13.婚約の約束
国王陛下と王妃殿下はユリアーナ殿下と一緒に、わたくしの両親とふーちゃんとまーちゃんとお茶をしている。
わたくしはクリスタちゃんと一緒にハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下とお茶をしている。
大人組と子ども組に分かれてのお茶会だったが、無礼講ということで緊張することなく過ごすことができた。
お茶会の最後に国王陛下は両親に言っていた。
「まだ公にするつもりはないが、クリスタが学園に入学する年になったら、ハインリヒと婚約を考えている。ハインリヒもクリスタのことを気に入っているし、クリスタは王家に嫁ぐのに問題ない家柄で教育も受けている」
話を聞いていたクリスタちゃんの頬が薔薇色に染まるのが分かった。ハインリヒ殿下も頬を染めてクリスタちゃんを見詰めている。
「光栄なことで御座います。公爵家としてそのときはお受けいたします」
「クリスタもハインリヒ殿下のことをお慕いしているようで、二人が婚約するというのはめでたいことです」
両親も国王陛下の言葉に賛成していた。
今回お茶会に呼ばれたのはこの話をしたかったからかもしれない。
皇太子殿下と公爵家の娘の婚約となるとお披露目の前に準備が必要になる。これから二年かけてしっかりと準備してクリスタちゃんが学園に入学すると同時に婚約の発表をできるようにしようという国王陛下の御考えなのだろう。
「お姉様、わたくし、ハインリヒ殿下と婚約できます」
「よかったですね、クリスタ。これからは更に淑女として励んでいかなければいけませんよ」
「はい! お姉様!」
原作の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では学園に入学してからクリスタちゃんはハインリヒ殿下に出会って、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下の間にあった蟠りを解いて、婚約者として抜擢されるのだが、物語は完全に変わっていて、クリスタちゃんは学園に入学する前から婚約の約束が取り交わされていた。
恐らく、来年にはクリスタちゃんとハインリヒ殿下が婚約することが発表されて、一年間の準備期間を置いて、正式な婚約式を得て婚約という流れになるのだろう。
わたくしの場合はカサンドラ様ができるだけ早くわたくしとエクムント様との婚約を進めたかったので準備期間が短かったが、王家に嫁ぐことになるクリスタちゃんにはそれくらいの準備期間は必要となるだろう。
「わたくし、とても嬉しいです。お姉様、わたくし、幸せです」
「クリスタ、本当におめでとうございます」
私的な場とはいえ国王陛下の口から婚約の話が出たのであれば覆されることはないだろう。涙ぐんでいるクリスタちゃんの肩をわたくしは抱き締めた。
わたくしとクリスタちゃんの足元にふーちゃんがやって来て問いかける。
「えーおねえたま、くーおねえたまは、ハインリヒでんかとこんにゃくしたの?」
「まだ婚約はしていませんよ。クリスタが学園に入学するタイミングで婚約をするように申し出があったのです」
「もうちで……むつかちい」
「婚約は結婚の約束ですが、その約束の約束をしたのです」
「やくとくのやくとく……。わたちもレーニじょうとこんにゃくちたい!」
「フランツ、それは早すぎますよ」
レーニちゃんと婚約する気になっているふーちゃんにわたくしは笑って止めたが、ふーちゃんは真剣だった。
「おとうたま、おかあたま、わたちとレーニじょうをこんにゃくたてて!」
「レーニ嬢はリリエンタール家の後継者なのだよ」
「婚約するにしても、デニス殿がもう少し大きくなってからしかできませんね」
「くーおねえたまみたいに、やくとくのやくとくちるのー!」
ひっくり返って泣いて暴れるふーちゃんに両親は顔を見合わせていた。
「レーニ嬢とフランツのお話はあまりにも気が早すぎるでしょう」
「レーニ嬢はまだデニス殿に後継を譲っていないからね」
「リリエンタール侯爵がどうお考えかにもよりますね」
悩んでいる両親に国王陛下が声をかけて来る。
「ユストゥス、テレーゼ夫人、フランツはリリエンタール侯爵家のレーニと婚約するのか?」
「いえ、まだそのような話は早すぎると思っております」
「フランツはまだ三歳ですから」
「私は生まれたときからジョゼフィーヌと結婚することが決まっていた。公爵家の後継者ならば早く結婚が決まってもおかしくはないのではないか?」
「わたち、こんにゃくできる?」
「リリエンタール侯爵に話をして、レーニが後継をデニスに譲る気があるのか聞いてみるといい」
意外なところでふーちゃんに味方が現れた。
公爵家の娘として八歳で婚約したわたくしだったが、更に幼いふーちゃんの婚約の話が本当になりそうになっている。
「フランツはディッペル公爵家の後継者。きちんとした家から婚約者を早く迎えておいた方が安心なのではないかな?」
「国王陛下がそう仰るなら、リリエンタール侯爵に聞いてみます」
「リリエンタール侯爵が後継者をレーニ嬢からデニス殿にしたいと申し出たら、国王陛下はそれをお許しくださいますか?」
「もちろんだ。公爵家の後継者に早いうちから婚約者ができるのはめでたいことだ」
本当の婚約ではなくて、婚約の約束になるかもしれないが、ふーちゃんにも光が見えて来ていた。
国王陛下の御部屋から帰る途中で、わたくしたちはリリエンタール侯爵のお部屋を訪ねた。リリエンタール侯爵はレーニちゃんを連れてすぐに出て来てくれた。
「正式な婚約をするのは先の話になりそうですが、レーニ嬢とうちのフランツとの間に婚約の約束を結べないでしょうか? フランツはレーニ嬢のことを気に入っておりますし、何より、リリエンタール侯爵家とディッペル公爵家の間で縁を持てれば嬉しく思います」
「そのために、リリエンタール侯爵は後継者をレーニ嬢からデニス殿に譲るお考えはありませんか?」
急な申し出にリリエンタール侯爵は驚いていたが、レーニちゃんの顔を見てレーニちゃんに問いかける。
「レーニ、あなたはディッペル公爵家に嫁ぐつもりがありますか?」
「わたくし、フランツ様と婚約するのですか?」
「今は約束だけでも、いずれそうなります」
「フランツ様のことは可愛いと思っています。ディッペル公爵家もエリザベート様やクリスタ様がいらっしゃって、素晴らしい家だと思っています」
「後継者をデニスに譲っても構いませんか?」
「わたくしがディッペル公爵夫人になれる……。ホルツマン家のひとたちもわたくしに手出しはできなくなるのですね。わたくし、このお話、お受けします」
レーニちゃんの決断は早かった。
ディッペル公爵家と言えばこの国で唯一の公爵家であるし、その後継者の妻となればディッペル公爵夫人となるのが決定している。
これだけ家柄に問題のない婚約はないのではないだろうか。
わたくしの両親からしてみても、リリエンタール侯爵家の令嬢をディッペル公爵夫人として迎えられるのは、家柄として十分釣り合うと考えているのだろう。
「レーニじょう、すちでつ」
「フランツ様、わたくしはまだ恋愛感情かどうかは分かりませんが、フランツ様のことは可愛いと思っております」
「けこんちてくだたい」
「大きくなったときに、同じことを仰ってくださるなら」
レーニちゃんの返事に満足してふーちゃんはレーニちゃんの手を握り締めている。ふーちゃんの小さな柔らかい手を握って、レーニちゃんはにこにことしていた。
「明日のハインリヒ殿下のお誕生日の式典で、リリエンタール家の後継をレーニからデニスに移すことを発表します。国王陛下にも今からお手紙を書きます」
「今後ともディッペル家と仲良くしてくださると幸いです」
「こちらこそ、リリエンタール家とレーニのことをよろしくお願いします」
リリエンタール侯爵と両親との間でも話が纏まって、明日のハインリヒ殿下のお誕生日の式典でレーニちゃんからデニスくんにリリエンタール家の後継が譲られることが決まりそうだった。
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