表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
一章 クリスタ嬢との出会い
19/528

19.騒ぎの後で

 部屋でクリスタ嬢は髪の毛を結び直してもらって、取り返した造花の髪飾りを着ける。顔も洗ってさっぱりとしたクリスタ嬢は、もう泣いた痕も残っていなかった。


「クリスタじょう、かいじょうにもどりましょう」

「おねえさま、すこしだけやすんでいってはいけない?」

「つかれたのですか?」


 あんな怖いことがあったのだ。クリスタ嬢が疲れていてもおかしくはない。

 部屋からクリスタ嬢を連れ出そうとするのをわたくしが止めると、クリスタ嬢はハンカチを差し出して来た。


「デボラ、これをぬらして。おねえさまのひたいを、ひやしてあげて」


 クリスタ嬢の髪を整えたり、泣き顔を直すことに気が行っていて、わたくしは自分が叩かれた額がどうなっているのか見ていなかった。


「クリスタお嬢様、ハンカチはしまっておきましょう。すぐに冷たく絞ったタオルを持ってきます」

「ありがとう、デボラ」


 クリスタ嬢に言われてわたくしは鏡で額を見た。前髪を上げて見ると、白い額に赤い叩かれた痕が残っているのが分かる。それほどはっきりと残っているわけではないから、すぐに治ってしまうだろう。


「わたくしをしんぱいしてくれたのですね。クリスタじょう、ありがとうございます」

「おねえさまはわたくしをかばってくださったわ。おねえさま、ありがとう」

「クリスタじょうがぶじならわたくしはへいきです」


 とはいえ、わたくしが怖くなかったわけではなかった。

 わたくしは六歳で、ノメンゼン子爵夫人は大人なのだ。大人に叩かれるようなことがあって、怖くないはずがない。

 デボラが水で冷やしたタオルでわたくしの額を押さえる。赤くなっているところを冷やされると痛みが引くようでわたくしは息をつく。


「エクムントさまがおとうさまとおかあさまをよんできてくれなかったら、どうなっていたでしょう」

「エクムントさま、おじうえとおばうえをよんできてくれた」


 叩かれた瞬間に聞こえたエクムント様の声がわたくしの救いだった。クリスタ嬢を腕の中から奪われずに守り通すことができたのも、エクムント様が迅速に動いてくださったおかげだった。


 やはりエクムント様は頼りになる。

 わたくしはますますエクムント様への恋心を強くしていた。


 叩かれた痕を冷やしてから会場に戻ると、貴族たちが話しているのが聞こえる。


「ノメンゼン子爵夫人は前妻の娘のクリスタ嬢を虐待していたそうだ」

「食事も与えず、理由もなく叩いていたらしい」

「それでクリスタ嬢の母君の姉の公爵夫人がクリスタ嬢を引き取ったのですね」


 ノメンゼン子爵夫人がクリスタ嬢にしていたことも、クリスタ嬢が公爵家に引き取られたいきさつも、すっかりと貴族に広まったようだ。

 もしかするとこのために両親は宿泊式のパーティーを開いたのだろうか。

 ノメンゼン子爵の後継と国王陛下に認められたクリスタ嬢を、ディッペル公爵家で理由もなく引き取っていたら子爵家の乗っ取りを疑われかねない。その疑いを晴らすためにノメンゼン子爵夫人がしたことを明らかにして、クリスタ嬢がノメンゼン子爵家では平和で安全に暮らせないことを広めたのだ。


「エリザベート様、クリスタ嬢、先ほどは可愛らしい歌とピアノを披露してくださって、素晴らしかったですよ」

「キルヒマンこうしゃくふじん、ありがとうございます」

「おねえさま、だぁれ?」

「エクムントのごりょうしんのキルヒマンこうしゃくふさいですよ」


 キルヒマン侯爵夫妻から声をかけられて、わたくしはスカートを摘まんで一礼する。

 クリスタ嬢はすぐに気付いたようで、名乗っていた。


「わたくし、クリスタ・ノメンゼンともうします」

「存じていますよ。先ほどは子爵夫人に怖い目に遭わされたようですね。エクムントが間に合っていれば」

「エクムントは、わたくしとクリスタじょうをまもってくれました。りっぱにしごとをなしとげました」

「エクムントさま、すぐにおじうえとおばうえをよんできてくれたの。わたくし、かんしゃしているの」


 キルヒマン侯爵夫人はエクムント様が間に合っていないような言い方をしたが、クリスタ嬢に危害を加えられる前に父と母を連れて来られたので、わたくしはエクムント様は立派に仕事をしたと感じていた。


「エクムントはいい主人に恵まれたものですね。エリザベート様、クリスタ嬢、これからもエクムントをよろしくお願いします」

「わたくしのほうが、エクムントによろしくされるほうですわ」

「エクムントさま、えほんをよんでくれるの。それに、おねえさまとべつべつのへやになるのがいやだっていったら、まどをつけるといいっていってくれたの。きょうもたすけてくれて、とてもやさしいの」

「エクムントがエリザベート様とクリスタ嬢に認められて仕事ができていて安心しました。それにしても、子爵夫人の酷かったこと。こんな小さな子に惨いことを」

「子爵家ではクリスタ嬢は酷い扱いを受けていたのでしょう。公爵夫妻は礼儀作法には厳しいところがありますが、愛情あふれる方です。エクムントをお預けできると信頼した方です。ここでは安心して過ごされるといいでしょう」


 キルヒマン侯爵夫妻と話していると、エクムント様のことを思い出す。

 特にキルヒマン侯爵夫人は褐色の肌に艶やかな黒髪に黒い目で、エクムント様を思い起こさせた。


 キルヒマン侯爵夫人は肌の色や容貌で差別される場面もあるのだが、辺境伯家の遠縁だということで常に堂々としていた。こんな方に育てられたのでエクムント様も素晴らしい男性に育ったのだろう。


「エクムントはエリザベート様やクリスタ嬢から見ると大人に見えるかもしれませんが、わたくしたちから見ると、まだまだ子ども」

「至らないところもありますが、よろしくお願いしますね」


 士官学校を卒業してすぐに公爵家に努めるようになったエクムント様はまだ十七歳だ。前世の感覚からすれば、十七歳といえば高校生である。そんな年齢でもしっかりと働いているエクムント様にわたくしはますます尊敬の念と恋心を燃やしていた。


「エリザベート、クリスタ嬢、戻っていたのですね」

「もう大丈夫かな? エリザベートは額が少し赤くなっているね」

「ひたいがあかいのにきづいて、クリスタじょうがひやすようにいってくれたのです。それで、あかみもすこしきえました」

「それはよかった。クリスタ嬢、ありがとう」

「おねえさま、わたくしをまもってたたかれたの。わたくし、おねえさまになにかしてさしあげたかった」

「クリスタ嬢は本当にいい子ですね。エリザベートもこんな従妹がそばにいて楽しいでしょう」

「はい。わたくし、クリスタじょうがだいすきです」

「わたくしも、おねえさまがだいすきです」


 額を確かめて赤みが少し引いていることに気付いた父が安心しているようだ。母は冷やす提案をしてくれたクリスタ嬢を褒めている。

 両親から少し離れて、わたくしは会場で護衛についているエクムント様のところに行った。エクムント様は両親の少し後ろで剣を腰に下げて姿勢よく立っている。

 この場で両親に何かあればすぐに動けるようにしているのだ。


「エクムント、さきほどはありがとうございました」

「もう少し旦那様と奥様を呼んでくるのが早ければ、エリザベートお嬢様も嫌な思いをしなくて済みましたのに。申し訳ありません」

「いいえ、エクムントはさいぜんをつくしてくれました。わたくしはクリスタじょうがきずつけられることがなくて、ほんとうにかんしゃしています」


 腕の中に抱き締めたクリスタ嬢を奪われて、クリスタ嬢が叩かれていたら、わたくしは一生後悔していただろう。クリスタ嬢もノメンゼン子爵家で受けていた仕打ちを思い出して、トラウマを抉られていたかもしれない。

 それを考えれば、エクムント様が間に合わなかったというのは全くの間違いだった。


「エリザベートお嬢様はお強いのですね」

「そんなことはないです。わたくしもおかあさまをみたら、あんしんしてないてしまいました」

「そんな怖い状況でもしっかりとクリスタお嬢様を守っていたではないですか。ご立派です」


 エクムント様に褒められるとわたくしは額の痛みも忘れてしまう。

 エクムント様との時間が永遠に続けばいいのにと思ってしまうが、それは不可能のようだ。


「そろそろ昼食会の準備を致します。皆様、一度お部屋にお戻りください」

「音楽会にご参加いただきありがとうございました」


 父と母の声が会場に響いて、音楽会はお開きになった。

読んでいただきありがとうございました。

面白いと思われたら、ブックマーク、評価、いいね!、感想等よろしくお願いします。

作者の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ