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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
七章 辺境伯領の特産品を
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3.三通の招待状

 キルヒマン侯爵家からのお茶会の招待状はすぐに届いた。

 キルヒマン侯爵夫妻の孫のガブリエラ嬢の六歳のお誕生日だというのだ。わたくしも六歳からお茶会にデビューしたが、ガブリエラ嬢もわたくしと同じく六歳からお茶会にデビューするのだろう。


 大抵の貴族の子どもが六歳前後でお茶会にデビューする。

 四歳のクリスタちゃんと三歳のローザを連れて来ていた元ノメンゼン子爵の妾がどれだけ常識知らずだったのか、今更ながらによく分かる。

 まだ四歳で分別がつかない子どものクリスタちゃんを連れてきた挙句、虐待のせいでお腹を空かせたクリスタちゃんがガツガツと軽食を食べていたら連れ出してお手洗いの個室で扇で叩くなど、わざとクリスタちゃんを苛めたくてやっていたとしか思えない。


 あの頃のクリスタちゃんは目も落ち窪んで痩せていて、清潔ではなく、酸っぱい匂いがしていた。


「お姉様、わたくしにも招待状が来ました。キルヒマン侯爵夫妻のこと、わたくし大好きですわ」


 家族で一通の招待状で構わないはずなのに、キルヒマン侯爵夫妻は両親への招待状と、わたくしへの招待状と、クリスタちゃんへの招待状を分けて、三通ディッペル家に招待状を送って下さったのだ。

 手書きの招待状は書くのに手間がかかる。それでもわたくしとクリスタちゃんを招待したいという意味を込めて別々の招待状を送って下さったキルヒマン侯爵夫妻には感謝しかない。


「わたくしにも招待状が来ましたわ。わたくし個人宛ての招待状なんて初めてで大人になった気分です」

「お姉様もそう思いましたか? わたくしも大人になったような気分がしてとても嬉しいのですよ」


 クリスタちゃんと話しているとクリスタちゃんが四歳の頃が思い出される。

 わたくしはため息をついてクリスタちゃんをじっと見た。


「クリスタちゃんは四歳の頃のことを覚えていますか?」

「覚えています。お姉様にナプキンの使い方を教えてもらったり、ナイフとフォークの使い方を教えてもらったり、お姉様のお部屋で寝たりしましたね」

「それ以前のことは……?」

「わたくし、それより前のことはあまり覚えていません。お姉様と一緒の楽しい記憶ばかりですわ」


 四歳だったから仕方がないのかもしれないが、クリスタちゃんは虐待されていた過去をすっかりと忘れていた。

 覚えていてもつらいだけなので、忘れた方がいいのかもしれない。

 蒸し返すことなく、わたくしはクリスタちゃんの言葉に頷く。


「ポニーの名前を一緒に考えたでしょう? 列車にも乗りました! リップマン先生がやって来て、勉強も始めました。お姉様の伴奏でわたくしが歌って、初めてキルヒマン侯爵夫妻に褒められた日は、よく覚えています」

「クリスタちゃんの記憶は幸せなものばかりですね」

「はい! お姉様がいてくださったからです」


 元気よく答えられてわたくしも悪い気はしていなかった。

 クリスタちゃんの記憶にはずっとわたくしがいて、わたくしに守られて幸せだった時間しか覚えていない。それはわたくしがクリスタちゃんを元ノメンゼン子爵からも、その妾からも守ろうとした結果であり、決して悪いことではなかった。


「わたくしの本当のお母様は、今のテレーゼお母様の妹のマリアお母様でしょう? お父様は……あれ? 思い出せないわ。わたくしのお父様は今のお父様じゃないのでしたっけ?」

「別にいますが、思い出す必要もありません。クリスタちゃんはマリア叔母様とお父様とお母様のことだけ分かっていればいいのです」


 元ノメンゼン子爵のことも、父親ではなく「旦那様」と呼ばされていたからかもしれないが、全く思い出せなくなっているクリスタちゃんに、わたくしはきっぱりと言ってあげた。

 クリスタちゃんが無理に過去を思い出すことはないのだ。


 クリスタちゃんの両親はわたくしの両親とマリア叔母様だけでいい。元ノメンゼン子爵など忘れたままでいい。


「キルヒマン侯爵家のお茶会は、お姉様、リボンにしますか? 薔薇の造花にしますか?」

「わたくしは薔薇の造花にしようかと思っております」

「分かりました。わたくしも薔薇の造花にします。お揃いですね」


 楽し気に髪飾りを選ぶクリスタちゃんの笑顔に一点の曇りもない。それがわたくしは嬉しくて堪らなかった。


 キルヒマン侯爵家のお茶会にはハインリヒ殿下とノルベルト殿下はいらっしゃらないようだ。侯爵家の孫のお誕生日お祝いまで王族のハインリヒ殿下とノルベルト殿下が来られるはずはない。

 ディッペル家のお茶会に必ず参加するのは、ディッペル家がこの国唯一の公爵家で、王家との繋がりが深いからだ。

 逆に公爵家と並ぶとも劣らない辺境伯家の主催のパーティーにハインリヒ殿下とノルベルト殿下が出席なさらないのは、辺境伯領までの距離の問題があるのと、辺境伯領が独立派がまだ残っていて平和が確立されていないからだろう。


 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下がキルヒマン侯爵家のお茶会に出席しないと分かっているから、クリスタちゃんはハインリヒ殿下にいただいた髪飾りではなくて、わたくしとお揃いの髪飾りにしようと考えたのだ。


「ふーちゃん、まーちゃん、行ってきます」

「いい子で待っていてくださいね」


 お屋敷を出るときに子ども部屋に声をかけて行くと、ドレス姿のわたくしとクリスタちゃんを見てふーちゃんとまーちゃんが立ち尽くしていた。ドレスを着ているということはわたくしたちは出かけるということを分かっているので、子ども部屋を出ると大きな泣き声が聞こえてくる。


「おねえたまー! びえええええ!」

「ねぇねー! ふぇぇぇぇぇぇ!」


 声をかけない方がよかったかもしれないと思い直したがもう遅い。


「ヘルマンさんとレギーナには悪いことをしましたね」

「後で謝っておきましょう」


 わたくしとクリスタちゃんは話しながら馬車に乗った。

 春の風は心地よく、馬車は暑くもなく、寒くもなく快適に走っていく。

 キルヒマン侯爵家で馬車から降りて庭を歩いて玄関を通り、大広間まで行くと、黒髪に黒い目、褐色の肌の女の子がキルヒマン侯爵夫妻とイェルク殿とゲルダ夫人に付き添われて挨拶をしていた。


「ガブリエラ・キルヒマンです。みなさま、きょうは、わたくしのろくさいのおたんじょうびにきてくださってありがとうございます」

「わたくしたちの孫も六歳になりました」

「これからお茶会に参加させていただきますので、どうかよろしくお願いいたします」

「ガブリエラは兄のクレーメンスの養子になって、ゆくゆくはキルヒマン家を継ぐ予定です」

「義兄夫婦と共によろしくお願いいたします」


 ぺこりと頭を下げるガブリエラ嬢と言葉を添えるキルヒマン侯爵夫妻とイェルク殿とゲルダ夫人。

 ガブリエラ嬢がクレーメンス殿とドロテーア夫人の養子になることが決まっているようだった。


「初めまして、ガブリエラ嬢。わたくし、ディッペル家のエリザベートです」

「エリザベートさま!? エクムントおじさまのこんやくしゃさまですね」

「そうです。エクムント様と婚約させていただいております」

「エクムントおじさま、しょうかいしてくださいませ。こんなにすてきなかた、わたくし、きおくれしてしまいます」

「ガブリエラ、エリザベート嬢は立派な淑女なので、よく学ばせてもらいなさい。エリザベート嬢、姪のガブリエラです」

「よろしくお願いいたします、ガブリエラ嬢」

「むらさきいろのこうたくのくろかみと、ぎんいろのこうたくのおめめ! しょだいこくおうへいかとおなじですわ!」

「ガブリエラ、落ち着いて。大きな声は出さないのですよ」


 元気のいい子なのだろう、わたくしの前でもじもじした後は、わたくしの色彩にとても驚いている。エクムント様の姪なのでわたくしも将来義理の姪になるのかと思うと、ガブリエラ嬢が可愛い気持ちになってくる。


「ディッペル家のクリスタです。初めまして、ガブリエラ嬢」

「クリスタさま!? こうたいしでんかとこんやくのおはなしがでているという!?」

「ガブリエラ、そんなに大きな声を出さないで。もっと慎み深く静かな声で話しなさい」

「ごめんなさい、エクムントおじさま……。わたくし、きんちょうしてしまうと、どうしてもこえがおおきくなってしまうのです。あぁ、なんてすてきなの、クリスタさまとエリザベートさま。おとうとやいもうとたちにあわせたいわ」


 うっとりとしているガブリエラ嬢からしてみれば、十一歳のわたくしと十歳のクリスタちゃんはかなり年上に感じられるのだろう。

 肌の色が濃いので分からないが、ガブリエラ嬢は頬を染めているのかもしれない。


「エクムント様、ガブリエラ嬢の弟君と妹君にお会いすることはできませんか?」

「特別に子ども部屋にお招きしましょうか? ガブリエラもケヴィンとフリーダにエリザベート嬢とクリスタ嬢を会わせたいようです」

「ケヴィンはすこしやんちゃですが、フリーダはやさしいこで、ふたりともとてもかわいいのですよ」

「ぜひお会いしたいです」

「わたくしもよろしいですか?」


 エクムント様にお願いすれば、ガブリエラ嬢の弟のケヴィン殿と妹のフリーダ嬢にも会えそうだった。

 小さな子に会うのは楽しい。

 わたくしはわくわくしていた。

読んでいただきありがとうございました。

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