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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
六章 ハインリヒ殿下たちとの交流
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29.クリスタちゃん、十歳

 クリスタちゃんが十歳になるというのは、わたくしにとってとても大きな出来事だった。

 前世では「七歳までは神の子」と言って、新生児や乳幼児が死にやすいことを表現していたが、オルヒデー帝国では十歳がその目安らしいのだ。

 わたくしは公爵家の娘で、栄養たっぷりの食事を摂っていて、病気にも罹らずに十一歳まで来てしまったが、クリスタちゃんはわたくしとは話は別だった。

 クリスタちゃんは幼い頃から虐待されていて、食事も碌にとらせてもらえなくて、清潔とも言い難い環境で育った。無事に育つかどうかを危ぶまれるような状況だったのだ。


 そんなクリスタちゃんが十歳を迎えるにあたって、わたくしはクリスタちゃんのことを盛大に祝いたかった。


 十歳とは年齢が十の位に上がる初めての年で、その次に位が変わるときには百歳なので、生きているかどうかも分からない。

 そんな大事な年齢なのだ、特別なお祝いがしたい。


 わたくしのときに特別なお祝いはしなかったように、クリスタちゃんのときにも両親は特別なお祝いはする気はないようだが、わたくしだけでも可愛い妹に特別なお祝いをしたかった。


 クリスタちゃんが喜ぶことと考えて、わたくしはクリスタちゃんと両親に相談を持ち掛けていた。


「クリスタちゃんのお誕生日では、わたくしが伴奏を弾いて、クリスタちゃんに歌ってもらいませんか?」

「お姉様の伴奏でわたくし歌えるのですか?」

「クリスタちゃんはマリアによく歌を聞かせています。クリスタちゃんは歌がとても上手なのです。それを皆様に聞いていただきたいのです」


 小さい頃からクリスタちゃんは歌を歌ったり、ピアノを弾いたりすると、キルヒマン侯爵夫妻が褒めてくれるのをとても楽しみにしていた。十歳のクリスタちゃんの声は澄んでいて、歌はとても上手なので、キルヒマン侯爵夫妻だけでなく、会場の皆様が褒めてくださるに決まっている。

 少なくともレーニちゃんとリリエンタール侯爵と、エクムント様とカサンドラ様と、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下は褒めてくださるに違いない。


「クリスタのお誕生日にはノエル殿下もいらっしゃる。隣国の歌を歌ってもいいかもしれないね」

「それは素敵ですわ。ノエル殿下にクリスタの歌を聞かせて差し上げたいですわね」


 ノエル殿下も学園は春休みに入っているが、次の学期のためにオルヒデー帝国に残っているので、クリスタちゃんのお誕生日にはいらっしゃるようなのだ。

 これはノエル殿下が大好きなクリスタちゃんがいいところを見せるチャンスでもある。


「わたくし、頑張ります。お姉様、伴奏をよろしくお願いします」


 やる気になっているクリスタちゃんと、その日から大広間のピアノでピアノと声楽の先生と猛特訓が始まった。


「発音が違っていますよ。そこは、『あ』の口で『お』と発音するのです」

「はい、先生」


 厳しい指導は時間がないからだったが、クリスタちゃんはそれに耐えてしっかりと隣国の歌を習得した。わたくしもピアノの伴奏をよく練習して間違えないようになっていた。


 お誕生日当日、お客様たちを迎えて、クリスタちゃんはピアノの前に立ち、わたくしはピアノの椅子に座った。クリスタちゃんがわたくしを見る。わたくしは頷いて伴奏を弾き始めた。


 ローズピーチという色のドレスを着たクリスタちゃんと、薄紫のドレスを着たわたくし。わたくしは薄紫のダリアのネックレスとイヤリングを身に着けていて、クリスタちゃんはピンク色の薔薇のネックレスを身に着けている。


 深く息を吸ってクリスタちゃんが歌い出す。

 澄んだ高い声が大広間の高い天井に吸い込まれるように響いていた。


 歌い終わると会場から拍手が沸き起こる。

 わたくしも伴奏を終えて、クリスタちゃんの隣りに立って二人で深くお辞儀をした。


 まず一番に近付いて来てくれたのはキルヒマン侯爵夫妻だった。


「とても素晴らしい演奏でした。クリスタ様の歌の素晴らしかったこと。エリザベート様の伴奏はクリスタ様の歌にとてもよく合っていました」

「久しぶりに聞きましたが、素晴らしい演奏でしたね。クリスタ様は歌の才能がありますね」


 手放しに褒められてクリスタちゃんが輝く笑顔になっているのが分かる。わたくしもエクムント様の面影のあるキルヒマン侯爵夫妻に褒められると有頂天になりそうだった。


「ありがとうございます、とても嬉しいです」

「お褒めに預かり、光栄です」


 お礼を言っていると、エクムント様とカサンドラ様が近寄って来てくれる。


「美しい歌声とピアノでした。素敵な演奏をありがとうございます」

「クリスタ嬢は歌が本当に上手なのだね。エリザベート嬢のピアノもよく響いていた」

「ありがとうございます、エクムント様、カサンドラ様」

「わたくしのお誕生日に来て下さってありがとうございます」


 エクムント様もカサンドラ様もわたくしとクリスタちゃんを手放しで褒めてくださる。


「エリザベート様、クリスタ様、わたくし、感動しましたわ」

「レーニ嬢、来てくださったのですね」

「ポニーの件はありがとうございました。無事にリリエンタール領に着いて、リリアンタール家の馬を飼っている厩舎で過ごさせています。穏やかな性格で、他の馬とも仲良くやっているようです」


 リリエンタール侯爵はヤンのことを教えてくれる。

 ヤンはリリエンタール侯爵領で他の馬と仲良くできているようだ。


「わたくし、乗馬を始めるのです。ヤンを乗りこなせるように頑張りますわ」

「ヤンは人参が大好きなのです。乗り終わったらご褒美にあげてください」

「ブラシもかけてあげてください」


 嬉しそうなレーニちゃんにわたくしとクリスタちゃんはヤンのことを伝えた。


「それにしても、フランツ様からいただいたお手紙なのですが、わたくし、よく意味が分からなくて」

「あ、そ、それは、フランツがよく分からずに書いて欲しいと言ったものでして」

「フランツのお手紙? わたくしにも見せてください」


 パーティーバッグの中から手紙を取り出すレーニちゃんにクリスタちゃんがそれを受け取る。


「『レーニおねえたまとであって、わたちのハートに、はながさきまちた。レーニおねえたまをおもうおはなでつ。いちゅか、うけとってくだたい、ふーのはな』……これは、詩ですわ」

「詩なのですか!?」

「レーニ嬢のことがフランツは大好きみたいなのです。なんて可愛い詩なのかしら」

「これが詩……詩とは難しいものなのですね」

「レーニ嬢への好意が溢れていますわ。フランツの可愛いラブレターを覗き見したようで怒られそうですね。わたくしが見てしまったことは内緒にしてくださいね」

「はぁ……。これが、詩……」


 レーニちゃんもよく意味が分かっていないようだ。わたくしも代筆したけれど全然意味が分からなかった。


「『ハートに花が』とはどういう意味なのでしょう?」

「詩は解説するのは無粋ですわ。心で感じてくださいませ、レーニ嬢」

「心で感じる……」


 レーニちゃんが困惑しているのもよく分かる。わたくしもこの詩がよく分からなくて困惑してしまっている。

 クリスタちゃんは分かっているようだが解答を教える気はないようだ。

 困惑しているレーニちゃんが手紙をパーティーバッグに入れていると、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下が近付いてきた。


「素晴らしい歌声でしたね、クリスタ嬢。私は感激しました」

「ハインリヒはこの歌声を保存しておきたいと言っていましたよ」

「ノルベルト兄上、ばらさないでください!」


 恥ずかしがっているハインリヒ殿下に、クリスタちゃんがその手を取る。


「ハインリヒ殿下がお望みなら、わたくしは何度でも歌います」

「クリスタ嬢、嬉しいです」


 見つめ合う二人にノエル殿下が咳払いをしている。


「わたくしもいるのですが」

「ノエル殿下、お越しいただきありがとうございます」

「わたくしの国の歌でしたが、もしかして、わたくしのために歌ってくださったのですか?」

「ノエル殿下のことを考えて選曲しました」

「ありがとうございます。素晴らしい歌で、感動しました」


 ハインリヒ殿下もノルベルト殿下もノエル殿下もクリスタちゃんのことを褒めてくださっている。わたくしはクリスタちゃんのために歌を歌うことを提案してよかったと心から思っていた。


「ハインリヒ殿下、ノルベルト殿下、ノエル殿下、レーニ嬢も、お茶をご一緒致しませんか?」

「わたくし、エクムント様をお誘いしてきていいですか?」

「喜んでご一緒します」

「エクムント殿も一緒にお茶をしましょう」

「クリスタ嬢のお誕生日、盛大にお祝いいたしましょう」


 ハインリヒ殿下もノルベルト殿下もノエル殿下も喜んで賛成してくれて、わたくしはエクムント様を誘いに人ごみの中に入って行った。

読んでいただきありがとうございました。

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