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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
五章 妹の誕生と辺境伯領
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12.世話係のカミーユ

 露店には素焼きの壺に入った水を売っているところがある。素焼きの壺に入れられた水は、壺の小さな穴から常に水が蒸発し続けているので、常温よりも冷たいのだ。

 冷たい水を子どもたちに飲ませて、犬と猫とオウムにも飲ませると、少し元気になってきていた。

 子どもたちは自分たちの境遇を話す。


『隣国との国境に住んでたんだ。猫が遠くに行って探してたら、あの男の仲間に捕まった』

『私も犬がいなくなって探してたら、あの男の仲間に捕まったの』


 猫と犬の飼い主の子どもは、先に猫と犬を攫ってから、探しに来た子どもを攫うという手口で捕まえられたようだ。

 オウムの飼い主のカミーユは少し違っていた。


『両親は病気で死んだ。シリルと一緒に親戚の家に引き取られたら、親戚がシリルと一緒に俺を売ったんだ』


 猫と犬の飼い主の子どもは帰る家がありそうだが、カミーユにはどこにも返る場所がなさそうだった。

 わたくしはペットを買いに市にやって来たのだということを思い出す。オウムは何年くらい生きるのだろう。


『そのオウムはあなたが飼っていたのですか? オウムが何年くらい生きるか分かりますか?』


 隣国の言葉で問いかけてみると、カミーユはわたくしを見て固まってしまっていた。わたくしは辛抱強く返事を待っていると、


『こんな綺麗なお姫様みたいなひとに俺が話しかけていいのか?』

『教えてもらえますか?』

『オウムは四十年から六十年生きるよ……じゃない、生きます』


 急いで敬語に言い直したカミーユにわたくしは心を決めた。


「お母様、お父様、わたくし、このオウムが欲しいです。オウムの世話係としてカミーユを雇うのはどうでしょう?」


 そうすればカミーユは行き場所ができるし、オウムのシリルとも別れずに済む。

 わたくしの言葉に両親はカミーユに聞く。


『我が家に来てオウムの世話係として働いてくれるかな?』

『うちには生まれてすぐの赤ちゃんと一歳の男の子がいます。オウムはその子たちに安全ですか?』

『シリルはとても大人しいオウムです。賢いので、敵と判断した相手以外噛んだりしません。子どもがとても好きです』

『それではディッペル公爵家においで』

『我が家でオウムの世話をしてください』


 優しく声をかけられて、カミーユの褐色の頬に涙が伝う。


『俺……あたし、男のふりをしなくてもいいの?』

『あなた、女の子ですか!?』

『女は力仕事ができないから、娼館に売られると思って、自分で髪を切って、男の子のふりをしてたんです』


 カミーユというのは男性でも女性でも使う名前だから、男の子のふりをしていてもカミーユはバレなかったようだ。短く切った黒髪が痛々しく、母がカミーユの頭を撫でている。


『ディッペル家ではそのようなことはさせませんよ。髪もこれから伸ばしていけばいいでしょう』


 褐色肌に黒い目黒い髪のカミーユという女の子がオウムの世話係として我が家に来て、シリルという真っ白な大きなオウムがペットになる。

 オウムの寿命を聞いていたのでわたくしは安心してオウムをペットにすることができた。


 保護された猫の飼い主と犬の飼い主の子どもたちは、取り調べの後親元に返されると聞いてわたくしは胸を撫で下ろしていた。


「ヒューゲル侯爵絡みの事案かもしれない」


 カサンドラ様は難しい顔をされている。

 辺境伯家に逆らう侯爵家があって、そこが闇の取り引きをしているというのは噂になっていた。それでもカサンドラ様は確信を掴めずにヒューゲル家を取り締まれずにいた。


「ヒューゲル侯爵は辺境伯家とディッペル家の婚約にも反対しているという噂だから、ディッペル公爵家の皆様に何もなければいいのだが」

「ヒューゲル侯爵家は独立派なのですか?」

「隠してはいるが、恐らくそうだろう」


 辺境伯領には独立を狙う敵がいる。

 その敵が人身売買を行って、辺境伯領の規律を乱しているのならばカサンドラ様も立ち上がらねばならない。


 今回捕らえられた男からどこまで話を聞けるかが今後の展開に関わってくるだろう。


 難しい顔のカサンドラ様にわたくしも考え込んでいると、クリスタちゃんがわたくしとカミーユの手を握る。


「お姉様、エクムント様のお誕生日お祝いを買いたいのではなかったのですか?」

「そうでした。カミーユはこの国の言葉は分かりますか?」

「すこし」

「クリスタちゃん、カミーユの前では隣国の言葉で喋りませんか? 隣国の言葉の練習にもなると思います」


 辺境伯領が接している異国は隣国と言葉が同じなので、カミーユと喋るのはわたくしもクリスタちゃんも隣国の言葉の練習になる。

 頷くクリスタちゃんは早速隣国の言葉に切り替えていた。


『わたくし、クリスタ・ディッペルです。カミーユは何歳ですか?』

『あ、あたしは、十一歳、です』

『わたくしはエリザベート・ディッペルです。カミーユ、自分のことは「わたくし」と言うようにしてください』

『わ、わたくし、ですね。はい、クリスタお嬢様、エリザベートお嬢様』


 まだ十一歳のカミーユを働かせるのは可哀想な気もするが、カミーユがオウムのシリルと離れずに暮らせる方法をわたくしはこれしか思い付かなかったのだ。


『エリザベートお嬢様とクリスタお嬢様には命を救われました。わたくし、心を込めてお仕え致します』


 真っすぐなカミーユの目にわたくしもクリスタちゃんも年の近い友達ができたような気分で嬉しく思っていた。

 カミーユは白いオウムのシリルの入った小さな鳥かごを持って、わたくしとクリスタちゃんについて来ていた。


 わたくしが気になったのは、革細工のお店だった。革で作られたものがたくさん並んでいる。

 ペンを入れるケースや、お財布、動物のマスコットなど、色々ある中でわたくしが気になったのはフクロウの形をした革のマスコットだった。艶々としていて、革の色が黄色でとても美しいのだ。


「お嬢さん、それが気になりますか? これは、頭が後ろに倒れて、中に物を仕舞っておけるんですよ」

「何を入れるのですか?」

「薬を入れるひともいれば、小銭を入れるひともいる。使い方はそのひと次第ですよ」


 そのフクロウのマスコットが気に入ってしまったわたくしは、それをエクムント様のお誕生日お祝いに買うことにした。

 革ならば長く使ってもらえるだろう。


 お財布から銀貨を取り出すと店主が驚いている。


「す、すみません、それだとおつりが出せないです」

「銅貨ならば大丈夫ですか?」

「銅貨ならばおつりが出せます」


 わたくしのお財布には金貨も何枚も入っている。銀貨ですらおつりが出せないような露店で買い物をしているのだと思うとお財布の中にどれくらいの金額が入っているか分からなくて怖くなってしまう。


 一日くらいなら持つだろうと、わたくしは小さなブーケも買った。ブーケは銅貨でもおつりがくる値段だった。


『わたくし、こんな風に買い物をしたのは初めてなのです。カミーユは欲しいものはありませんか?』

『わたくしは、シリルと一緒に暮らしていけるだけで幸せです』

『カミーユはこれからはディッペル家で暮らしていけますよ』


 クリスタちゃんとカミーユが話しているのを聞きながら、わたくしは買ったフクロウのマスコットとブーケを胸に抱いて両親の元に戻っていた。


 買い物が無事に終わって、カサンドラ様のお屋敷に戻ると、カミーユはお風呂に入れられて洗われて、使用人用のワンピースに着替えさせられた。ボロボロの酸っぱい匂いのする服は、処分された。

 綺麗になったカミーユは髪が短いので男の子か女の子か分からない中性的な雰囲気だったが、着せられた使用人用のワンピースは少し大きかったが似合っていた。


「エリザベートお嬢様付きのメイドのマルレーンです」

「クリスタお嬢様付きメイドのデボラです」

「わたくしはフランツ様の乳母のヘルマンです」

「マリア様の乳母のレギーナです」


 自己紹介するマルレーンとデボラとヘルマンさんとレギーナに、カミーユは一生懸命考えて口を開いていた。


「わたくし、カミーユ。シリルのせわがかり」

「カミーユはこの国の言葉が流暢に話せないのです。マルレーンもデボラもヘルマンさんもレギーナも教えてあげてください」

『わたくし、隣国の言葉も話せます。カミーユ、何かあればわたくしに話してくださいね』


 出身が貴族であるヘルマンさんは隣国の言葉も話せるようだ。ヘルマンさんに隣国の言葉で言われてカミーユはほっと胸を撫で下ろしているようだ。

 両親を亡くして、親戚に売られたカミーユが、ディッペル家で働きながら成長できればいいとわたくしは思っていた。

読んでいただきありがとうございました。

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