13.エクムント様、二十一歳。
カサンドラ様のお屋敷で翌日にはエクムント様のお誕生日が祝われた。
わたくしは婚約者なのでお祝いに最初から参加する。
朝食を食べてから、お祝いのパーティーに集まった貴族たちに挨拶をしていく。
一年後にはエクムント様はこの辺境伯領で領主になるのだから、貴族や土地の有力者と繋がりを持っておかねばならない。
知らないひとたちばかりでわたくしは圧倒されてしまうが、エクムント様と一緒に頭を下げてお客様を歓迎した。
「ヒューゲル侯爵、お越しいただきありがとうございます」
「辺境伯家の後継者殿のお誕生日、来ないわけにはいかないでしょう。可愛らしい婚約者様もいらっしゃいますし」
わざとエクムント様の名前を呼ばない当たり、認めていないのだというのが透けて見える。わたくしのことも可愛らしいなどと言っているが、これは言葉通りの意味ではなくて、幼くて頼りにならないという意味なのだと貴族的な言い方でわたくしは理解していた。
「わたくし、市で初めて買い物を致しましたわ。市には珍しいものが売っていました。ヒューゲル侯爵も市に行ったことはおありですか?」
珍しいものとは人身売買のことをちらつかせる表現で、わたくしはヒューゲル侯爵にやり返す。
「平民のやることには手を出さない主義なので」
自分は関わっていないと遠回しにヒューゲル侯爵が言っている。
そんなはずはないと火花を散らすわたくしとヒューゲル侯爵だが、次に来た方の顔を見てわたくしは胸を撫で下ろした。
「ヒューゲル侯爵、エリザベート様を独り占めとはよくないのではないですか?」
「エクムント、お誕生日おめでとう。エリザベート様、こんにちは。この度はエクムントの誕生日にこんなにお客様が集まって下さって、エリザベート様も隣りにいてくださってありがたい限りですね」
キルヒマン侯爵夫妻だ。
今年も息子のエクムント様のために辺境伯領に来て下さったのだ。
「キルヒマン侯爵夫妻、ようこそいらっしゃいました」
「父上、母上、来てくださってありがとうございます」
いつもわたくしたちの味方で、小さな頃からわたくしとクリスタちゃんのピアノや歌を喜んでくれるキルヒマン侯爵夫妻は、父の成人後に公爵位を譲って別々に暮らしているという父方の祖父母や、母が幼い頃に亡くしたという母方の祖父母の代わりのようでわたくしは大好きだった。
キルヒマン侯爵夫妻がいてくれると、ヒューゲル侯爵も逃げ出して近くに寄って来ない。
「夏用のドレスがお似合いですね、エリザベート様」
「エクムントはこんなときも軍服ですか。もう少しお洒落に気を遣ってください」
「すみません、父上、母上。カサンドラ様が常に軍服でいられるので、私もそれを見習いたいのです」
「それならば仕方がありませんね」
「国王陛下の御前に出るときのためにスーツは誂えておきなさい」
キルヒマン侯爵夫妻の前ではエクムント様はただの子どもだったし、エクムント様の前ではキルヒマン侯爵夫妻は親の顔をしていた。
その暖かい表情にわたくしは癒される。
昼食も碌に食べずに接客をしていたので、お茶の時間にはわたくしは空腹で倒れそうになっていた。十歳の誕生日が近いとはいえ、まだこの体は小さくエネルギーを蓄えきれない。
お茶の時間になってクリスタちゃんが合流してきたときには、わたくしは心からホッとしていた。
「エクムント様、お姉様をお借りしていいですか? お姉様とお茶をご一緒したいのです」
「もちろんですよ。エリザベート嬢は昼食を食べられていません。しっかりと食べて来てください」
「エクムント様、気付いておられたのですね」
エクムント様はわたくしが忙しくて昼食を食べられていなかったことに気付いていた。送り出されて感謝しつつクリスタちゃんと一緒に軽食やケーキをお皿にとってお茶をする。
サンドイッチとケーキだけでなくキッシュもあって、わたくしはお皿にたくさん取ってしまった。
ゆっくり食べたかったので部屋の端の椅子に座ると、クリスタちゃんが飲み物を給仕に頼んでくれる。運ばれて来たフルーツティーを飲んで、わたくしは自分がこんなに喉が渇いていたのだと気が付いた。
「あぁ、美味しい。お腹がとても空いていたのです」
「お姉様、我慢しないでお昼を食べたらよろしかったのに」
「エクムント様も食べていなかったから、わたくしもエクムント様と一緒にご挨拶をしなければと思って……」
そうだ、エクムント様も食事をしていない。
わたくしが気付くより先にクリスタちゃんがエクムント様の元に走っていた。
「カサンドラ様、エクムント様をお借りします。エクムント様、お姉様とお茶をご一緒してください」
「婚約者を放っておくなどよくないぞ、エクムント」
「はい、カサンドラ様。行ってまいります」
カサンドラ様が大らかに笑って送り出してくれたのでエクムント様は軽食やケーキを取ってわたくしの隣りの椅子に座った。クリスタちゃんがエクムント様と逆側の椅子に座って鼻の穴を膨らませて息を吐いている。
「クリスタ、ありがとうございます」
「いいのです、お姉様はエクムント様とご一緒に食事ができるのが一番嬉しいのです。わたくしと食事をするのも嬉しいに決まっていますが」
自信満々のクリスタちゃんにわたくしは笑ってしまう。
「その通りですよ、クリスタ。クリスタと食事をするのは楽しいです」
「わたくしもお姉様と食事をするのが大好きです」
仲良く話していると、カサンドラ様の声が響いてくる。
「この辺境伯領の市で人身売買を行っているものを捕らえた。黒幕の名前を吐かないのだが、それが分かり次第、国王陛下にも報告して厳しい処罰を与えてもらう」
「人身売買ですと。なんと恐ろしい」
「この国で奴隷制は廃止されているというのに」
「カサンドラ様、しっかりと取り調べをお願いいたします」
カサンドラ様に声をかけている貴族の中にヒューゲル侯爵もいて、わたくしはますますヒューゲル侯爵を怪しく思う。
どうすればヒューゲル侯爵を追い詰められるのかは分からないが、カサンドラ様が取り調べをしていけば、あの露店でカミーユたちを売っていた男からヒューゲル侯爵の名前が出るのではないだろうか。
それをわたくしは期待していた。
「エクムント様、お茶会が終わったら、少しだけ時間がありますか?」
お茶会の後には、少し休憩を挟んで晩餐会になる。晩餐会までわたくしは出席しなくていいと言われていたが、休憩時間にエクムント様に渡したいものがあった。
「着替えをするものもいるようですが、私は時間がありますよ」
「エクムント様のタキシード姿、わたくし見てみたいです」
「軍服で慣れているので、今更恥ずかしいですね」
「お姉様も見てみたいですよね?」
クリスタちゃんがエクムント様に強請っているのを聞いて、わたくしもうずうずとしていた。エクムント様は軍服がよく似合っているが、タキシードやスーツ姿でもものすごく格好いいだろう。背が高いし、足がとても長いのだ。
「わたくしも見てみたいですわ」
「辺境伯領では軍服で正式な場に出てもいいことになっています。ですが、エリザベート嬢が見てみたいのであれば、エリザベート嬢のお誕生日にスーツを着ましょうか?」
「本当ですか!?」
わたくしの思う通りになりそうな予感にわたくしは席から飛び上がって喜びそうになっていた。そんなことをするとお行儀が悪いのでぐっと我慢したが。
お茶会が終わってから休憩時間に入ると、エクムント様はディッペル家の客間に来てくれた。わたくしはエクムント様に革で作られたフクロウのマスコットと小さなブーケを渡した。ブーケは白い花が中心になっている。
「お誕生日おめでとうございます。昨日の市でお誕生日お祝いを買わせていただきました」
「ありがとうございます」
「このフクロウは頭を前に倒すと小物入れになっているのです」
「大事に使わせていただきます。ブーケもとても嬉しいです」
フクロウのマスコットもブーケも受け取ってもらえてわたくしは満面の笑顔になっていた。エクムント様も穏やかに微笑んでいる。
「私は革製品が好きなのですよ。革のマスコットをいただけて嬉しいです」
「市でペンの革のケースを買われたと仰っていたから、そうではないかと思ったのです」
「フクロウは可愛いし、小物入れになるのも便利ですね」
「そう言っていただけてよかったです」
エクムント様と話しているとクリスタちゃんの視線を感じる。ついでにふーちゃんの視線も感じる。二人してじっとわたくしとエクムント様を見詰めている。
「フランツ、お姉様が幸せそうですわ」
「えーねぇね、えーねぇね!」
「お姉様が幸せだとわたくしも幸せです」
「ふーも!」
「フランツもですか!」
しっかりと会話が成立しているのがすごい。
クリスタちゃんとふーちゃんに見守られながら、わたくしはエクムント様にお誕生日プレゼントを渡して、部屋を出て行くのを見送っていた。
読んでいただきありがとうございました。
面白いと思われたら、ブックマーク、評価、いいね!、感想等よろしくお願いします。
作者の励みになります。




