25.心配なのはクリスタちゃんかレーニちゃんか
レーニちゃんとリップマン先生の授業を受けたときにレーニちゃんは驚いていた。
「クリスタ様はエリザベート様と同じ範囲を勉強しているのですね」
「お姉様とわたくしは、いつも一緒に勉強していました」
「クリスタ様はもう学園に入学できるだけの学力がおありなのではないでしょうか?」
レーニちゃんの言葉にクリスタちゃんが目を丸くする。
「わたくし、そんなに勉強が進んでいたのですか?」
「エリザベート様は来年には学園に入学なさるでしょう。そのエリザベート様と同じ範囲を勉強しているということはそういうことですわ」
今まで指摘されたことがないのでわたくしも全く気付いていなかった。
クリスタちゃんはわたくしと一緒に勉強するのが普段のことだったし、何の違和感も覚えていなかったが、クリスタちゃんにとっては教育が早く進んでいることになっていたのだ。
「リップマン先生、レーニ嬢の言うことは本当ですか? わたくしは学園に入学できるだけの学力がありますか?」
「わたくしの家庭教師としての誇りにかけて誓います。クリスタお嬢様は学園に今から入学してもしっかりとやって行けるだけの学力があります」
リップマン先生からも太鼓判をもらってしまってクリスタちゃんは両手を頬に当てて驚きを隠せない様子だった。
原作の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では成績はいいとは言えなくて、礼儀作法も奔放で、わたくしに公の場で注意を受けて恥をかかされたと怒っていたクリスタちゃんの描写を覚えている。
本として読んでいたときにはクリスタちゃんの視点で、クリスタちゃんが今まで受けてきた教育を否定されて、ものすごくわたくし、エリザベートが憎い悪役に見えたものだが、実際にその世界に入って経験してみるとクリスタちゃんのしていたことがどれだけ破天荒かよく分かる。
それが今は改善されて、礼儀作法も充分身に着けて、勉強も学園に入学するのは再来年なのに、今学園に入学してもしっかりとやって行けるだけの学力があるとリップマン先生に太鼓判を押されている。
これは教育の勝利だとわたくしは確信していた。
クリスタちゃんは正しい教育を受けたことにより運命が変わった。
学園入学と同時にハインリヒ殿下との婚約をするくらいまでクリスタちゃんは認められた淑女となったのだ。
「クリスタ、自信を持っていいのですよ。わたくしにとってクリスタは自慢の妹です」
「お姉様、嬉しいです。お姉様の自慢の妹でいられるように、今後も努力していきたいと思います」
手を取り合うわたくしとクリスタちゃんをレーニちゃんが目を細めて見守ってくれている。リップマン先生も温かな目でわたくしたちを見守ってくれていた。
その日もレーニちゃんとわたくしとクリスタちゃんで一緒に寝た。
ふーちゃんが羨ましそうにしているが、男の子だから我慢してもらった。
ベッドの中でクリスタちゃんは我慢できずにレーニちゃんに囁いていた。
「絶対に内緒ですわよ」
「わたくし、口は固いのですよ」
「絶対に絶対に内緒ですよ?」
「はい、内緒にします」
クリスタちゃんが仲良しのレーニちゃんに伝えたいことは分かっていたし、来年のクリスタちゃんのお誕生日には正式に発表されて、一年をかけて婚約の準備がなされるだろうから、わたくしもクリスタちゃんを止めなかった。
「わたくし、学園に入学したら、ハインリヒ殿下と婚約しますの」
「きゃー! おめでとうございます! クリスタちゃんったら、皇太子殿下の婚約者になられるのですね」
「そうなのです! まだ正式には発表されていないので、絶対に秘密ですよ」
「秘密にしますわ。よかったです、クリスタちゃん」
「ありがとうございます、レーニちゃん」
ベッドの中で抱き合って喜び合っているクリスタちゃんとレーニちゃんにわたくしも微笑んでしまった。
皇太子殿下の婚約者としての地位は重いものではあるが、クリスタちゃんならば大丈夫だと思うことができる。
原作の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では、破天荒で礼儀作法がなっていない学力も劣るクリスタちゃんが、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下の間の諍いをおさめたというだけで婚約者になったことも整合性がないし、ハインリヒ殿下の婚約者になって幸せな結婚をするところで物語は終わっているが、その後でバーデン家が出て来てハインリヒ殿下とクリスタちゃんを傀儡にする未来がわたくしには透けて見えていた。
そんなことにならないようにクリスタちゃんをディッペル家に引き取って、わたくしの妹として教育してきたのだが、その教育の成果が表れたようでわたくしも嬉しかった。
幼い日にクリスタちゃんをディッペル家に引き取るように両親にお願いしてから、クリスタちゃんのことはわたくしが守ると心に決めていた。それが教育というものを通して成し遂げられたことがわたくしには誇らしかった。
「わたくし、妙な噂を聞きました」
レーニちゃんが言いにくそうに口を開くのに、わたくしはその内容が分かったような気がする。
レーニちゃんはローザ嬢のことを話そうとしているのではないだろうか。
「わたくしの元父親が元ノメンゼン子爵の妾の娘を養子にして、ホルツマン家で育てているという話を聞きました。元ノメンゼン子爵の妾の娘と言えば、クリスタちゃんには関わりたくないかもしれないけれど、異母妹にあたりますでしょう? クリスタちゃんが傷付いていないか、わたくしは心配でしたの」
胸の内を打ち明けるレーニちゃんにクリスタちゃんはきょとんとしている。
「わたくしの異母妹? レーニちゃんの元のお父様の愛人の子が?」
「レーニちゃん、クリスタちゃんは元ノメンゼン子爵家でのことはほとんど覚えていないのです。とても小さかったですし」
「そうなのですね。それでは、クリスタちゃんはショックを受けていないのですね」
レーニちゃんの方がショックを受けているのではないかと心配していたが、レーニちゃんは逞しく、ショックを受けているどころか、クリスタちゃんが傷付いていないかを心配してくれるくらいしっかりとしていた。
「わたくしは、レーニちゃんの元のお父様が愛人の子を可愛がっていると知って、レーニちゃんが傷付いていないか心配だったのですよ」
「クリスタちゃん、ありがとうございます。わたくしは大丈夫です。あの男のことは忘れました。今のお父様は優しくて、わたくしのこともデニスのことも可愛がってくれて、お母様はもう一人赤ちゃんを妊娠していて、わたくしはまた弟妹が増えるのです。わたくしは幸せの中にあって、あの男のことなど考えている暇はないのですよ」
二人の弟妹の姉になるレーニちゃんは揺らぐことなくしっかりとしていた。
わたくしはレーニちゃんを心配してしまったことを恥じた。
レーニちゃんはそんなに弱い子ではなかったのだ。
「わたくしもレーニちゃんを心配していました。レーニちゃんの強さと逞しさを侮っていたようです。ごめんなさい」
「いいのです、エリザベートお姉様。わたくし、クリスタちゃんとエリザベートお姉様がわたくしのことをどれだけ大事に思ってくださっているか分かって、嬉しかったのですよ」
「レーニちゃんはわたくしの大事な親友です」
「レーニちゃんは将来ふーちゃんと結婚して、わたくしの義妹になるのです」
「親友だなんて嬉しいです。わたくしもふーちゃんが大きくなったら、ふーちゃんと結婚したいと思っております。クリスタちゃんとエリザベートお姉様の家であるディッペル家に嫁げることはわたくしの何よりの喜びですわ」
結婚をしたくないとレーニちゃんは憂鬱そうに話していたことがあった。リリエンタール家を継ぐこともしたくないと。
それが今はふーちゃんとの結婚を前向きに考えてくれている。
「レーニちゃんもディッペル家の一員となるのですよ」
「レーニちゃんのことはわたくしもお姉様も一生大事にしますわ」
貴族の結婚とは家と家の繋がりを作るものだが、レーニちゃんがディッペル家を嫁ぎ先として選んでくれたならば、リリエンタール家の利益ともなるし、リリエンタール家と縁を持つことによってディッペル家の繁栄にも繋がる。
母はシュレーゼマン子爵家の娘として生まれたが、キルヒマン侯爵家に養子に行き、ディッペル家に嫁いだ。そのおかげでキルヒマン侯爵家とディッペル家の関係は良好であるし、小さな頃からキルヒマン侯爵夫妻はわたくしとクリスタちゃんをお茶会に誘ってくれて、歌やピアノの演奏をするように依頼してくれて、演奏をものすごく褒めてくれた。
エクムント様とわたくしが出会ったのも、母がキルヒマン侯爵家の養子になっていたおかげだと今は分かる。
キルヒマン侯爵夫妻が、エクムント様の進路で迷っていた時期に、わたくしが生まれて、わたくしを連れてキルヒマン侯爵家に両親は出向いて、相談に乗っていたのだ。
その頃にはエクムント様は辺境伯のカサンドラ様の養子になることが決定していたのかもしれない。
士官学校を卒業した後に、侯爵家の子息だということで就職の場がないエクムント様を、ディッペル公爵家で五年間修業させることを了承したのも、両親だった。
家と家の繋がりが貴族社会では大事なのだとよく分かる。
「そろそろ寝ないと、わたくし、明日起きられなくなってしまうわ」
「明日はご両親のお誕生日ですものね。寝ないといけませんね」
「わたくし、そろそろ眠くなってきました」
夜更かしをして話しているのも楽しいけれど、明日に響いてしまっては困る。
わたくしはもう眠気が来ていて目を瞑るとすぐに眠りに落ちてしまった。
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