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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
六章 ハインリヒ殿下たちとの交流
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15.夏休みの終わり

 朝はあっという間に来てしまう。

 夜更かししたのでわたくしは部屋に戻ってシャワーを浴びると、眠くてすぐに眠ってしまった。

 クリスタちゃんもそうだったようだ。

 朝になって隣りの部屋から悲鳴が聞こえる。


「髪の毛がー! 髪の毛が、跳ねていますわ! デボラ、助けてー!」

「跳ねているのをブラッシングして、編み込みましょうね」

「もうこんな時間なのね! デボラ、急いでくれる?」

「分かりました。できるだけ急いで美しく編みます」


 寝坊してしまったクリスタちゃんは大慌てだった。わたくしも時間に余裕があるわけではないので、洗面をして、髪を梳いて、ハーフアップにして、着替えて、食堂に降りていく。

 食堂にはまだ両親とノエル殿下しか来ていなかった。


「おはようございます、ノエル殿下。昨日はよく眠れましたか?」

「夜更かししてしまったからぐっすりでした。朝は汗をかいていたのでシャワーを浴びる余裕はありました」

「早起きなのですね。わたくしはギリギリまで眠ってしまいましたよ」

「わたくしはエリザベート嬢よりも三つも年上なのですよ。少しは睡眠時間も短いのです」


 くすくすと笑っているノエル殿下に十歳のわたくしと十三歳のノエル殿下では全く違うだろうと理解する。

 クリスタちゃんが駆け込んで来た後で、ハインリヒ殿下がノルベルト殿下に引き摺られるようにして連れて来られた。ハインリヒ殿下は目がほとんど開いていない。


「ハインリヒは朝が弱くて、朝食もほとんど食べないことが多いのですよ」

「わたくし、朝からしっかり食べないと一日動けませんわ」

「朝食を食べないから、目も覚めないし、困ったものです。クリスタ嬢、ハインリヒに言ってやってくれませんか?」


 お願いされてクリスタちゃんがハインリヒ殿下の前に出る。


「おはようございます、ハインリヒ殿下。朝食を食べましょう?」

「うー……たべ、ます」


 眠そうな声で答えるハインリヒ殿下は本当に朝に弱いようだ。意外な一面を見てしまった気がする。

 わたくしとクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんと両親が近くの席に座って、ノエル殿下とノルベルト殿下とハインリヒ殿下が近くの席に座る。食堂のテーブルは大きいのだがこれだけの人数で使うとそれほど広く感じられなくなってしまう。


「おいちいよ?」

「あー……フランツ殿、どうも」

「きゃー!? すみません! フランツ様、ハインリヒ殿下にパンを分けないでください!」

「お気になさらず。ハインリヒは寝惚けてますから」


 人懐っこく千切ったパンをハインリヒ殿下に渡すふーちゃんに、ヘルマンさんが悲鳴を上げて謝り、ノルベルト殿下がそれをとりなしている。

 寝惚けているハインリヒ殿下はそのままふーちゃんからもらったパンを食べてしまった。


 いけないところを見てしまった気がするが、これはなかったことにする。わたくしは何も見ていないと自分に言い聞かせた。


「おいち! おいち!」

「マリア様まで駄目です」


 真似をしてハインリヒ殿下にパンを渡そうとするまーちゃんはレギーナに止められていた。

 わたくしたちはしっかりと朝食をデザートのフルーツまで食べたのだが、ハインリヒ殿下はほとんど食べられずに、デザートのフルーツだけ食べていた。

 朝が弱いというのも困ったものだ。体質なのだろうが、なんとか治らないものかと思ってしまう。


 朝食を食べ終わると荷物を纏めてハインリヒ殿下とノルベルト殿下は一台の馬車に、ノエル殿下は一台の馬車に、護衛と共に乗って帰る。

 お見送りに出たわたくしとクリスタちゃんとふーちゃんを抱っこした父とまーちゃんを抱っこした母は、馬車に乗り込むノエル殿下に声をかけていた。


「ご一緒に過ごせて楽しかったです」

「わたくしも、ディッペル家で過ごせてとても楽しかったです。ありがとうございました」

「またおいでください」

「喜んで」


 わたくしとクリスタちゃんでノエル殿下をお見送りすると、ハインリヒ殿下はさすがに目が覚めているようで、ふーちゃんとまーちゃんの髪を撫でている。


「フランツ殿もマリア嬢もとても可愛かったです。ユリアーナの成長が楽しみです」

「楽しい時間をありがとうございました」

「ハインリヒ殿下とノルベルト殿下がいらっしゃって、エリザベートとクリスタも楽しそうでした」

「またいつでもおいでください」


 両親に送り出されてハインリヒ殿下とノルベルト殿下が馬車に乗る。

 二台の馬車が見えなくなるまでわたくしはクリスタちゃんと一緒に手を振っていた。


 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下のお泊りが終わってしまうと、季節は秋に差し掛かる。

 秋には遂にエクムント様が辺境伯領に正式に行かれることになる。

 エクムント様は五年間過ごした騎士の宿舎から荷物を纏めて、辺境伯領に行く準備を始めているようだった。


 騎士としてのエクムント様の姿を見るのも最後になるのかもしれない。


 庭に散歩に出たときに門の警護に当たっているエクムント様をわたくしは瞼に焼き付けた。

 エクムント様は暑い中上着も着たままで真っすぐに立っていた。


 褐色の肌に金色の目、黒い髪には少し癖があって、背がとても高いエクムント様。

 見ているだけでわたくしは感極まってしまいそうになる。


「お姉様、恋をしているのね……」

「おねえたま、なぁに?」

「ふーちゃん、そっとしておくのよ。お姉様は大事な時間を過ごされているの」

「ねぇね! ねぇね!」

「まーちゃん、抱っこはわたくしがしてあげるから、お姉様の方には行かないで」


 丸聞こえなのだが、クリスタちゃんはクリスタちゃんなりにわたくしの大事な時間を守ってくれているようだった。


 エクムント様のお誕生日に何か形として残るものを贈りたい。

 わたくしはエクムント様に内緒で両親に相談した。


「エクムント様に寄り添えるようなものをプレゼントしたいのです。エクムント様がネックレスをプレゼントしてくれたように」

「ディッペル家ご用達の宝飾商を呼んであげようね」

「そんな!? 高いのではないですか!?」

「エクムント殿は辺境伯になられるのです。半端なものを差し上げては恥ずかしいですよ」


 母に言われてわたくしはハッとする。エクムント様が十歳のわたくしにも辺境伯家専属の職人が作ったネックレスをくださったように、わたくしも立派なものを差し上げなければ婚約者として恥ずかしい。

 母の言葉はわたくしの婚約者としての地位を実感させるものだった。


 呼ばれた宝飾商に商品を見せてもらっていると、クリスタちゃんも部屋に来ていた。

 わたくしはクリスタちゃんに相談してみる。


「ネクタイピンとラペルピンのどちらがいいか悩んでいるのですが」

「エクムント様は普段は軍服だからどちらも使われないかもしれないですわ」

「そうですよね……。どうしましょう」


 悩んでいるわたくしに、宝飾商が声をかけて来る。


「バングルはいかがですか? 最近は男性もアクセサリーを付ける時代になったのですよ」

「バングル、ですか? どういうものがありますか?」


 見せてもらうと、金属に革を張り付けたものがあった。革製品がエクムント様はお好きだと仰っていたのを思い出す。


「このバングル、革が黄色のものはありますか?」

「こちらにございます」


 革が深みがかった黄色のものを手にしてわたくしはこれだと心に決めていた。


「これをお願いします」

「ありがとうございます」


 わたくしが注文すれば、宝飾商はバングルを包んでくれて、父が支払いをしてくれた。


 深い黄色のバングルの入った箱を大事に胸に抱いてわたくしは部屋に戻った。


 辺境伯領に行く荷物の中にこのバングルを入れて持って行かなければいけない。

 エクムント様はバングルを喜んでくれるだろうか。身に着けてくださるだろうか。

 常に身に着けてくださらなくても、式典のときだけでもいい。お誕生日のときだけでもいい。

 わたくしはエクムント様にバングルを差し上げるのを楽しみにしていた。

読んでいただきありがとうございました。

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