20.まーちゃんの成長
そろそろかもしれないと思っていたが、まーちゃんの首が据わった。
うつ伏せにして寝かせると頭を持ち上げて左右に揺らすようになったし、声のする方に首を向けるようになった。
これからが大変だとヘルマンさんは言う。
「縦抱っこができるようになりましたから、視界が広くなります。ずっと抱っこでいたがる赤ちゃんが多いのですよ」
ヘルマンさんの言った通り、まーちゃんも抱っこが大好きでベビーベッドに置かれると大泣きするようになった。レギーナはまーちゃんを抱っこしすぎて目の下に隈ができている。
「マリア、お乳をあげましょうね」
「んくー!」
可愛い声を出すようになったまーちゃんに母は笑み崩れながらお乳をあげている。ミルクも飲むのだが、まーちゃんは母のお乳が一番好きなようだった。
王都からも朗報が流れて来た。
王妃殿下が無事に出産されたというのだ。
生まれてきたのは女の子で、かなり大きかったようだが、母子共に健康だという。
国王陛下は大喜びで王女にユリアーナ殿下という名前を付けた。王妃殿下がジョゼフィーヌというお名前なので、同じ「J」から始まる名前を付けたのだと言われていた。
産後の王妃殿下が落ち着いて、ユリアーナ殿下も問題なく健康に成長しているのを見届けるまでは、パウリーネ先生は王妃殿下の元にいることになっていた。
ディッペル領からはユリアーナ殿下のミルクのための乳牛をお祝いに贈って、父は国王陛下にお祝いのご挨拶に行くことになった。
出産という命の危険もあることなので、王妃殿下とユリアーナ殿下は表には出ず、お祝いも最小の単位で来るようにと言われていたので、父だけが王都に行くことになった。
「ハインリヒ殿下もお兄様になったのですね。お祝いのお手紙を届けてくださいますか、お父様」
「ハインリヒ殿下はクリスタからの手紙を喜んでくださると思うよ」
クリスタちゃんはハインリヒ殿下のためにお手紙を書いて父に渡していた。
わたくしもお祝いのお手紙を書こうと思ったのだが、クリスタちゃんほどハインリヒ殿下に親しいわけではないし、ハインリヒ殿下もお返事に困ってしまうかもしれないので自重することにした。
父を王都に送り出して、わたくしとクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんと母は留守番をする。母も産後少ししか経っていないので、無理は禁物だった。
「お母様、マリアはお誕生日を祝ってもらえないのですか?」
急に言い出したクリスタちゃんに、母が苦笑している。
「マリアのお誕生日も祝いますよ」
「マリアのお誕生日はハインリヒ殿下の前日で、ノルベルト殿下の三日後です。その頃には毎年ハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日を国を挙げて祝っています」
ハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日の間に生まれたまーちゃんが誕生日を祝ってもらえないのではないかとクリスタちゃんは心配している。
「大丈夫ですよ。日付はずらしますが、マリアのお誕生日もちゃんとお祝いします」
「よかった。わたくし、お誕生日が一年で一番楽しみで、祝ってもらえないなんて悲しすぎると思ったのです」
八歳のクリスタちゃんにとってはお誕生日は一年で一度だけの自分が主役になれる日であった。それがなくなるなど考えられないのだろう。
まーちゃんは微妙な日付に生まれてしまったが、当日ではなくてもお誕生日をお祝いすることはできる。
「マリアのことを心配する優しいお姉様ですね」
「わたくし、マリアのことが大好きなのです。わたくしの可愛い妹です」
まだまーちゃんは首が据わったばかりでどんな子どもに育つか分からないが、クリスタちゃんはまーちゃんが可愛くて仕方がないようだ。わたくしもまーちゃんもふーちゃんも可愛くて仕方がない。
首が据わるようになってから、まーちゃんは乳母車で庭をお散歩するようになった。乳母車には屋根がついているので、日差しを避けることもできる。
黒い目をくりくりとさせてまーちゃんは乳母車で周囲を見回していた。
「まー! まー!」
「ふーちゃん、まーちゃんのお名前を呼んでいるのですね」
「ふー、にぃに!」
「そうですよ、ふーちゃんはお兄様ですよ」
誇らしげに乳母車を覗きながら言うふーちゃんに、まーちゃんが笑った。ふーちゃんの顔を見て笑っているので、ふーちゃんも嬉しくてにこにことする。
まーちゃんとふーちゃんが笑い合う光景はわたくしにとって、とても素晴らしいものだった。
秋も深まり寒くなってくると、まーちゃんとふーちゃんの散歩コースにサンルームが入った。サンルームの改装工事が終わったのだ。
まーちゃんは止まり木に止まっているオウムのシリルをじっと見つめたり、ハシビロコウのコレットにじっと見詰められたりして楽しそうに過ごしていた。
「ふー、ちる!」
「フランツ様、ハシビロコウの餌は生魚なのです。餌はあげられません」
「ふー、ちるー! ちるー!」
泣いて暴れてハシビロコウのコレットに餌を上げたがっているふーちゃんに、カミーユがシリルを連れて来る。ふーちゃんの手にヒマワリの種を持たせてシリルを近付けると、シリルはふーちゃんの手からヒマワリの種をもらって、殻を剥いて食べた。
「ふー、でちた!」
「よかったですね、フランツ様」
『カミーユ、ありがとうございます』
『いいえ、これくらいなら、いつでも申しつけてください』
カミーユにお礼を言うと、カミーユは黒い目を細めて嬉しそうにしていた。
「きゃー!? お姉様! シリルが吐いてしまいました! 病気ではないですか!?」
ハシビロコウのコレットのそばに来ていたシリルが食べたものを吐いているのに気付いて、クリスタちゃんが悲鳴を上げる。食べたものを吐くというのは体調が悪いに違いないと思って、わたくしも獣医がどこにいるのか考える。
『これは違うのです。オウムに特有の吐き戻しという求愛行動なのです』
『求愛行動!?』
『食べたものを吐いて相手に与える求愛行動です』
カミーユに説明されて、わたくしはじっとコレットを見詰めてしまった。
コレットはわたくしよりも背の高い大きなハシビロコウである。シリルはわたくしの腕に止まれるくらいのオウムである。
『シリルは、雄ですか?』
『はい、雄です』
シリルは雄でコレットは雌。
求愛する相手として種族は大いに間違っているが、性別は間違っていない。
『オウムは人間にも求愛行動を示すことがあるのです』
『オウムは変わっているのですね』
オウムのシリルの恋が実るかどうかは分からないけれど、ハシビロコウのコレットは吐き戻された餌には興味がなさそうだった。
サンルームに入れるようになって、サンルームの噴水でハシビロコウのコレットが寛いでいて、止まり木ではオウムのシリルが休んでいる。
糞の躾ができないそうなので、掃除は大変かもしれないが、ハシビロコウのコレットにもオウムのシリルにも安心できる場所ができてよかったと思う。
「お姉様、コレットはシリルの卵を産みますか?」
「それはないと思います。種族が違い過ぎますからね」
求愛行動と聞いてクリスタちゃんは期待しているようだが、ハシビロコウとオウムの間に卵は生まれないとわたくしは思っていた。あまりにも種族が違い過ぎる。
オウムのシリルは恋の歌を歌っているが、ハシビロコウのコレットがそれを聞いているかは分からない。
「馬とロバの間には子どもが生まれると聞いたことがあります」
「ラバですね。でもそれは一代限りです」
「ハシビロコウとオウムの間には子どもは生まれないのですね」
「無理だと思いますよ」
残念そうなクリスタちゃんにわたくしは真実を伝えるしかなかった。
もうすぐ冬が来る。
冬が来てもサンルームの中ならば、ハシビロコウのコレットもオウムのシリルも冬を越すことができるだろう。
春になればサンルームから出して庭を歩かせてもいいかもしれない。
その頃にはまーちゃんももう少し大きくなって、ハシビロコウのコレットとオウムのシリルに反応を示すかもしれない。
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