14.ヒューゲル侯爵のお屋敷潜入
「ヒューゲル侯爵はこの国に持ち込んではいけない動物を持ち込んでいるという噂なのだ」
晩餐会にはわたくしは参加しなかったが、翌日の朝食のときにカサンドラ様が渋い表情で呟いていた。
この国に持ち込んではいけない動物とはどのようなものなのだろう。貴族が道楽で希少な動物を飼うのは物語でよくある話だが、この国で禁止されているものとなるとカサンドラ様が動く理由になる。
「危険な動物ではないのですか?」
「気性の荒い動物もいると聞いている。できれば元の生息地に戻してやりたいのだが、一度人間の手に飼われてしまうとそれが難しくなるかもしれない」
ヒューゲル侯爵を断罪するだけでなく、ヒューゲル侯爵が法を破って飼っている動物にまで心を砕くのはカサンドラ様らしい考えだ。わたくしは改めてカサンドラ様を尊敬する。
「今日帰る予定だったが、もう少し日程を伸ばしてもらえないでしょうか、ディッペル公爵。ディッペル公爵がヒューゲル侯爵の屋敷を訪ねたいと言えば、ヒューゲル侯爵は断れないはずです」
カサンドラ様では警戒されてしまうので、わたくしたちディッペル家にそれをお願いしようとカサンドラ様は考えているようだ。確かにわたくしやクリスタちゃんでは何が法律で禁じられた動物なのか分からないし、ヒューゲル侯爵はうっかりと見せてしまうかもしれない。
何より、ヒューゲル侯爵が人身売買に手を染めているのならば、屋敷に奴隷として扱われているひとが存在するかもしれないのだ。
「私は市の人身売買の男の取り調べを進めます。ディッペル公爵は、ヒューゲル侯爵の屋敷に行って調べてみてくれませんでしょうか」
「カサンドラ様にそこまで言われたら協力するしかありませんね」
「エクムントを連れて行ってください。エクムントにとってもいい経験になりますし、何かあった場合、エクムントはディッペル公爵の身を守ります」
カサンドラ様と父との間で話が進んでいるのにクリスタちゃんはいそいそと出かける準備を始めていた。
「クリスタ、どうしたんだい?」
「わたくしとお姉様が行かなければいけないでしょう? お母様はマリアのそばにいて上げないといけないから、わたくしとお姉様がお母様の代わりよ」
「いや、クリスタとエリザベートは留守番をして欲しいんだが」
「ディッペル公爵、エリザベート嬢とクリスタ嬢を連れて行ってくださいませんか。子どもになら何も分からないとヒューゲル侯爵は尻尾を出すかもしれません」
「カサンドラ様がそう言われるなら」
こうしてわたくしとクリスタちゃんと父とエクムント様でヒューゲル侯爵のお屋敷に行くことになった。ふーちゃんとまーちゃんと母はお留守番だ。
ヒューゲル侯爵のお屋敷は辺境伯家のお屋敷から馬車で三十分くらいのところにあった。
ヒューゲル侯爵はわたくしたちの来訪を知っていたようで、歓迎してくれる。
「ディッペル公爵とエクムント様がおいでになるとは。ようこそ、我が家へ。お嬢様方もようこそ」
お嬢様方ではなくて、わたくしはエリザベートだし、クリスタちゃんはクリスタだ。子どもを完全に馬鹿にしているヒューゲル侯爵の物言いにカチンときたが、ぐっと我慢する。
「わたくし、市でオウムを買いました。真っ白なオウムでとても美しくて、ヒューゲル侯爵にもお見せしたかったですわ」
「オウムですか。まぁ、よくあるペットですね」
自分の方が珍しいペットを持っていると言わんばかりのヒューゲル侯爵の言葉に、わたくしは考える。どうすればヒューゲル侯爵の隠している法を破って飼っている動物を見せてもらうことができるだろう。
ヒューゲル侯爵もエクムント様がいるのだから、わたくしたちがカサンドラ様の手引きで来ていることは知っているはずだ。どうすれば隙を見せるだろう。
「ヒューゲル侯爵、喉が渇きましたね。お茶をいただけませんか?」
「どうぞ、ディッペル公爵。すぐに用意させます」
「わたくし、クリスタとお庭を見させていただきますわ」
「とても素敵な庭園ですもの。わたくし、お姉様と見て回りたいわ」
手を繋いで仲良く庭に出て行くわたくしとクリスタちゃんの後ろを、エクムント様がついて来てくれている。エクムント様がいてくれれば安心だとわたくしとクリスタちゃんは庭を歩き始めた。
庭には大きな鳥かごのようなサンルームがある。
ガラス張りのサンルームの中を覗けないかとへばりついていると、褐色の肌の痩せた子どもに声をかけられた。
『あなた、言葉が分かりますか?』
隣国の言葉だ。
わたくしは意味が分かったので、クリスタちゃんと一緒にこくこくと頷く。
『旦那様、あの子をずっと閉じ込めて出してあげないのです。あの子を助けてくれませんか?』
『あなたは大丈夫なのですか?』
『私は旦那様にお金で買われたので』
お金で買われた!?
これは由々しき問題だ。
お金で買われたということは人身売買ではないか。
「エクムント様、今の言葉を聞きましたか?」
「聞きました」
「お姉様、もう少し詳しく聞いてみましょう」
クリスタちゃんに言われてわたくしはその子どもに聞いてみる。
『どういう状況だったのですか?』
『私、貧しい家に生まれました。国境付近に住んでいたのですが、両親はこの国の貴族に仕えるのだと言って私を売りました』
『あなたはヒューゲル侯爵に仕えているのですか?』
『あの子の世話や庭の雑用をさせられています』
ここから先が大事なことだった。
『あなたはお給料をもらっていますか?』
『いえ、お金はもう両親に払ったと言われています』
『食事は十分に与えられていますか?』
『一日二回、パンとスープをもらっています』
お金を払って雇っているのならば、奴隷ではなく雇用関係だが、給料を払っていないとなると奴隷として扱っているとしか考えられない。
わたくしがその子どもと話していると、庭師が声をかけて来る。
「その子どもと話ができるんですか? その子どもは訳の分からない言葉を喋るだけで、全然話ができないのですよ」
そうか、隣国の言葉をわたくしやクリスタちゃんが習得していないと思ってヒューゲル侯爵は油断したのか。
わたくしもクリスタちゃんも隣国の言葉が通常の会話ができるくらいまでは習得できていた。
この国に接する異国は隣国の言葉を使っているので、そこから連れて来られた子どもとわたくしはコミュニケーションが可能だったのだ。
『あの子というのを見せてください』
『このサンルームの中にいます。餌をきちんともらっていないのでとても荒れていますが、本来はいい子なんです』
その子どもに連れられてわたくしとクリスタちゃんとエクムント様はサンルームの中に入って行った。
サンルームの中は池が作られていて、その周囲に植物が植えられている。
どんな動物がいるのか分からないので警戒しているわたくしとクリスタちゃん。エクムント様は腰のサーベルに手を当てている。
草を掻き分けてみると、いた。
大きな嘴と顔に、足を折り曲げて蹲っているので分からないが、かなり背の高い鳥。
「ハシビロコウ!?」
「え!? お姉様、この鳥が分かるの!?」
「この鳥はハシビロコウというのですか?」
クリスタちゃんのみならず、エクムント様まで分からなかったその鳥の名前はハシビロコウだった。前世で動物園で人気だったので知っているが、わたくしも実物を近距離で見るのは初めてである。
『餌をもらえてなくて弱っているのです』
『餌は何ですか?』
『ハイギョやティラピア、ナマズ、ワニの子どもなどです』
完全に肉食である。
そんなものはわたくしもクリスタちゃんも持っているはずがない。
エクムント様が軍服の内ポケットを探って干し肉を取り出した。干し肉を嘴の前に出すと、じっと見つめて嘴で挟んで飲み込んだ。
「こんな鳥は見たことがありませんね。これが恐らく、法律を破って飼っている鳥なのでしょう」
「この子も法律を破っていると思うわ。お給料が支払われていないなんて、奴隷じゃない」
わたくしとクリスタちゃんとエクムント様は二つも証拠をヒューゲル侯爵のお屋敷で見つけてしまった。
後はどうにかしてカサンドラ様に伝えなければいけない。
「護衛の一人を辺境伯家に行かせています。カサンドラ様の到着まで時間を稼ぎましょう」
逃げられないように、誤魔化されないように、掴んだ証拠はしっかりとカサンドラ様に受け渡す。
『しばらく待っていてください。この子とあなたを自由にしてあげます』
子どもに話しかけて、エクムント様の言葉に頷いてヒューゲル侯爵のお屋敷に戻った。
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