのでよかったと思っています」


 はきはきと答えるわたくしにノエル殿下も上級生たちも感心したように聞いてくださっている。


「ノエル殿下、今日は詩は読まないのですか?」


 ノルベルト殿下が促したとき、わたくしは動きが止まってしまった。

 そうか、ノエル殿下のお茶会に招かれるとはこういうこともあるのだ。


「わたくし、エリザベート嬢とハインリヒ殿下を歓迎する詩を作って来ましたの。聞いてくださいますか?」

「お待ちしておりました」


 ノエル殿下のお茶会に参加するということは、詩の朗読会に参加するということと同じ意味だった。

 畳んだ紙を広げてノエル殿下が書かれている文字を読む。


「可愛い小さな牡丹の蕾さん。あなたたちが入学するのをわたくしはお待ちしておりました。あなたたちにとって学園での六年間が、美しい牡丹の花を咲かせる年月となりますように、お祈りしています。わたくしたちは、一輪の牡丹。卒業の日には大輪の花を咲かせるのです」

「素晴らしいです、ノエル殿下」

「なんていい詩なのでしょう」


 絶賛している上級生とノルベルト殿下の前でわたくしとハインリヒ殿下は顔を見合わせる。拍手まで巻き起こっているが、わたくしにはこの詩が素晴らしいのかどうかよく分からなかった。

 やはりわたくしには芸術を解する心がないようだ。


「エリザベート嬢もいい詩が浮かんだら、いつでも仰ってくださいね」

「わたくしは、詩は才能がないようなのです」

「詩の才能があるクリスタ嬢とフランツ殿の姉上ではありませんか。期待していますよ」


 期待していると言われても詩が書けないものは仕方がない。

 ノエル殿下は四年生で卒業するまでにはまだ三年間の時間がある。その間わたくしは詩を書かずに済む方法を考えていた。

読んでいただきありがとうございました。

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