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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
八章 エリザベートの学園入学
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1.入学と寮の振り分け

 十二歳の春は慌ただしかった。

 わたくしは王都の学園に入学しなければいけない。

 寮に入るための手続きをして、荷物を纏めると、クリスタちゃんが寂しそうにわたくしの部屋に来ていた。ふーちゃんとまーちゃんもクリスタちゃんの脚元にくっ付いて涙目になっている。


「エリザベートおねえさま……」

「えーおねえたま……」


 たっぷりと食べているのでふくふくとして可愛らしいふーちゃんとまーちゃんを、わたくしは順番に抱き上げる。


「わたくしは学園で学ばねばなりません。行ってきますが、夏には帰ってきますからね」

「エリザベートおねえたま、わたし、さみしい」

「えーおねえたま、だいすち! いかないれ」


 寂しい、行かないでと言われると後ろ髪引かれてしまうが、わたくしは行かなければいけなかった。


 用意された紺色のブレザーの制服をトランクに詰めて、わたくしはふーちゃんとまーちゃんとクリスタちゃんに行ってきますを言う。


「クリスタちゃん、わたくしがいない間、ふーちゃんとまーちゃんのことをお願いします。ふーちゃん、まーちゃん、大好きですよ」


 送り出されるわたくしまで泣いてしまいそうだった。


 馬車に乗るときには両親が見送りに来てくれた。寮に入るのも、親元を長く離れるのも初めてだったのでわたくしは心臓がドキドキとしていた。

 親元を離れるときにも、わたくしはクリスタちゃんやふーちゃんやまーちゃんと一緒のことが多かった。それがたった一人で旅立たねばならない。王都はとても遠いわけではなかったけれど、毎週末帰れるわけでもない。

 学園での生活に慣れるかどうか心配もあったが、わたくしは笑顔で手を振った。


「お父様、お母様、行ってきます」

「何かあったらすぐに手紙を書くんだよ」

「休みには帰ってきてもいいですからね」


 優しい両親の言葉に泣きそうになりながらもわたくしは馬車に乗り込んだ。

 護衛が付いているとはいえ、一人で列車に乗って、一人で王都に行く。マルレーンも今回の入学にはついて来てくれない。身支度を一人でできるようになるのも、学園生活での大事な学びの一つなのだ。


 母は行儀作法やマナーができているとして、子爵家の娘だったが特別に学園に入学を許された。貴族しかいない学園の中で、身分の低い母は苛められていたこともあったようだが、王太子時代の国王陛下の学友だった父にお茶会に誘われて、そこで見事な礼儀作法を見せつけたから、母は一目置かれるようになったのだ。

 わたくしも国一番のフェアレディと呼ばれた母に倣って礼儀作法を守らなければいけない。


 学園にはノルベルト殿下やノエル殿下も王宮から通われているし、ハインリヒ殿下も入学なさるのだが、わたくしもこの国唯一の公爵家の娘として相応しい態度で臨まなければいけないと決意していた。


 王都に着くとまず、入寮の前の晩餐会があった。

 そこでどこの寮に入るかが決められるのだ。

 寮は三つあって、ローゼン寮、リーリエ寮、ペオーニエ寮の三つだ。

 皇太子であるハインリヒ殿下は寮に所属するのだが、寮では生活せずに王宮から通うことになる。

 三つの寮は、学問や運動などで成績を競い合って磨き合うのが普通だ。


「ハインリヒ・レデラー皇太子殿下、ペオーニエ寮へ」


 入学者の中で最初に名前を呼ばれたのはハインリヒ殿下だった。

 ペオーニエ寮はノエル殿下とノルベルト殿下も入寮している王家の縁のものが入寮する寮になっている。


「エリザベート・ディッペル公爵令嬢、ペオーニエ寮へ」


 わたくしの名前が次に呼ばれた。

 今年入学するものの中では、わたくしはハインリヒ殿下の次に身分が高いのだろう。

 寮に入っていないとは言っても、所属しているノエル殿下やノルベルト殿下、ハインリヒ殿下と同じだと思うと安堵する。わたくしがペオーニエ寮に所属することになったので、恐らく来年入学するクリスタちゃんもペオーニエ寮に入るのが決まったようなものだった。


 様々なひとの名前が呼ばれる中でわたくしは一人の名前に注目した。

 食堂の端の方に座っているラルフ殿だ。

 ラルフ殿も今年入学する年齢だった。


「ラルフ・ホルツマン伯爵子息、リーリエ寮へ」


 ラルフ殿はリーリエ寮に入寮することが決まったようだ。わたくしと同じではなくてよかったと安堵すると共に、来年入学してくるレーニちゃんとも同じ寮ではないことをわたくしは祈っていた。


「ミリヤム・アレンス子爵令嬢、ローゼン寮へ」


 最後の一人の入学者の寮も決まった。

 最後の一人が子爵家の令嬢だったことにわたくしは少し驚いていた。

 貴族だけが通う学園なのだが、大抵が伯爵家以上の貴族で、子爵家、男爵家の子息令嬢はあまり入学してこないと聞いていたのだ。

 母のように特例で入学してくることもあるが、ほとんどが伯爵家以上の家系だ。

 そうなるとこのミリヤム・アレンス子爵令嬢は何か特別な理由があって入学してきたことになる。


 貴族とは噂話が好きなもの。

 わたくしは耳を澄ませる。


「ペオーニエ寮は今の国王陛下とディッペル公爵が学生時代に入寮していた寮でしょう」

「あの寮に入れるのはエリートだけという噂ですよ」


 ペオーニエ寮には今の国王陛下も父も入寮していたようだ。父がペオーニエ寮だったのでわたくしもペオーニエ寮に選ばれたのだろう。


「リーリエ寮にはホルツマン家の子息が入寮されたのですね」

「ホルツマン家の子息はディッペル公爵家の後継者に失礼を働いたと聞いています」

「礼儀作法は大丈夫なのでしょうか?」


 ラルフ殿がふーちゃんを侮辱した件は、貴族の中にも知れ渡っているようだ。ラルフ殿はレーニちゃんと同じ学年だとばかり思っていたが、わたくしと同じ学年だった。同じ年のわたくしに窘められるようなことを言われて相当悔しかったに違いない。


 ラルフ殿が意趣返しを考えていたとしても、わたくしは少しも怖くなかった。


「ローゼン寮は子爵令嬢が入寮なさるのですね」

「とはいえ、ローゼン寮は今のディッペル公爵夫人の出身の寮です」

「あの子爵令嬢も何か事情があって入学なさっているのかもしれませんね」


 ローゼン寮は母の出身の寮だった。

 父は寮が違ったのに母に声をかけたのか。

 それを考えると父がそれだけ母に夢中だったことが分かる気がする。


 噂話を聞いていると、晩餐会が進んでいた。

 料理を食べるのが遅れてしまったが、何とか食べ終えてわたくしは寮の部屋に行く。

 男子寮と女子寮と別れていて、女子寮の中で一番広い部屋をわたくしは用意されたようだ。


「エリザベート様、ようこそ、ペオーニエ寮へ。わたくしは六年生のゲオルギーネ・ザックス。何か分からないことがあったら聞いてくださいね」

「ありがとうございます、ゲオルギーネ嬢」


 ザックスという名前には聞き覚えがあった。

 確か侯爵家だったと思う。


「一年生には六年生が一人ついて寮のことを教える決まりになっているのです。わたくしがエリザベート様につきますので、何かあったらいつでも相談してください」

「はい。わたくし、エリザベート・ディッペルです。どうぞよろしくお願いいたします」

「寮では一年生と六年生で同室になるのです。わたくしがエリザベート様と同室です。髪の結い方や、制服の着方など、細かなことが分からなかったら、相談してくださいませ」

「ありがとうございます」


 ブルネットの髪のゲオルギーネ嬢は年上で大人のようで穏やかで頼りになりそうだった。

 わたくしは公爵家の娘なので、一番広い部屋にゲオルギーネ嬢と二人で生活することになっているのだろう。


「エリザベート様には妹君のクリスタ様がおられます。来年、クリスタ様が入学されたら、特例として、クリスタ様が同室になられると思います」

「クリスタは六年生と同室ではなくていいのですか?」

「クリスタ様につく六年生は隣りの部屋にいる、今五年生のイルメラ・ルンゲ様になると思いますわ」


 ルンゲというのも聞いたことのある名前だった。

 侯爵家だったと思う。

 ペオーニエ寮は侯爵家が多いのだろう。

 わたくしはゲオルギーネ嬢に一つ聞いておきたいことがあった。


「リリエンタール侯爵はどの寮だったのですか?」

「リリエンタール侯爵はペオーニエ寮でしたよ。リリエンタール侯爵家のレーニ様と仲がよろしいのでしたね」


 ゲオルギーネ嬢に言われてわたくしはほっと胸を撫で下ろした。

 母君のリリエンタール侯爵がペオーニエ寮だったのならば、レーニちゃんもペオーニエ寮になる可能性が高い。


 貴族社会はきっちりと階級で分かれている。

 寮の振り分けもきっちりと身分で別れているようで、わたくしはクリスタちゃんやレーニちゃんと一緒になれそうな気配に喜んでいた。

読んでいただきありがとうございました。

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