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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
五章 妹の誕生と辺境伯領
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21.刺繍のがま口

 冬になると両親のお誕生日がある。

 父も母も共に冬生まれなので、お誕生日の間を取って一度でお誕生日を済ませてしまうようにしていた。

 ちょうどその頃わたくしは刺繍の先生に花の刺繍を習っていた。

 クリスタちゃんはプチローズで、わたくしはルピナスやマーガレットやデイジーや撫子などを刺繍できるようになっていた。


 色んな花を刺繍できるようになったわたくしとクリスタちゃんに、図案を描かせて刺繍の先生は花畑を縫わせてくれた。

 それを縫い終わってから小さながま口に仕立て上げて、刺繍の先生がわたくしとクリスタちゃんにくれた。


「プレゼントしたい方がいるのでしょう?」

「ありがとうございます、先生!」

「こんな素敵ながま口ができたわ」


 素敵ながま口が出来上がってわたくしとクリスタちゃんは大喜びだった。

 刺繍の先生はいつもわたくしとクリスタちゃんの先回りをして喜ばせてくれる。刺繍の先生の技術とアイデアにいつもわたくしとクリスタちゃんは感謝しかなかった。


 両親へのお誕生日プレゼントが出来上がったのでそれでお終いにするつもりだったが、クリスタちゃんはまだまだ創作意欲に溢れていた。

 辺境伯領で買った綺麗な紙を使いたがったのだ。


「お姉様、このがま口を綺麗な紙で包んだら素敵なんじゃないかしら?」

「それはいい考えですね」


 がま口をそのまま手渡すのもどうかとは思っていたのでわたくしはクリスタちゃんに賛成する。

 綺麗な紙を選んでがま口を包んで、糊で留めるととても美しく見える。ラッピングというものがこれほどまでに重要だとはわたくしも思っていなかった。


「やっぱり、包んだ方が綺麗に見えますね。クリスタちゃん、ナイスアイデアですわ」

「お姉様に褒められちゃった。嬉しいわ」


 クリスタちゃんはわたくしにとっては可愛い妹なので常日頃から積極的に褒めようと思っているのだが、わたくしも子どもでクリスタちゃんの褒めどころを見逃しているところが多い。褒めると喜んでくれるし、クリスタちゃんの自己肯定感もあがるだろうから、これからも褒めて育てていきたいと思っていた。


「クリスタちゃんは口が軽いところがありますからね。このことはお父様とお母様には内緒にするのですよ」

「はい、お姉様。絶対に言いません」

「淑女として口が軽いのはよくありませんからね」

「はい、気を付けます」


 クリスタちゃんを始めて「ちゃん」付けで呼んだときにはしっかりと母に話してしまったし、それ以外にもクリスタちゃんは口が軽いところがあった。クリスタちゃんの将来のためにも、口の軽さは直しておかなければいけないとわたくしは思っていた。


 まだ雪の降る季節ではないので、牧場に行ってポニーに乗ることはできた。

 エラとヤンと一緒にジルも厩舎から牧場に出される。

 ジルも大人しい性格で、ふーちゃんが触っても噛むことはなかった。


「んまー!」

「ふーちゃん、ジルですよ」

「じう! じう、いこいこ」

「わたくしとお姉様の乗馬の練習が終わったら、一緒に人参を上げましょうね」


 柵越しにジルと遊んでいるふーちゃんは、まだ小さいので鬣を掴んでしまいそうになることがある。そういうときにはヘルマンさんがそっと止めていた。


 クリスタちゃんとわたくしは順番にエラに乗る。エラが歩くとヤンもついてくるので、エラでヤンと並走しているような形になる。

 ヤンはお乳だけでなく草も食べるようになっていたが、まだエラのそばをあまり離れたがらなかった。


 乗馬の練習が終わるとエラとヤンをふーちゃんのいる場所の近くに連れて行って、ブラシをかけて人参をあげる。

 わたくしは半分に人参を折ってふーちゃんに上げた。クリスタちゃんも自分がもらった人参を半分に折ってふーちゃんに上げていた。


「まーちゃんが大きくなったら、お姉様がふーちゃんに、わたくしがまーちゃんに人参を分けて上げればいいですね」

「そうですね。そうすればみんなで人参を食べさせられますね」


 冬の寒さにふーちゃんは洟が垂れていたが、ヘルマンさんに拭いてもらって、両手に持った人参をジルとヤンに上げていた。わたくしとクリスタちゃんはエラに人参を上げた。


 エラもジルもヤンもあっという間に人参を食べてしまった。


「美味しかったのでしょうね」

「人参が大好きですね」

「おいち! おいち!」


 ふーちゃんも自分の手で人参を上げられてとても満足しているようだった。


 両親のお誕生日には毎年国王陛下もいらっしゃるのだが、王妃殿下は小さなユリアーナ殿下がいるので来られないようだった。

 招待状の返事にそう書かれていても、王妃殿下は秋にユリアーナ殿下を産んだばかりなので仕方がないと両親も納得していた。


「ノエル殿下が私たちの誕生日に来られるよ」

「ノエル殿下が来られるのですか!?」

「エリザベートの誕生日に来たかったけれど、来られなかったのを気にしていて、エリザベートとクリスタに会いたがっているそうだ」


 ノエル殿下が両親のお誕生日に来るというのはいい知らせだった。

 わたくしのお誕生日に来られなかったのを本当に気にしていたようだったので、ノエル殿下が来て下さるのは嬉しい。

 嬉しい反面、ノエル殿下が詩のプレゼントをしないかどうかは、少し心配ではあった。


 クリスタちゃんはノエル殿下の詩を暗唱できるくらいに傾倒している。

 わたくしはノエル殿下の詩のよさがよく分からないのだ。芸術とは理解に苦しむものらしいと考えているが、ノエル殿下が詩を両親にプレゼントしたらどのような顔をすればいいのか分からない。


 どうかノエル殿下は両親に詩をプレゼントするようなことがないようにわたくしは願っていた。


「誕生日にはフランツとマリアの可愛さも見て欲しいものだな」

「あなた、フランツもマリアも小さいのですよ」

「少しの間だけならダメかな?」

「もう、そんな風に言われると、了承するしかないではないですか」


 父はふーちゃんとまーちゃんがお誕生日の席に出て来るのを期待している。父にしてみればふーちゃんもまーちゃんも可愛い息子と娘なので、国王陛下に紹介したいのだろう。

 国王陛下と公爵と身分は離れてしまったが、国王陛下と父は同じ年で、学園に通っていた時代は学友だった。学友として親しくしていただけに、国王陛下に可愛い息子と娘をお披露目したい気持ちは分からないでもない。


「国王陛下から親馬鹿だと呆れられますよ」

「呆れられても、事実、私は親馬鹿なのだから仕方がない」

「あなたったら」


 すっかりと認めてしまった父に母は呆れたように笑いながらも、ふーちゃんとまーちゃんのお誕生日参加を許すしかなかった。


 ふーちゃんはオモチャを置いたコーナーを作って、まーちゃんはベビーベッドを大広間に置いて、ヘルマンさんができるだけ抱っこしている形でのお誕生日参加になりそうだった。


「フランツとマリアのために衣装を仕立てなければいけないね」

「すぐに大きくなってしまうのに、フランツとマリアは一回しか着ませんよ?」

「それでも、公爵家の息子と娘に相応しい格好をさせないといけないだろう」


 ふーちゃんとまーちゃんに新しい衣装を作らせるつもりの父に母は呆れながらも了承するしかなかった。これだけ父がふーちゃんとまーちゃんを大事に思っていて、可愛がっているのだから仕方がないと思ったのだろう。


「わたくし、フランツとマリアを産んでよかったと思いますわ」

「テレーゼは私にはできない偉大なことをしてくれた」

「産むのもそれまでの期間も、決して楽とは言えません。産むときには毎回ものすごい痛みと苦しみに耐えなければいけません。でも、あなたがこんなに喜んでくれて、可愛いフランツとマリアの成長も見ることができて、わたくしは幸せです」


 レーニちゃんの元父親のような子どもに関心のない親もいる。

 レーニちゃんが赤毛で生まれてきたので自分の子どもではないように振舞っていたレーニちゃんの元父親は許せないが、わたくしの父はそんな男性ではなかった。

 子煩悩だと言われるくらいに父はわたくしのことも、クリスタちゃんのことも、ふーちゃんのことも、まーちゃんのことも愛してくれている。


 母も当然わたくしとクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんを愛している。


 両親に愛されてわたくしは幸せな気分を味わっていた。

読んでいただきありがとうございました。

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