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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
一章 クリスタ嬢との出会い
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18.ノメンゼン子爵夫人の退場

 大広間に行くとメイドさんがドアを開けてくれて、大勢のひとの前にわたくしとクリスタ嬢が出る。

 ピアノの前に立ったわたくしとクリスタ嬢を父と母が紹介してくれる。


「私の娘のエリザベートと、姪のクリスタ嬢です」

「これから、エリザベートの伴奏でクリスタ嬢が歌います。可愛い二人の演奏を温かく見守ってくださいませ」


 紹介されてわたくしとクリスタ嬢は深く頭を下げる。頭を下げるとクリスタ嬢のオールドローズ色の髪飾りの付いた三つ編みがするりと肩の方に滑って行った。

 ピアノの椅子に座って楽譜を置いて、クリスタ嬢を見ると、緊張している面持ちである。クリスタ嬢と視線を合わせて伴奏を弾き始めたのだが、クリスタ嬢は歌い始めるところになっても、声が出なかった。


 これはわたくしがフォローしなければいけないところだ。


 わたくしは楽譜を最初から弾き直して、もう一度歌い出しまで弾く。それでもクリスタ嬢は歌い出すことができない。

 どうしようと迷いながら三回目の弾き直しをすると、観客席から母の声が響いてきた。

 母が曲を歌っている。

 一曲歌い終わるころには、クリスタ嬢はやっと動けるようになっていた。


 母の歌が終わってから、もう一度最初から曲を弾くと、今度はクリスタ嬢は上手に歌い出せた。ホッとして曲の続きを弾いていると、今度はわたくしの指が転んで伴奏を間違えてしまった。

 どうすればいいのか分からずに伴奏が止まってしまった中でも、クリスタ嬢は止まらずに立派に歌っている。歌うクリスタ嬢の姿に勇気をもらって、わたくしも伴奏を再開できた。


 最後は二人とも息を合わせて終わることができる。

 歌と伴奏が終わって、わたくしがピアノの椅子から立ち上がってクリスタ嬢の隣りに立つと、クリスタ嬢はわたくしの手をぎゅっと握り締めて来た。

 クリスタ嬢の手は汗で湿っていて、クリスタ嬢が相当緊張していたのが分かる。クリスタ嬢の手を握ったまま、わたくしとクリスタ嬢は深くお辞儀をした。


 会場からは温かな拍手が巻き起こる。


「我が娘と姪ながら、とても上手な演奏でした。頑張りましたね、エリザベート、クリスタ嬢」

「二人にもう一度大きな拍手をお願いいたします」


 母と父が促してくれて、大きな拍手が巻き起こる中でわたくしはピアノの前から離れた。父の横に立つとホッとして力が抜けて来る。座り込みそうになったわたくしを父は手を添えて背中を支えてくれていた。


「続きましては、わたくしの歌をお聞きください」


 ピアノの先生が伴奏を弾いて、母が歌い出す。わたくしとクリスタ嬢の短い童謡とは全く違う、情熱的な歌曲の音色にわたくしもクリスタ嬢も目が離せなくなる。

 歌い終わると母は優雅に一礼をした。

 会場からは拍手と感嘆のため息が漏れ聞こえる。


「さすが、我が国一のフェアレディと言われたテレーゼ様」

「今も我が国一の淑女であらせられますな」

「素晴らしい」


 誉め言葉が飛び交う中で面白くなさそうにしているのはノメンゼン子爵夫人だ。片手に持った扇をもう片方の手に叩き付けるようにして、苛立ちを露わにしている。

 扇の叩く音にクリスタ嬢が怯えているのが分かったので、わたくしはクリスタ嬢を息が付ける場所に案内したかった。


「クリスタじょう、すこしそとのくうきをすいませんか? おとうさま、おかあさま、テラスにでてもいいですか?」

「行ってらっしゃい、エリザベート、クリスタ嬢」

「何かあったらすぐに戻ってくるのですよ。素晴らしい演奏をありがとうございました」


 両親に一言断ってからわたくしとクリスタ嬢はテラスに出た。このテラスはクリスタ嬢とわたくしが初めて会った日に、一緒にお茶をした場所だ。

 テラスの椅子に座って給仕に飲み物を持ってくるように頼んでいると、ハインリヒ殿下がテラスにやってきた。ハインリヒ殿下はクリスタ嬢が気になるようだ。


「そのかみかざり、きれいだな。みせてみろよ」

「きゃあ!? かえして!」


 三つ編みにして後ろに垂らしてあるクリスタ嬢の髪から、ハインリヒ殿下がオールドローズ色の髪飾りを外して取ってしまった。驚いたクリスタ嬢は椅子から飛び降りてハインリヒ殿下に手を伸ばしているが、ハインリヒ殿下の方が背が高いので上に持ち上げられてしまうとクリスタ嬢の手が届かない。


「おねえさまとおそろいのかみかざり! だいじなの! かえして!」

「みてるだけじゃないか。すこしくらいいいだろ?」

「うぇ……かみのけ、ほどけちゃったぁ!」


 髪飾りを外されたせいで髪が乱れてしまったクリスタ嬢は泣き顔になっている。


「ハインリヒでんか、クリスタじょうがいやがっているではありませんか。おやめください」

「うるさいな! かえせばいいんだろ!」


 ハインリヒ殿下がオールドローズ色の髪飾りを投げて返すと、泣いてしまったクリスタ嬢は上手く受け取れずに、髪飾りが風に吹かれてテラスの上をころころと転がった。

 転がった先にいたのはノメンゼン子爵夫人と娘のローザ嬢だった。


「お前みたいな子どもには贅沢なのよ。これはローザにもらうわね」

「おまちください、ノメンゼンししゃくふじん。そのかみかざりは、わたくしのりょうしんのディッペルこうしゃくとこうしゃくふじんがクリスタじょうのおたんじょうびにあつらえたもの。かってにもっていかれてはこまります」

「ハインリヒ殿下が私にくださったのよ。そうでしょう、ハインリヒ殿下?」

「え? そんなことしてない……」


 ノメンゼン子爵夫人の無茶苦茶な言葉にわたくしは憤りを感じる。クリスタ嬢は髪を乱され、髪飾りを奪われてわたくしに取り縋って泣いている。


「お前なんかよりも、ローザに相応しい髪飾りだわ。ローザにあげると言いなさい!」

「やー! わたくしのかみかざりよ! おねえさまとおそろいなの!」

「言うことを聞かない子はどうなるか分かっているでしょう?」


 ノメンゼン子爵夫人が畳んだ扇を振り上げる。わたくしはとっさにクリスタ嬢をしっかりと抱き締めていた。

 振り下ろされた扇がわたくしの額に当たった。

 痛みが走ってわたくしの目から涙が出そうになる。


「奥様、旦那様、こちらです!」


 そのとき、聞こえたのはエクムント様の声だった。

 エクムント様が父と母を連れて来てくれている。


「エリザベート、大丈夫ですか? クリスタ嬢も怪我はありませんか?」

「お、おかあさま……ふぇ……」


 母が来てくれたことでわたくしは安心して泣きそうになっていた。気丈に振舞っていたが、わたくしもまだ六歳なのである。体に精神は引きずられるようで、前世の記憶があっても、わたくしは六歳の子どもに違いなかった。


「ノメンゼン子爵夫人、これはどういうことですかな?」


 父の怒りを込めた問いかけに、ノメンゼン子爵夫人はハインリヒ殿下を指差した。


「ハインリヒ殿下がクリスタの髪飾りを取ったのです。私はそれをお返ししようとしただけなのに、エリザベート様が私が髪飾りを取ったかのように言って来るから……」

「エリザベート、ノメンゼン子爵夫人の言っていることは本当かな?」


 ゆっくりと優しく問いかける父に、わたくしは涙を拭いて口を開く。


「ハインリヒでんかがかみかざりをとったのはほんとうです。でも、そのあとで、ノメンゼンししゃくふじんが、かみかざりをひろって、ローザじょうにあげるといわないと、クリスタじょうをたたくといったのです」

「そんなこと言っていません! 子どもの言うことと大人の言うこと、どちらを信じるんですか?」


 堂々と嘘を吐くノメンゼン子爵夫人だったが、母がわたくしの前髪を上げて額が赤くなっているのを確かめていた。


「エリザベートが嘘をついたと言うのでしたら、このエリザベートの額はどうしたのでしょう? あなたが扇で叩いたのではないですか?」

「それはクリスタを躾けるために扇を振り上げたら当たっただけです。エリザベート様を叩こうとは思っていませんでした」

「それならば、クリスタ嬢を叩こうとしたのではないですか?」

「ぐ……そ、それは……」


 追い詰められてノメンゼン子爵夫人はハインリヒ殿下の方に向き直った。


「元はと言えばハインリヒ殿下が髪飾りを取ったのがいけないのではないですか。私は子爵夫人で、殿下のなさることに口出しなどできません」

「わたしのせいにするのですか!? あなたがローザじょうにかみかざりをあげるようにクリスタじょうをおどしていたこと、わたしもみていましたよ」


 ハインリヒ殿下もわたくしとクリスタ嬢の味方に付いてくれるようだ。


「ハインリヒ殿下が王家の出であろうとも、間違ったことをした場合には大人は子どもを教育するべきではないのですか? あなたの教育は暴力のようですが、正しい教育とは圧倒的な力で脅すことではありません」

「私はなにもしていない。ハインリヒ殿下が悪いのです」

「ハインリヒ殿下も今回のことは大変不作法だったと思います。反省していただくために、今回はお帰り願います。エクムント、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下のために馬車の用意を」

「はい」


 エクムント様に連れて行かれそうになってハインリヒ殿下がクリスタ嬢に謝っている。


「ほんとうにごめん。わるかったよ」

「もうしないでね?」

「もうしない」


 これは子どもの男子特有の好きな子にどうやって接すればいいか分からなくて意地悪をしてしまう現象だったのではないだろうか。

 ハインリヒ殿下が連れて行かれた後で、父はノメンゼン子爵夫人を大広間に連れて行き、ノメンゼン子爵の前に突き出した。


「ノメンゼン子爵夫人は、ハインリヒ殿下の悪ふざけを助長させて、挙句、エリザベートの額を叩きました。このようなことは公爵家では許していません」

「申し訳ありません、ディッペル公爵。お許しください」

「謝られてもエリザベートが傷付けられた事実は変わりません。それに、ノメンゼン子爵夫人は我が姪、クリスタ嬢も虐待していた疑いがある。今回はお引き取り下さい」


 ノメンゼン子爵夫人は公衆の面前で、このパーティーに参加する資格がないと断じられている。顔を真っ赤にして怒りを堪えているノメンゼン子爵夫人に頭を下げさせて、ノメンゼン子爵がノメンゼン子爵夫人とローザ嬢を連れて帰って行く。


「この件に関して、沙汰は追ってお伝えします」

「本当に申し訳ありませんでした」


 ぺこぺこと頭を下げるノメンゼン子爵と対照的に、ノメンゼン子爵夫人は顔を真っ赤にして自分からは頭も下げない。


「ノメンゼンししゃくふじんからも、なにかいうことがあるのではないですか?」


 このまま帰らせるわけにはいかない。

 ノメンゼン子爵夫人はクリスタ嬢を泣かせて怯えさせて、わたくしの額を扇で叩いたのだ。

 立ち塞がるわたくしに、ノメンゼン子爵夫人はぎりっと奥歯を噛み締めた。


「大変申し訳ありませんでしたわ」


 血を吐くようにして口に出された謝罪に、わたくしは自分の勝ちを確信した。

 泣いていたクリスタ嬢の涙と洟をハンカチで拭いてあげて、手を引いて一度部屋まで戻る。


「クリスタじょう、かみのけをととのえてもらいましょうね。おかおもあらったほうがいいかもしれません」

「おねえさま、こわかった……」

「もうだいじょうぶですよ。ノメンゼンししゃくふじんはこうしゃくけからおいだされました」


 パーティーはまだまだ続く。

 残りのパーティーをクリスタ嬢が楽しめるように、わたくしは気を配らねばと思っていた。

読んでいただきありがとうございました。

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